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宗ちゃん 5
「やったな、愛由!」
受験を目前に受けた冬の模試で、俺は遂にA高のA判定を取った。今日はその結果を早く宗ちゃんに見せたくて、いつも以上に、早く宗ちゃん来ないかなってソワソワしてた。
「宗ちゃんのお陰だよ。A高なんて、夢のまた夢だと思ってたし……」
「愛由、夢は叶えてこその夢だよ。俺はね、医学部を出たら外科医になってお父様の跡を継ぐんだ。済心会って聞いたことある?うちの父が一代で築き上げた病院なんだ。今では全国各地にある。俺は、その大元の病院で、院長になる。現院長の父も、外科医上がりだから、外科医になるのが一番の近道でね………」
宗ちゃんは自分の夢について物凄く饒舌に話してくれた。けど、俺が気になったのはその内容ではなくて………。
「宗ちゃん、お父さんの事、もういいんだ………」
「ん………?」
「酷い事、されたのに、もう割り切れてるなんて、凄いね………」
やっぱり宗ちゃんの認識は俺とは違う。
だって俺は、あのおじさん達への嫌悪感は全然消えないし、母親への思いは、おじさん達に対するよりももっと複雑で、ある意味憎悪にも近い。
まだ記憶が生々し過ぎるせいかもしれないけど、この気持ちは一生忘れられそうにない。割りきるなんて、とても出来ない。
「いつまでも過去に縛られていても、始まらないからね」
宗ちゃんは大人だ……。流石、7つも学年が上なだけある。俺も7年も経てば、その内にそんな風に思える日が来るのだろうか……。
「それよりも愛由、本当によく頑張ったね!」
宗ちゃんは、記念にと言って、模試の『A高A判定』の所をスマホでカシャカシャ写した。何もそこまでって思ったけど、自分の事の様に喜んでくれる事が嬉しかった。
その時、ドアがコンコンとノックされた。
「天城くん、いる?」
顔を覗かせたのは、施設長だ。40代くらいの女性で、少しふくよか。子供達からは母ちゃんなんて呼ばれて慕われている。そんな施設長の雰囲気が、今日は少し違って見えた。あの人、あんなに目ぱっちりしてたっけ?って。
「今行きます」
宗ちゃんと施設長は、何か二人にしか分からない目配せをした気がしたけど、その意味が俺に分かる筈もなく。
宗ちゃんは、その目配せの後に少し慌てて部屋を出た。
何だろう?
思ったけど、考えたって分からないし、後で宗ちゃんが戻ってきた時にでも聞いてみればいい。
俺はワークに先に手をつけておこうと、机の上を探った。
カタン!
模試の結果を片付けようとしていた拍子に落としてしまったのは、宗ちゃんのスマホだ。
いけない!
傷つけたりしてないかな……?急いで、でも慎重に拾ったそれは、まだ画面が明るく点灯していて、画面に軽く指が触れたのだろう、画面に表示されていた、さっき写した模試の画像から、別の白っぽい画像に切り替わった。
「わ……っ」
スマホを操作したことのなかった俺は、ビックリして慌てて机の上にそれを手放した。
「………え」
勝手に人の物を見てはいけないって思ってた。けど、俺の目はその画像に釘付けになる。
そこに写っていたのは、裸体だ。男の、裸体。
どうして俺がそれから目を離せないのかというと、その裸体から繋がってる首の上にあるのは、俺の顔だから。ていうか、これ、俺の裸………?
何が何だか分からなかった。
けど、見よう見まねで画像を横にスクロールさせたら、また次も俺の裸。次も、次も、その次も。そして動画らしきものがあって、次は俺の目を瞑った顔のアップ。そして次は、下腹部の………。
なに、これ…………。
俺はパニックだった。心臓がバクバクして、目の前の出来事を正確に理解できない。
無心に、スクロールを続けたら、服が一枚ずつ着せられていく。いや、これ、現在→過去の順番で見てるから、正確には脱がされてる。
あれ、この部屋着、昨日着てた…………。
全部の服を身に纏った俺を最後に、次は違う画像になったけど、またいくつか他の画像を通り越したら、また俺の裸が表れる。
膨大な数だ。一体いつから、こんな事………。
試行錯誤して、一画面で沢山の画像が見れる様にして、今度は縦にスクロールしていく。
凄い肌色だらけだ。これ全部俺の裸なの……?嘘だろ……?
ようやく肌色が途切れて、その、恐らく一番最初に撮ったであろう画像に表示されてる日付はかなり前だった。
嘘だ…………。
俺は、最低でも、宗ちゃんから告白された後からだって思ってた。けど、これは…………。
今年の晩春。忘れもしない、初めて宗ちゃんが俺の部屋に泊まった日。
どうして…………なんで、あの頃から…………。
廊下から声がして、肩がビクッと震える。
慌てているのに、妙に冷静に、正確に、俺はスマホの画面を元の模試の結果に戻して、画面をブラックアウトさせる。
「それじゃあ、ちさとさん………」
宗ちゃんの声が途切れ途切れに聞こえる。いつもよりも高い施設長の笑い声も。俺は、机に向かって、ワークを前にシャーペンを握る。
「ごめんね、お待たせ」
部屋に入ってきた宗ちゃんは、一番に机の上にある自分のスマホを手に取った。中身をチェックしている様に見える。どこかおかしな所が見つかりやしないか。ついさっきまで使ってた熱みたいな物を察知していたりしまいか。
俺は内心ドキドキしていたけど、宗ちゃんはそう深く検分することもなくスマホを机の上に置いて、俺の隣にかけた。
「さ、A判定が出ても油断禁物だよ!」
宗ちゃんは、いつも通り過ぎる程にいつも通りだ。裏であんな事してたなんて、露程も思わせない爽やかっぷりだった。
俺も、なるべくいつも通りを装った。内心では、宗ちゃんの事を怖いと、一体何を考えているんだろうと疑心暗鬼になりながら。
その日も泊まると言い出した宗ちゃんに、俺はいいよと言った。寝たフリをして、服を脱がせようとする宗ちゃんを咎めるつもりだった。
それで宗ちゃんが謝ってくれて、改心してくれたら、もしかしたらまた元の関係に戻れるかも。さっき見た画像の事は知らないフリをして。そう思う自分と、酷い裏切りを受けたのだから、もう無理だと思う自分とが半々だった。
あんな事実を知っても尚、宗ちゃんを簡単に切り捨ててしまえないくらい、宗ちゃんは俺の中で大きな存在だった。
そんな人から裏切られた…………。
「お茶が入ったよ」
「ありがと」
勉強終わりにいつも宗ちゃんが入れてくれるお茶は、砂糖が入っていないのに、仄かに甘い。確か、リコリスの甘さだよって、前に教えて貰った。初めは馴染みのない薬臭い味に慣れなかったけど、今ではいつもの味ってくらいに馴染んで、普通に飲める。
カロリーは殆どないらしいけど、勉強終わりの疲れた頭に甘いお茶は嬉しかった。だからつい、今日もいつもの調子で飲んだ。
「愛由、好きだよ……」
俺、頭おかしいのかな………。この後何されるか分かってるのに、こんなに眠いなんて………。
―――――。
この後される事っていうのは、今されたキスなんかじゃなくて、脱がされたり、そして多分触られたりも………。
………ダメだよ、俺。現行犯で見つけて、やめろって言うって、決めたのに―――――…………。
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