39 / 185
打ち上げ 1
「あゆ君最近眠そうだよね」
学食で一緒になった時よっしーが俺に耳打ちしてきた。眠そうと言えば確かにその通りで、でも俺はもっと深刻に及川最近ちょっと変だなと思っている。
「前、バイトの時間延ばすって言ってたから、そのせい?」
「ううん、違う。あゆ君バイト辞めてるよ」
「え、そうなの?」
退院してから始めたバイトだから、まだ始めて1ヶ月ぐらいな筈……。
合わなかったのかな?と聞いた俺に、よっしーは「さあ?」と首を振った。
「この間みさちゃんとご飯食べた帰りに、あゆ君のバイト先寄ってみたんだけど、あゆ君いなくて。レジにいた人に聞いてみたら、欠勤続きで全然バイト来なくなって辞めたって……」
「まじ……?」
及川毎日忙しいって言って、あれから俺の家に来るのも断り続けてたのに……。
「あいつの金欠、結構深刻みたいだったけど……」
「そうだよね。渋ってたけど、お父さんにお金借りたとかしたのかな…………」
「……あいつ、ヤバい事に手出してねーよな……?」
金欠な及川がバイトしなくてよくなった状況って奴を考えて、俺の頭に浮かんだのは、ヤクの運び屋とか売人とか、オレオレ詐欺の出し子とか、ヤバイ事して金を稼ぐ及川だった。
基本、及川は真面目な優しいやつだって思ってるけど、噂が本当だとしたなら、そういうルートに知り合いがいてもおかしくないし………。
「冗談やめてよ土佐!あゆ君がヤバい事なんかする筈ないだろ!」
よっしーが大袈裟に反応したのは、自分も多少疑っちゃってるからなんじゃねーの?って思ったけど、無粋だから口には出さない。
俺が及川が変だと思うのは、何となく元気がないのもそうだけど、金欠だって言ってる割にやってる事がチグハグな気がするからだ。
最近、及川の服の趣味が変わった。ただ変わっただけなら別にいいけど、金がない癖にブランド物の高い服を身に付ける様になったのだ。
ほら、今日着てる無地のシャツのロゴも、大学生じゃなかなか手の届かないブランドのものだ。多分一枚数万円は下らない。
まあ、及川の見た目は元々極上だから、質のいい生地や仕立てのいい服はかなり様になってるし、前よりも綺麗さに磨きがかかって似合ってるっちゃあ似合ってるけど、食費抑えてまで買うか?って思うのだ。まあ、買う人もいるだろうけど、及川はそういう性格じゃないと思ってた。
いつからか、シャンプーの匂いもなんか嗅いだことない様ななんとなく高そうないい匂いのに変わった。前、家に漫画読みに来た時は、シャンプーの匂いは高級そうだったけど、服装はまだ普通だったんだけどな……。
それに、及川は左足を骨折したと言っていたけど、その割に左足を庇う様子はないし、どこの部分なのか?とか、どんな治療したのか?という細かな質問には悉く答えてもらえない。
俺は、及川が風邪と言って大学を休み始めた時からなんか変だなと思っていた。入院中のLINEの返信も素っ気無さ過ぎたり、逆に丁寧すぎたりで及川らしくなくて変だったし、大学に来る様になってからも、入院生活や病状の事になると必ず口を濁すし、そもそも本当に骨折したのか?って感じだし。
でも、大学側には診断書を出しているらしい。そんなの偽装出来ると思えないから本当なんだろうとは思うけど、なんか腑に落ちない。
退院直後の及川はげっそりしていて足取りも重く、食欲もなさそうで、正に病み上がりと言った調子で入院してた事は疑う余地もないのに、何をそんなに疑ってんだろ、俺。よっしーに知られたらまた怒られるな……。
*
「お疲れ様!いい発表だったよ」
ゼミ終わりに俺達の座る席までやってきたのは、天城先生だ。
今日はこの間俺達の選んだテーマの研究発表の日だった。医療的なテーマだった事もあって、天城先生にはかなり助言して貰った。
「先生のおかげっす!」
「ありがとうございました」
俺とよっしーでお礼を言うと、天城先生はどういたしましてと笑った。
よっしーも、天城先生に初めは人見知りしてたけど、前教えて貰った店が美咲さんに大層喜ばれたみたいで、それ以降、デートの助言も度々受ける様になって、大分心を許している様だ。
俺も一応、デートで使えるお店とか色々教えて貰ったけど、前の彼女にはバイトを始めた途端「構ってくれない」とうんざりする様な事を言われ振られたし、そうでなくてもなんとなく連れて行きたいと思えなくて行ってない。
あーいう落ち着いた照明の店が似合うのは及川かもな……と思ってチラ見した及川は、最近よく見る物憂げな表情を浮かべて目を伏せていて、どこからどう見てもやっぱり綺麗だ。
「今日、打ち上げなんだろう?」
天城先生だ。雑談するつもりなんだと思って改めて先生を見ると、今日も相変わらずイケメンで実に爽やかだ。そう言えば女子が、今人気の背の高い俳優に似てるって言ってた。言われてみれば、ちょっと、似てるかも。
てか、打ち上げの事、及川から聞いたのかな。昔馴染みらしい二人は、俺らの前ではあんまり喋らないけど、結構仲いいみたいで、5講ゼミの日は天城先生が声を掛けてよく一緒に帰っている。
そういえば、及川が着てるシャツのブランドを、天城先生が着てるのを見た気がする。もしかして天城先生が及川のパトロンだったりして……って、男同士でそりゃないか。
「そーなんす。お疲れ様会って事で」
「あんまり羽目を外すなよー」
「あはは、それは大丈夫です。みんな未成年なんで、飲み会ってより食事会みたいな感じっすから」
「そうなんだ。俺の若い頃は大学に入ったらみんな飲んでたけど、最近の若い子はちゃんとしてて偉いね」
「まー飲む奴は飲みますけどね。及川とよっしーは真面目なんで」
「……愛由は昔からそうだからね」
天城先生が訳知り顔でクスクス笑うのを、何となく面白くないなあと思ってしまう。俺の知らない及川を、この人はいっぱい知ってんのかなって思うと……なんか、こう、やな感じだ。
「今日は愛由から二人に報告があるんだよね?」
「…………」
報告?何だろう?気になって及川を見たけど、及川は一瞬顔を上げて天城先生を見た後は、また視線を下げて黙っている。
「……まあ、今じゃなくてもいいけど、今日中に必ず、ね」
天城先生の手が、及川の肩にポンと置かれる。その気安い感じとか、及川もそれを当たり前に受け取っちゃってる二人の空気感みたいなものも、なんかやだなあと思う。
「愛由、終わったら連絡して。迎えに行くから」
「あ、俺今日飲む気ないんで、送って行きます」
対抗意識が表に出てきたのか、脊髄反射で言った。
……そうでなくても送るつもりではあった。最近の及川は危なっかしいから。
ちょっと前までは近寄りがたい程の凛とした雰囲気を醸し出していた及川が、最近ではなんとなく弱ってるというか、隙がある様に見える。そんな及川がふらふらと遅い時間繁華街を歩いてたら、普通に酔っ払いに絡まれそう。喧嘩的な意味じゃなくて、もっとヤバイ雰囲気のに。
「……土佐君は、愛由の新しい家、知らないだろ?」
「え、及川引っ越したん?」
「ああ。前住んでた所より格段にいい家にね……」
及川に聞いてんのに、なんで天城先生が答えるんだろうって、またちょっと不満を感じている内に、天城先生はもう一度及川に電話するよう念を入れてから、教壇の方へ戻って行った。そしてフリーになった途端、女子生徒に囲まれている。
基本、爽やかだし物腰も優しいし親切だしアドバイスも的確でいい人だけど、なんだかな……。
「あゆ君、引っ越したの?」
俺も詳しく聞こうと思っていた事を、よっしーが聞いた。てか、よっしーも知らされてなかったのか。
「………うん」
及川の返事は歯切れが悪い。
「あそこ、家賃3万切って風呂トイレ付きって条件でようやく見つかったとこだったのに……?」
そうだったんだ。まあ確かに及川のアパートはかなりボロかった。
「………もう行こう」
あまり話したくないのか、早々に準備を終えた及川に促されて、俺とよっしーも教室を出る。
及川は、駐車場に辿り着くまでずっと黙ってて、何かに急き立てられるみたいにずっと早足だった。
ともだちにシェアしよう!