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打ち上げ 2
「及川大分食える様になったんだ」
「まあな」
この間ここに来た時は焼鳥5本くらいで苦しそうだったけど、今日は余裕がありそうだ。それに、大学を出てからは表情もいい。最近は冴えない顔をしている事が多くて、それが当たり前に見えてたけど、そんな事なくて、俺らの前では気の抜けた顔も見せるこれが及川だよなと思い出す。
「そう言えば土佐とご飯食べるの久々だよね。最近学食でも会ってなかったし」
「おーそうだな」
「最近どう?」
「どうって、ふつーだよ。大学行って、たまにサークルの奴等と飲んで、バイトして」
「あれ、土佐バイトしてたっけ?」
「あ、そーそー言うの忘れてた。始めたんだ、居酒屋バイト」
「居酒屋かー。なんか土佐似合う」
「そーか?」
チラっと及川を見る。けど、何系の居酒屋?とか、制服はどんな?とか色々興味津々に聞いてくるよっしーとは対称的に、及川は俺のバイト内容については全然興味なさそうだった。「普通っていいな」と意味不明な感想を一人言みたいに呟いただけで。
「なあ及川、お前まだ金欠?」
「え?……まあ………」
俺がバイトを始めようと決意したのは、及川が金欠で困ってるのを知った直後だ。俺自身は仕送りでやっていけない事はないけれど、元々居酒屋バイトやってみたいなあという漠然とした思いはあって、でもこれまでは興味程度で行動に移すまでではなかった。背中を押したのは、間違いなく及川の助けになればなという想い。
「俺、もうすぐ初給料入るし、お前んとこの家賃代くらい貸せるぜ?」
言ってから思い出した。そういや及川いい所に引っ越したんだった。ってことは家賃3万じゃ足りない可能性あり?いやでも、金欠で引っ越したんだから、もっと安いって意味の格段にいい所に移った可能性のが高い?
「そう言えばあゆ君、引っ越したの俺聞いてないよ?」
よっしーも俺と同じタイミングで思い出したのか口を尖らせた。
「……ごめん、言いそびれてた」
「どの辺?あそこより安い所なんてあったの?今度呼んでー」
よっしーに質問責めにされて、及川は少ししどろもどろになりながら、「うん」とか、「まあな」とか答えている。
この間は美咲さんの手前、兄と弟に形容したけど、本当はちょっと恋人同士に見えなくもない。それも、及川がよっしーにべた惚れのやつ。
「で、その新しい所の家賃は払えそうなん?」
「あ……ああ。家賃は、大丈夫」
家賃はって事は、家賃以外は払えないのか?そう思って聞いてみたけど、及川は「大丈夫」しか言わない。
「遠慮すんなって。じゃあ、今日奢るか?」
「いや、いい。今日の分の金はある」
「……そか。じゃあ、足りない時は遠慮なく言えよ?遠慮したら逆に怒るかんな」
「………うん、ありがとう」
素直に頷いた及川がしおらしくて、なんか、うん。………すげー可愛い。
「俺も、あゆ君の力になるよ!だから、俺にも何でも言って!」
よっしーが俺達の会話に無理矢理感満載で割り込んできた。てか、よっしー対人恐怖症的なアレでバイトとかしてないから、よっしーの金イコール及川が遠慮しまくってるよっしーの親の金じゃん。
てか、あれ?もしかしてよっしー嫉妬か……?
「ありがとな」
及川に綺麗に微笑まれて、よっしーは見間違いじゃなく顔を赤くした。同時に俺は敗北感を覚える。
自分で稼いだ金を貸せたって、やっぱり俺はよっしーには勝てない。だって俺、単体で及川から笑いかけて貰ったこと、まだない………。
この前の快気祝いの時は、俺といる内にリラックスしていく及川を見て、よっしーに勝った気がしてたんだけどなあ……。けど、やっぱ勝ってねーなって、勘違いだったんだって、さっきの及川の笑顔でわかる。非常に悔しいけれども。
そういやあの日、及川いきなり泣いたんだよな………。
ネギアレルギーだなんて言い訳してたけど、絶対嘘だ。俺もいきなりの事に慌ててたから、その嘘に乗っかる事しかできなかったし、ネギ食いつくした俺にありがとうって言った及川の表情が柔らかくて儚くて、すげー可愛くてドキドキしてヤバくて動揺してトイレに立ってしまって詳しく突っ込めなかった。
でもやっぱ、いきなり泣くっておかしいよな。
やっぱり、どう考えても及川が可笑しくなった転機は、あの入院の後からだ。
及川が本当に入院してたとして、入院中になんかあったんじゃねーのかな……。例えば、入院中に昔の仲間に会って、シノギ?の手伝いしなきゃなんなくなったとか………。
気になる………。及川、今何して金稼いでんだよ。
「なあ、及川コンビニバイト辞めたんだろ?」
気になりだしたら気になって仕方なくて、何の脈絡もなく俺は問いかけた。
「それ……なんで………」
「ご、ごめんあゆ君。この間、たまたまあゆ君の働いてたコンビニに行った時、バイト仲間の人に聞いちゃって……」
「そ……か………」
何で言うんだよって目でよっしーに睨まれたけど、逆に何で本人に内緒にしておく必要があるんだ?って思う。知ってること隠しておきたいよっしーの方がよっぽど及川が怪しい事して金稼いでるって疑ってるんじゃねーのと思ってしまう。
「で、今度は何のバイトしてんの?」
「………また、違う、コンビニ……」
「あゆ君、前のコンビニすぐ辞めちゃったけど……何かあった?」
「………別に、そういう訳じゃ、ねえけど………」
及川の返事は何とも歯切れが悪い。
やっぱりちょっと、ヤバイ事してんじゃねーの……?
「…………」
「…………」
押し黙ったのは、俺だけじゃなくて、よっしーもだ。ってことは、多分よっしーも俺と同じこと思ってる。
「コンビニってどこの、」
「もう、いいよ、俺のバイトの話なんか」
及川が、俺の質問を遮って無理矢理話を終わらせようとする。
「いや、よくねー。及川、なんかまずい事してたりしてねーよな?」
「………マズイ事……?」
及川の声が少し低くなった。
「いや、その、つまり、法に触れる様な……さ………」
及川がじっとこっちを見ている。その目は久々に見る及川の冷めた目だったから、俺は狼狽え言葉を失った。
「土佐、酷いよ!あゆ君は、そんな、悪い事とかする子じゃないよ!」
その隙を、よっしーがついてくる。俺は初めてよっしーに本気でカチンときた。はあ?お前だって本当はそう思ってる癖に、一人だけいい子ぶんな!
「じゃあよっしーは、及川が本当に別のコンビニで働いてると思ってんの?」
「お、思ってるよ!あゆ君がそう言うんだから、俺は信じる!」
「なー及川。じゃあ、どこの、何てコンビニ?今度行くから教えろよ」
「土佐!性格悪いぞ!」
「どっちが!そうやって分かってんのに知らんぷりしてんのが及川の為になるなんて、俺は思えねえから!」
もし及川がヤバイ道に行こうとしてるなら、それを正してやるのが本当の友達だって俺は思う。及川の機嫌窺うみたいに、見てみぬフリするなんておかしい。
「……もうやめろよ。俺のバイトの話なんかどうでもいいだろ。俺は、こんな話したくて今日来たんじゃねえよ」
「でも及川、お前最近ずっと変じゃん!俺、お前の事心配して言ってんだぞ!取り返しのつかない事になる前に、ちゃんと俺らに相談しろって!」
「……………」
及川は黙って視線を下げる。その態度からも、やっぱり何かあるんだって事はモロ分かりだ。きっともう少し諭せば、及川は話してくれる。そんな気がしていたのに………。
「いい加減にしろよ!土佐に、あゆ君の何が分かるっていうの?俺達と殆ど一緒にいない癖に、こういう時だけ出しゃばって、一番の理解者みたいな顔するのやめろよ!」
よっしーのこれまで以上の剣幕に、俺も、顔を上げた及川も一瞬呆気に取られた。その隙に………。
「行こう、あゆ君。帰ろう」
よっしーは及川の腕を掴んで立ち上がる。
帰るなら一人で帰れよ。なんで及川連れてくの。
喉元まで出かかった言葉は、声にはならなかった。
今よっしーに言われた事が真実だから、ちょっと堪えていた。
『殆ど一緒にいない癖に………』って。
よっしーに手を引かれた及川が、困惑顔で俺を振り返った。
『俺は残る』って言って、俺を選んでくれればいいのに。
そう願ったけど、及川は殆ど口だけを動かす程度の小声で「ごめん」と言うと、よっしーに従って行ってしまった。
「あーあ………」
脱力して、背凭れにどっさり背中を預けた。
知ってたよ。及川の一番はよっしーだって。
でも、ここまで見事に振られると、流石の俺も傷つく。傷付き過ぎて、笑えてくる。
「あのー、おひとりですか?」
見ると、一人でハハ、と乾いた笑いを溢していた怪しい俺に声をかけてきた勇気ある女の子がひとり。
「あーひとりひとり。ひとりに、なっちまった」
「あの……見てました」
「見てたん?ひでーよなあ。……失恋した気分」
「失恋ですか?女の人、いましたっけ?」
「………座る?」
「座ります」
俺の向かいにちょこんとかけた女の子は、よく見ると結構可愛かった。ま、さっきまでそこにいた及川には大分劣るけど。
「飲む?ってか、飲める?」
女の子はコクンと頷いた。
俺は、及川達がいなくても別に楽しめるし。あいつらは相思相愛二人でよろしくやればいいさ。
………あ、そういや、及川の報告って何だったんかな。ちょっと気になるけど、俺からはぜってー聞いてやんねえ。もう知らねーよ、あいつらの事なんて。
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