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あゆ君

「あゆ君、打ち上げ、台無しにしちゃってごめんね……」 「由信……」 あゆ君は、俺の事を複雑な顔で見ている。 俺についてきてはくれたけど、それでも多分、俺の意見に同調して土佐を批判するなんて事、あゆ君はしない。あゆ君は優しい子だ。争い事だって嫌いだし、醜い独占欲に身を焦がしたり、誰かに嫉妬してどす黒い感情を覚えた事もないと思う。 土佐が、あゆ君の事知ったかぶりするから、腹が立った。いつも一緒にいない癖に、あゆ君の事、何も知らない癖に。 あゆ君の一番の理解者は俺だ。だって土佐は、俺達以外にも沢山いる友達との付き合いが忙し過ぎて、あゆ君のバイトの事もやっぱり俺に聞くまで知らなかったし、それに、あゆ君の前髪に隠された額に、時々痣や傷が出来てることだって絶対に知らない。 あゆ君が、何か良からぬ事に巻き込まれてるかもしれないって事ぐらい、俺だって気付いてる。あゆ君はいい子だって信じてるけど、俺と出会う前のあゆ君の交遊関係はよくわからないし、変な噂がいつもつきまとっていたし。 でも、そんな事直接指摘したら、逆に意固地になられて終わりだと俺は思う。土佐は、挫折とか、道を外れる事を知らないから、正攻法が一番だって思ってるみたいだけど、俺は、自分の経験則で、こういうのは、本人が目を覚ますまで根気強く待つしかないって知ってる。 俺の両親は、俺が壁に衝突して立ち止まった時でも、乗り越える事を無理強いした事は一度もない。 『由信を信じてるよ』 その言葉だけをかけて、プレッシャーを与える事もなく、俺が自力で解決出来るのを根気強く待ってくれた。 それで俺はこれまで成功してきた。 登校拒否も乗り越えたし、今は親元を離れひとり暮らしをして大学にまで通えている。可愛い彼女も出来て、いい親友にも恵まれてる。 だから、あゆ君もきっと大丈夫。焦らせず、プレッシャーも与えず、ただ『信じてるよ』って事だけ伝えて根気強く待てば、いつかあゆ君は、元のあゆ君に戻ってくれる筈だ。 それにしても、土佐にあゆ君のバイトの話をしたのは失敗だった。でもまさか、土佐があんな風に暴走するなんて思わなかった。あゆ君の一番の親友は俺なんだから、何かするにしても、俺の意向を汲んでくれるものとばかり思ってた。だからこそ、大袈裟なまでに、「及川ヤバイ事してるんじゃ……」って言葉を否定したというのに。 ――――土佐なら、持ち前のコミュ力とその魅力で、もしかしたら鮮やかにあゆ君の問題を解決できたりするのかな………。 一瞬そう考えて、俺はその考えを打ち消す様に頭を振った。 そんな事、あっていい訳ない。 スーパーマンみたいに土佐があゆ君の問題を解決したりなんかしたら、あゆ君の一番の親友が俺じゃなくなってしまう。そうでなくても、あゆ君にどっちが相応しいかって客観的に見たら、一目瞭然土佐だっていうのに。 俺みたいな陰キャに、あゆ君みたいな親友が出来たのは、殆ど奇跡だ。それを言うなら典型的陽キャな土佐もそうだし、みさちゃんもそうだけど、全てはあゆ君から始まってる。 俺は、俺の回りにいるキラキラした人たちを、誰も失いたくないし、あゆ君の一番は、ずっとずっと俺でないと嫌だ。 改めて思う。あゆ君がついてきてくれて本当によかった。 もしもあゆ君が土佐の元に残ったりしたら、俺、この歩道橋から身を投げてたかも………なんちゃって。 一番の親友とは言え、あゆ君の経歴については謎が多い。 お父さんは、遠い親戚って言ってたけど、俺はそれは嘘だと思う。だってあゆ君の綺麗な顔つきは、家の家系のどの筋にもいないから。スタイルだってそう。男にしては小柄だけど、手足が長くて顔が小さい。髪質とか肌艶ひとつとっても、俺と違いすぎて、ほんの1ミリすら血が繋がってるなんて到底思えない。 俺なんて、髪の毛は癖毛だし、スタイルは悪いし、肌には年相応にニキビだってできたし、顔は良く言って中の下だ。 あゆ君みたいに、頭の先から爪先まで完璧な美しさを詰め込んだみたいな人と、同じ人種ってだけでも疑わしいくらい、俺とあゆ君は似ていない。 あゆ君と初めて会った時は、本当に緊張して、ドキドキした。俺がこれまで見てきた綺麗な人間の頂点にいる様な、完璧な美しさを持った人だったからだ。 俺は実を言うとメンクイだ。これまでも好きになるのは決まってクラスいちの美人だった。叶う筈ないのに。 俺のあゆ君への想いは、ある意味恋に近かったのかもしれない。同性だけど、そんなの関係ないって思えるくらい、あゆ君は輝いていたから。 そんなあゆ君は、びっくりするくらい俺に優しかった。 家族で一緒にゲームする時は、俺にもよく声をかけてくれたし、ご飯食べてる時なんかも、俺の事気にして目配りしてくれて、親切に調味料を取ってくれたりした。綺麗な人って本当に特だよなって思う。だってたったそれだけの事で、人を有頂天にさせる程喜ばせる事が出来るんだから。 それだけじゃない。あゆ君は、俺を学校に誘ってくれて、俺の為に怒ってくれて、約束通り俺とずっと一緒にいてくれた。 あゆ君は男だけど、クラスいちの美人だった。そんなあゆ君を独占できる悦びと言ったら、言葉では言い表せない程で、俺は絶対にあゆ君を誰にも渡さない。これからも二人でずっと一緒にいたいって思ってた。 そんな時、現れたのが土佐だった。 土佐は、初めからあからさまにあゆ君狙いで俺達に近づいてきた。初めは陽キャな土佐が俺は怖かったけど、流石誰とでも友達になれる奴は違った。気付いた時には、スッと懐に入られていたから。 対するあゆ君は、最初土佐をもの凄く警戒していて、言うことも結構辛辣で、俺はある意味土佐に同情してた。あゆ君があんなに優しいのは俺に対してだけだって事に改めて気付いて、俺は優越感で舞い上がっていたのだ。 やがて土佐は、あゆ君の信頼も獲得して、当たり前に一緒にいる様になった。それでも、やっぱりあゆ君の一番は俺だったし、土佐はどこからどう見てもいい奴だったから、3人でいることに異論はなかった。ちょうどその頃、みさちゃんという彼女が出来たというのも大きい。俺の世界の中心が、あゆ君だけじゃなくなったから、それまでの盲目的なあゆ君への想いが、かなり分散されていたんだと思う。 その状況は今でも変わらない。俺にはみさちゃんがいるし、あゆ君も、俺が一番な筈だ。土佐だっていい奴には違いなくて、別に俺からあゆ君を取ろうとした意図はなくて、本当にあゆ君の事を心配してるのだってよく考えれば分かる。 それなのにあんな辛辣な事言ってしまったのは、あゆ君の俺への気持ちが、最近揺らいでいる様に見えて心配だからだ。具体的にこれって事はないけど、このところあゆ君が心ここに在らずな事が多くて、凄く寂しい。もしかしたら、争いに乗じて席を立ったりしたのは、あゆ君の俺への想いを試したかった面もあったのかもしれない。 あゆ君は、入院した頃からどうにもおかしい。それに、みさちゃんもあゆ君の事で変な事を言うようになって、俺は板挟み状態にもなっていて結構参っている。 あゆ君が俺の知らない所に行ってしまいそうで不安で仕方ない。俺に土佐みたいな体格と度胸があれば、俺ももしかしたら土佐みたいに強引に解決を図ったかもしれない。だって、あゆ君がいなくなったら。俺の事一番じゃなくなったら。俺、飛び降りるは言い過ぎでも、また引きこもりに逆戻りだ………。 「ねえあゆ君、今日俺の家に泊まりに来ない?」 「え……」 「俺、土佐に酷い事言っちゃったよね……。俺、土佐に嫌われないかな……」 「それは大丈夫だよ。あいつは、話せば分かる奴だと思うから」 「でも、不安だよ。不安で眠れなさそう………」 「由信………」 あゆ君は困った顔をしている。 「あ、それか、家に帰らなきゃいけないなら、俺があゆ君家泊まりに行っちゃおうかな。新居の場所も知りたいし」 「……………」 「お願いあゆ君。俺、今夜はひとりになりたくないんだ……」 あゆ君は困り顔で暫く逡巡した後に、「由信の家に行く」と言った。 俺は、ほっとした。大丈夫。あゆ君は、ちゃんと俺の事一番に考えてくれてる。だってこんな突然の我が儘でさえ、聞いてくれるんだから。あゆ君が俺を見捨てるなんて、絶対にないよね。あゆ君の一番は、いつだって俺だよね。

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