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宗ちゃん 4
「さ、今日はこの辺で一段落しようか。あ、またこんな時間……。けど、泊まるのは流石にまずいよね……」
それは、いけない事の様な気がした。寝るとしたら同じベッドしかないし……。けど、ダメって言って宗ちゃんに嫌われるのは嫌だった。また、「じゃあもう来ない」って言われるのが怖かった。だから、俺は「いいよ」って頷いた。
寝るときの、柔らかい服に着替える。そういう習慣は、施設に来てから初めて知った。
いつも何も気にせず平然と宗ちゃんの前で着替えていたけど、今日は少し緊張した。意識したら、凄く視線を感じる様な気がして、でも、意識してる事が宗ちゃんにバレない様に、いつも通りを装った。
「本当にいいの?」
「うん……」
ベッドに入るとき、俺はガチガチに緊張していた。ついこの間までと同じだって思い込もうとしても、どうしてもだめだ。だって好きって事は、少なくとも相手とヤりたいって事だ。男の場合は特に。
俺は好きじゃないってちゃんと伝えたんだから。宗ちゃんに限って俺の嫌がることはしない筈………。
そう思ってた。
「好きだよ………」
隣で横になった宗ちゃんの顔が近い。俺は然り気無く反対方向を向いていたけど、首の後ろにかかる吐息の熱さで、直ぐそこにいるって分かる。
俺、これ知ってる………。
宗ちゃんの目は見えないけど、きっとギラついてる。あのおじさん達と同じように。
俺は、肉食獣に捕らわれた草食獣みたいに、じっと食われるのを待つしかない………。
「愛由………」
頑なにあっちを向いていた身体を、背中から伸びてきた腕に仰向けにされる。宗ちゃんの顔が目の前にある。その目を見るのが怖くて、目を閉じた。唇に、柔らかいものが押し当てられる。
怖い……怖いよ……やだよ………。お願い宗ちゃん、やめて………。
「愛由、泣いてるの……?」
宗ちゃんの声は、悲しそうだった。
「泣くほど、嫌だった?」
「ごめん……ごめん、宗ちゃん………」
俺の事、そんな目で見ないで。悲しまないで。嫌いに、ならないで………。
「愛由、ごめんね。俺、ゆっくり……って思ってたのに、愛由があんまり可愛いから、つい。これからはちゃんと我慢する。愛由の心の準備が整うまで、じっくり待つから………」
「宗ちゃん………」
嫌われて、ない。宗ちゃんは、「もう来ない」って言わなかった。その事ばっかりに気を取られていた。
少ししてから、宗ちゃんの言葉が、俺達が好き同士前提な感じがして、あたかももう付き合ってるみたいで少し違和感を覚えたけれど、細かいことはこの際どうでもよかった。宗ちゃんがこれまで通り俺の傍にいてくれる。俺の嫌なことは、しないでくれる。それだけで、俺にとっては十分過ぎて。
*
宗ちゃんは、前みたいに俺に勉強を教えてくれたし、前みたいに……いや、寧ろ前よりももっと頻繁に部屋に泊まる様になった。
「今日も可愛いね……」
勉強している時は普通なのに、ベッドに横になった途端、宗ちゃんは豹変する。俺の髪や頬を撫でて、「好きだよ」って何度も囁きながら、決まってキスをしてくる。
初めは、約束が違うと思って泣きたくなったけど、でも、それ以上はなかった。おじさん達にされたみたいに、口の中を掻き回されたり、舌を絡め合わされたり、唾液を飲まされたりもしなくて、本当にただ唇を押し付けられるだけだった。
宗ちゃん曰く、少しずつ慣らしているんだとか。
俺には慣らす意味も分からないし必要もないけど、何も言えなかった。何か言って今が壊れるのが怖かったし、宗ちゃんの目論見通りと言えるのかどうなのか、俺は宗ちゃんからされるキスに、随分と慣れてきていた。
だって、ベッドに入ってキスをされたら、それが合図みたいにすぐに眠くなる。
宗ちゃんからは、「シラユキヒメの逆だね」ってよくからかわれる。ほら今日もまた言われた。シラユキヒメの事、今度調べよう。いつも思ってるのに、一晩寝たらすぐ忘れちゃうんだ………。
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