「由信、あのさ………」 俺が思いきって口を開いたその時、短い着信音がした。寝室からで、俺の設定音じゃない。 「何？あゆ君」 「……由信、スマホ、鳴ってなかった？」 「うん。でもいいよ。後で見る」 俺が気になる。宗ちゃんからだったら、どうしよう………。 「あゆ君？」 「あ、ああ。あのさ……今日から暫く、泊めてくれね……？」 由信は、俺の言った事が全く予想外の事だったのだろう。目を真ん丸にしてぽかんとしている。 「……勿論、美咲さんが来るときとか、無理なときは出て行くし、飯は自分で何とかするし、余裕ができたら光熱費とかそんなんも払うから……」 「え、そんな事はいいんだけどさ……。どうしたの？引っ越し先で、なんかあった、とか？」 「あ、いや………」 どうしよう。何て答えよう。でも、宗ちゃんと住んでたなんて絶対に言いたくないし………。ごめん由信。俺、また嘘つく。 「引っ越し、してない。バイトも……。前のコンビニ辞めて、家賃が払えなくなって、家追い出されたんだ……」 「え………」 由信は絶句した。由信みたいに、普通に両親がいて、普通にお金があって、不自由したことのない人間には、家賃滞納で家を追い出されるなんて壮絶な金欠、想像したこともなかったのかもしれない。 その日暮らしで不安定な自分が、途端に恥ずかしくなる。ご飯はどうにかするとか言いながら、財布の中には昨日の打ち上げ代として宗ちゃんに持たされた5000円しか入っていない。ここ最近小銭しか手にしていなかった俺にとってはそれでも大金だけど。 ………あ、昨日支払いしてない！土佐に謝って、今日払わないと……！ 「……土佐に昨日のお金払わないとだね」 由信の思考も俺と同じ道を辿ったのか、ポツリとそう言った。俺は深く頷く。土佐、3人分も手持ちあったかな……。あいつ、カードとか持ってたっけ………。 「あゆ君、お代わりはいい？」 「……ああ、ご馳走さま」 本当はまだ食えるけど、そんな図々しい事は言えない。由信が自分のに俺の皿も重ねてキッチンに下げて、寝室に向かった。 結局、泊めてくれんのかな……どうなんだろう………。 何にせよ、朝食をご馳走になったんだし、洗い物くらいしておこう………。 そう思ってキッチンに立つ。スポンジ、これでいいのかな……。 「あ、天城先生から」 ガシャン！ 「あゆ君！？」 皿をシンクに落として派手な音を立ててしまった俺の元に、由信が駆け寄って来る。皿は、真っ二つに割れていた。 「ごめん、皿……」 「いいよこんなの100均だし。それより、怪我はない？」 「だい、じょうぶ」 高価な皿じゃなくてよかった。俺、何やってんだろう………。でも、由信には申し訳ないけれど、皿の事よりもっと気になるのは、さっき由信が言っていた……。 「そ……、天城先生から、何が来たの……？」 由信がてきぱきと割れた皿をキッチンペーパーで包んで袋に詰めて行くのを見守りながら、一番気になることを恐る恐る聞く。 「何って？」 「いや、さっき、LINE………」 「あー。お店の予約してくれたんだ。今日、記念日だから」 「………それだけ……？」 「結構凄い事なんだよ。なんかね、一見さんお断りのお店みたいで、天城先生の紹介で特別行ける事になって。本当は凄く高いお店なんだけど、俺の予算に合わせて料理も作ってくれるんだって。天城先生が教えてくれる店は、いつもみさちゃんも凄く喜んでくれるから助かってるんだー」 由信の声は弾んでいる。俺の言っている「それだけ」とは、違った意味で捉えられたみたいだけど、それでも送られてきたのは「それだけ」だったみたいでほっとした。 けど、ほっとした直後に、凄く嫌な感じがした。俺の知らぬ内に、由信から信頼を得ている宗ちゃんが不気味で、何かよからぬ事を企んでいる様に思えて。それに、俺がここにいることを見越して由信にLINEしてきたんじゃないかと思うのは、考えすぎだろうか………。 でも、由信に今更付き合いをやめろと言った所で、俺がおかしいと思われるのは目に見えている。例え全部打ち明けたとしても、信じて貰えるかどうなのか……。とても自信がない………。 「あゆ君、今日の夜ご飯食べるお金はある？」 「……え？」 「俺、今日みさちゃんとデートだから。もしないなら貸すし、家にある物は何でも食べていいよ。あ、それに、鍵、ひとつ余ってるから、渡しておくね」 由信は俺に口を挟む隙を与えずに言うと、「どこに置いたかな」って言いながら、またベッドの置いてある部屋に戻ってクローゼットの中を探っている。多分、鍵を探してくれているのだ。 由信、泊めてくれるんだ……。でもデートって事は………。 「由信、今日美咲さん来るんだろ？」 「んー？」 「いつも、記念日のデートの後は泊まりに来てるって言ってた」 「……うん。そうだったけど、今日はいいや」 「え……」 「だってあゆくん、ここ以外行くとこないでしょ？」 「……土佐にあたってみようかと………」 それも無理ならネットカフェとか、最悪、雨風が凌げれば一晩くらい駅とかでも。 「土佐、昨日の事怒ってないかな……」 「大丈夫だよ。あいつそんなに執念深くなさそうだし」 「そうかな………」 由信は昨日から凄く気にしてたけど、土佐の性格だ。今日になったらケロッとしてそうな気がする。 「やっぱりさ、」 うーんと考え込んでいた由信が顔を上げた。 「やっぱり、今日はデートだけにする。だから、あゆ君は家にいて」 そんなの邪魔してるみたいで悪いから、「でも」って言いかけたら、由信に「お願い」って念押しされる。何を隠そう由信のお願いに弱い俺は、「分かった」ってしか言えなくて、でも考えれば考えるほどに本当申し訳なくて、今日は由信の家だとしても、今後のために土佐にも話しておこうと思った。きっと由信は、俺の行く先がないのを心配して俺に気を遣ってると思うから。