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交渉 2

「土佐」 昨日の金も返さなきゃならなかったし、由信は土佐に謝りたいって言ってたから、いつもの賑やかな連中と一緒に教室の後ろの方で溜まってた土佐に声をかける。土佐の表情を確認するのが、少し緊張する。 「……おー及川。はよ」 土佐は、昨日の事があるせいか少し表情は堅い。けど、割といつも通りだった。俺の事変な目で見たりもしない。と言うことは、土佐にも動画は送られていないということ。けど、周りの連中からは嫌な目で見られた。その視線を声に出すなら「うわ、ヤバイ奴が来た」って感じか。まあ、いつもの事だけど。 「ちょっといいか?」 「おう」 土佐を連れ出す先は、由信の待つ学食だ。 「及川から声かけられるとは思ってなかったぜ」 二人で歩いてる内、土佐の堅い表情はすぐに解れた。由信が危惧してたみたいに根に持ってるなんて事も全然なさそうだ。 「昨日、支払い悪かったな。手持ちで足りたか……?」 「大丈夫だったぜー」 「悪い。後で払うな。あと、由信が謝りたいって」 由信は随分緊張してたから、お手柔らかに頼むって意味を込めて告げておいた。 「なーんだ、よっしーの使いか」 まあ一番の目的は、それだ。金返すのと、由信の謝罪を受けてもらうこと。でも、俺も用事がない訳ではない。 「俺も、お前に話がある」 「え、何?どうした?」 土佐のどーでもよさそうだった態度が一変した。まあ真面目な頼みだから、ちゃんと聞いてくれるのは助かる。 「……俺のバイトの事で心配かけて悪かった。昨日話せばよかったんだけど、俺本当は今バイトしてないんだ。それで、金がなくて、家なしになった」 「え………」 土佐も、由信と同じ様に絶句した。けど、回復は早かった。 「家がないって、いつから……?」 「昨日から」 「はあ?お前、そんな大事な時に、打ち上げどころじゃねーじゃん!大丈夫かよ……。てか、なんでそうなる前に相談しねーの?」 「……悪い」 「それにお前、金ないって言いながらそのシャツ………」 土佐が言い淀んだ。土佐が指差した前開きのシャツは、昨日も着てた宗ちゃんから買い与えられた物だ。本当は身に付けたくないけど、宗ちゃんに逆らえない俺は、最近身に付ける物さえ自分で選べなくなっていた。もしかしたら、物凄く高価な物なのかもしれない。もしそうなら、金を使う優先順位がおかしいって、土佐が言いたくなるのも分かる。 「……まあいいや。で、昨日はどうした?よっしーん家泊まったのか?」 「ああ」 「今日は?」 「今日も、由信に泊めてもらう。それでさ、土佐……」 「家は、いつでもいいぜ。バイトとかサークルでいないときもあるけど、好きに使えよ。明日合鍵持ってきてやるからさ」 土佐は考える素振りもなく、あっけなく泊めてくれるのを許してくれた。土佐も由信も、こんなに俺によくしてくれるんだ……。 俺は、少し土佐の事を誤解していたのかもしれない。俺は土佐に由信のおまけ程度にしか思われていないと感じていて、だからこそ、俺自身も土佐の事をそんな風に思おうとしていた節がある。 わざわざ思い込もうとしていたのは、少なからず俺は、俺に普通に接してくれる数少ない友人である土佐が好きで、頼りにしていて、でも、土佐からは同じ様に思われてはいないだろうと感じていたから。要は傷付きたくなかったのだ。 けど、土佐は困っている俺に優しい。甘い。もしかしたら土佐の中でも、俺はおまけじゃなくなってきているのかもしれない。 「昨日言ってた報告ってこれか?」 「……え?」 「なんか言ってたじゃん、天城先生が」 宗ちゃんの名前が出てきて、一気に体温が下がった気がした。 報告って、そうだ……。付き合ってる事言えって、言われてたんだった………。 「及川……?」 土佐が訝しげだ。早く、答えないと……。 「……そう。報告って、これのこと」 「なんだそっか。引っ越しとか、意味不明な事言わねーで、早くそーだんしてくれりゃあよかったのに」 「……ごめん」 「そーいや食費は?」 「少しある。今日からまたバイト探そうと思ってるし」 「大丈夫か?お前本当遠慮すんなよ?足りなくなったらぜってー遠慮しねーで俺に言えよ?取り敢えず昨日の金はいらねーからな」 「………悪い。助かる。バイト代入ったら、返す」 「いつでもいーぜ」 申し訳ないけど、正直物凄く助かる。 今手持ちの5000円があれば、節約すれば半月くらいは持つ。これだけあれば、もうすぐ月末だし、もしバイト代の日払い断られても何とかなるかも……。少し、先行きに光が見えてきた。 * 「土佐、昨日は、ごめん……」 学食で合流した由信が、テーブルについてから改まって土佐に頭を下げた。 「んー、俺もちょっと言い過ぎたかな。けどさ、お前、あーゆうときに帰るのはねーわ」 「…………」 土佐から少し責められて、由信は言葉を無くしている。 「由信、昨日店を出てからずっと気にしてた。許してやってくれないか?あと、俺も一緒に帰ってごめん」 「……どーせ及川はよっしー大好きだもんなー」 土佐がむくれたみたいに口を尖らせる。 呆気なく許してくれるものと踏んでいた俺も、後何を言おうか特に考えていなかったせいで、言葉をなくした。 「……ま、そのお陰で新しい彼女も出来た事だし、しゃーねー許してやるか」 「え?」 「昨日お前らが帰った後さー、年上の女の子に声かけられて。で、ちょうど前の彼女と別れたとこだったから、お付き合いすることにした」 「……すげーな」 やっぱり土佐は土佐で、俺と由信は思わず顔を見合わせた。 その後はいつも通りの土佐に引き摺られて由信も元気を取り戻し、いつもの3人の雰囲気になって、俺はほっとした。俺にとって3人でこうして他愛もない事を言い合う時間はかけがえのないものだから。いつまでも、こうして3人一緒にいたい。それが俺の数少ない願いのひとつ。

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