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試し行動

今日、俺には使命がある。 明日に予定されているゼミの発表の打ち上げに行きたいと宗ちゃんにお願いする事だ。 ちょっと前までは、そんなの許される訳ないって状況だったから、お願いするまでもなく「行けない」と断っていた筈だけど、最近の宗ちゃんは、前と違う。 由信や土佐との交流については毎日確認はされるけど、以前程咎められなくなっていた。 流石に打ち上げに行きたいっていうのは怒られるかもしれないけど、でも、そのリスクを負ってでも言うって決めている。 これはある意味試し行動だ。どこまで許されるのか。その線引きを知りたかったし、前例を作って許される事を増やして行くチャンスでもある。だから、怖くても、例え殴られても言うんだって。 「ただいまー」 色んな事をシュミレートしていたら、唐突にリビングのドアが開いて宗ちゃんが帰宅した。ここの家の玄関は、上品すぎてドアの開閉音が小さすぎて困る。鍵の開閉だってカードキーで凄く静かだ。 「お、おかえり宗ちゃん」 宗ちゃんの表情を窺う。機嫌は、まずまず。 「何てしてたの?」 ああそうだよな。考え事をするにしてもフェイクでパソコンくらい開いておくんだった。テレビは宗ちゃんがいるときしか見ちゃだめな事になってるし、宗ちゃんが帰ってくるまでの間やることと言ったら大学の課題くらいしかないのだから。 「あの………あのね、宗ちゃん」 本当はこんなすぐに切り出すつもりはなかったけど、もう仕方ない。成り行きだ。 「何?どうしたの?」 「明日、ゼミの発表、あるよね……」 「うん、そうだね。次の研究は個別でやるみたいだから、よかったよ。愛由が俺以外の男と話してるのを見るのは、やっぱり面白くないからね」 早速戦意喪失しそうになるけど、だめだと自分を奮い立たせる。 「それで、ね。明日、発表の後………打ち上げしようって、話に、なってて………」 俺の言葉は尻すぼみしていく。『打ち上げ』と言った途端、宗ちゃんの顔が怖い顔に変わったから………。 「で?まさか行くとか言わないよね?」 「や……その………行きたい、な……って………」 「ふざけてんのか?」 怖くて、俺はついに下を向いた。 ふざけてない。行きたい。お願い。この言葉がどうしても出てこない。 もういいか。これは、流石に無理だったんだ。もっと叶いやすそうな事からお願いするんだった。もう、諦めよう。冗談って事にして。 「ごめ、」 「これで最後ならいいよ」 「…………え?」 いいよ? 「もう付き合いはやめるってあいつらに宣言してはっきり決別するなら、行かせてやってもいい」 「そんな事出来ない」 そんな交換条件は飲めないから、つい即答したけど、すぐに後悔する。 ああ殴られる。きっと今日は酷くされる。顔とか首とか、服を着ても見える所以外、俺の身体は傷だらけだ。鞭で叩かれた痕に、強く掴まれたり、捻られたり、蹴られたり、殴られたりした痕。この前つけられた傷だって、まだ痛いのに。 「それじゃあさ、愛由。俺達の事、あいつらに話しちゃうのはどう?」 予想に反して宗ちゃんの声色は怖くなかった。手始めにやられると思っていたビンタもまだ飛んできてはいない。予想外すぎて、話の内容が頭に入らない。首を傾げる俺に、宗ちゃんが苦笑する。 「俺と愛由が付き合ってるって事だよ。あいつら、どんな顔するかな?祝福してくれるかな?」 話す……? 俺が、宗ちゃんと、付き合ってるって……? そんな、俺自身認めたくない事を、あの二人に……。 「愛由がちゃんと言うって約束するなら、行ってもいい」 俺が首を振る前に、宗ちゃんが続けた。 「もう同棲してることも、ちゃんと話してね。あいつらに、付け入る隙なんてないって事を、分からせておこう」 今日はハンバーグだよ。 宗ちゃんは話は終わりとばかりに話題を変えてしまった。 だったら行かない。 俺は自分の行動範囲を広げることと、二人に宗ちゃんとの関係を知られるのを天秤にかけて、そう返事しようと漸く決めたのに、決断に時間がかかりすぎた。 キッチンまで宗ちゃんを追って「あの……」って話題を蒸し返そうとした。そしたら、「ハンバーグのソースは何がいい?」って聞かれて、バカみたいに「大根おろしのやつ」って答えてしまう。 「ご馳走さま」 時間が経てば経つほどに言い出しにくくなるというのに、俺は結局ハンバーグを食べ終えた今になっても、明日は行かないって事を言い出せずにいる。 上機嫌な宗ちゃんを刺激したくないし。どうせなら、少し不機嫌になったときに言おうかな。ビンタが1発か2発増えるかもしれないけど、どうせ叩かれるなら一緒だし………。 でも、宗ちゃんは今日に限って一向に機嫌が悪くならない。 「今回はまあまあ良くできてたけど、ちょっと直しておいたから」 はい、と渡されたレポート用紙には、赤字が沢山書き加えられている。ちょっとでなく、かなり書き直さないとだめみたいだ。 俺の書いたレポートは、書き上がると全部宗ちゃんに添削される。内容まで大きくは変わらないけど、表現方法や言葉尻なんかを『教授好み』に変えられるから、俺はレポートの成績だけはとてもいい。でも実際講義は上の空で聞いている事が多いから、多分期末の筆記テストの成績は散々だろう。 「ねえ、こうやって一緒に勉強してると、昔の事を思い出すね」 宗ちゃんが赤ペン片手に次のレポートを読みながら言う。 ――――昔の事を思い出すと、気が遠くなる。 幸せと言える思い出になる筈だった事も、初めて覚えた色んな心地いい感情も、全部、全部宗ちゃんが壊した。

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