「俺、愛由の事が好き」 ある日。部屋にやって来た宗ちゃんが真剣な顔で言った。 好き……？俺も宗ちゃんの事は好き。でも、こうやって改まって伝える様な種類のものではなく………。 「あの、宗ちゃん、それって………」 「うん、普通の好きじゃない。愛してるって意味で……」 アイシテル………。 愛ってものがどういうものか、俺にはよく分からない。けど、凄く重い言葉だって事は知っていて、宗ちゃんの「好き」の種類も伝わった。 「その……宗ちゃんは、男の人が、好き、なの……？」 「違うよ。これまでも、女の子としか付き合った事はない。けど、愛由は特別なんだ。俺の恋人になってくれない？」 トクベツ………。 宗ちゃんの特別になるって事には、凄く魅力を感じた。けど、俺は宗ちゃんを好きでも、アイシテはいない。恋人には、なれない………。 「……黙ってるつもりだったんだけど、愛由がここで嫌な目に遭ってたの、職員の人に報告したの、俺なんだ」 ごめんと口にしようとしていた俺に、宗ちゃんが言った。 嫌な目に………ってまさか、前の部屋での高校生からの………。 「なんで……それ………」 「ほら、女の子って噂好きだろ？それで、ちょっと耳に入ってきてね。俺も、そういうのの被害者だったから、見過ごせなくて」 あれは噂になってたの……？ その事実も少なからず俺にとっては衝撃的で、少し頭が混乱してきた。 「俺なら、愛由を守ってあげられるよ。今回も守ってあげたし、他にも………。恋人になれば、これからもずっと守る。幸せにするって、約束するよ」 幸せに………？ 幸せなんて、これまでの俺の人生とは無縁だった。だからこそ、喉から手が出るほど欲しい。幸せになりたい。 俺は俯いた。考えた。宗ちゃんと恋人？そうなれば幸せになれる？本当に……？そもそも、恋人って何するの？これまで通り……じゃあ、だめなんだよな、きっと。 手を繋いだり………？これは、まあ、我慢すればできそう。 キス、したり………？………いや、かも。 キスの先の、もっと深い事、したり………？………かなり、いや。 思った。 俺、やっぱりトクベツはいらない。宗ちゃんとだけじゃなくて、誰かとああいう関係を持つこと自体に嫌悪感がある。キスとかその先とか、考えるだけでおじさん達がちらつくし。 「ごめん宗ちゃん。俺、宗ちゃんの気持ちには応えられない」 しっかり考えて出した結論。嘘偽りない気持ち。俺にとっては、正直に言うのが精一杯の誠意だった。宗ちゃんと同じ気持ちでいられたらよかったのにって思うくらいに、俺は宗ちゃんの事普通に好きだから………。 「そうか………。いきなりで驚かせたね。でも俺、愛由なら俺の気持ち分かってくれるかなって……。同じ、境遇だと思ったから………」 宗ちゃんの悲しそうな声色を聞いて、俺はまた同じ気持ちでいたかったって思った。応えられたなら、もしかしたら本当に幸せになったのかもしれないし、宗ちゃんはこんな風に悲しまなかったのにって。 でも、宗ちゃんと俺は同じ境遇でも、捉え方が少し違う様な気がした。それは、性格の違いなのかもしれないし、もしかしたら被害に遭ってからの年月の差かもしれない。 宗ちゃんはこれまで女の子とは付き合った事があるみたいだし、人を愛せて、きっとソウイウ事もできるんだ。でも俺は違う。愛し方が分からないし、ソウイウ事はとても出来ないし………。 「ごめん………」 それしか言えない…………。 「もう俺、来ない方がいいよね」 暫く黙っていた宗ちゃんが、いつも俺を教えるのに使ってたお下がりの参考書とかワークを鞄から出し始めた。 「これ、全部愛由にあげる。もう俺は教えられないけど、愛由なら一人でも十分やれると思う。参考書には色々書き込んであって綺麗じゃないけど、それももしかしたら役に立つかも。今日持ってきてない教科も、後日職員さんに届けるから、受け取って」 英語、数学、理科………。 今日教わる予定だった教科が、全部机の上に並べられる。 え、行っちゃうの？こんなに唐突に、終わりになるの……？ もう二度と会えないの………？ 「それじゃあ、愛由、頑張って」 宗ちゃんが少し笑って、席を立つ。 「だめ」 俺の呟きに、宗ちゃんが振り返る。 「行っちゃダメ。俺、宗ちゃんがいなくなるの、嫌だ………」 あ、言っちゃった。 そんなの俺のわがままだ。宗ちゃんと対等な気持ちじゃないのに…………。 「愛由、嫌じゃないの？」 「え……？」 「俺がここにいるの、嫌じゃないの？俺、愛由の事好きなのに……」 「嫌じゃない。いて、欲しい。宗ちゃんがもう来なくなる方が、何倍も嫌だ」 「愛由………」 即答した俺に、宗ちゃんは困った様な顔を向けた。 でも俺は、困らせたまま黙って宗ちゃんの答えを待つ。選びやすい選択肢も、妥協点も与えない。宗ちゃんに行って欲しくない。 「愛由も、俺の事結構好きなんじゃない？」 宗ちゃんが、少し自嘲する様に笑って言う。 「うん、好きだよ。けど、アイシテはいない」 「そっか。ごめんね、俺が愛してるなんて大それた事言ったから……。けど、そんなに深く考えなくていいんだよ。好きって気持ちがあるなら、俺と一緒でしょ？」 俺は首を振る。一緒じゃない。きっと違う。けど、上手く言えない。どう言えば伝わるのか………。 「俺、男の人は好きじゃない、から……」 端的に言えばそう言う事だ。男を相手に、「好きだ」「好きだよ」って、気持ちを確かめ合う関係にはなれない。男は怖い。でも、それ以上に俺はまた自分の性別を歪められる事が怖い。男でも女でもないナニカに貶められる事が……。 「………ごめんね。俺、愛由の事混乱させてるね。俺は何も、今すぐ返事が欲しい訳じゃない」 「でも………」 いい返事をしないと、宗ちゃんは俺の元からいなくなっちゃうんだろ………。 「そんな顔するなよ愛由。俺は、愛由が望むならこれからも傍にいるよ。ね、だから、いつもみたく笑って？」 これまで通り、傍にいてくれるの？俺、アイシテないけど、それでも？ 不安で不安で恐る恐る見上げた宗ちゃんが、おどけて「ほら、スマイルスマイル」と言った。思わず、笑う。 「可愛いな……。他の連中は可哀想だ。こんなに可愛い愛由が見れないんだから……」 「え……？」 「愛由、ここでは笑わない子って有名なんだよ。俺だけの特権なのは嬉しいけどね」 笑うとか笑わないとか、そんなの特に意識してないけど、確かにそんなに笑う方ではないのかもしれない。 というか、俺みたいな人間が所構わずニコニコしてたら、それはそれで胡散臭いと思うし。