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犯罪者

宗ちゃんからのLINEは、とても全部は確認しきれていないけど、何通かホーム画面の通知で目に入った内容からすると、途中で『今帰れば許してやる』って流れになって、それでも俺が返信も既読もつけずにいるとまた怒り出して、『後悔させてやる』というメッセージを最後にプツリと途絶えた。 あそこから逃げ出してもうすぐ2週間。明日からは夏休みが始まる。 だけど、その不吉な言葉が、今は傍にいる訳ではない宗ちゃんの存在が、じわじわと俺を追い込んでいた。 「及川君、悪いんだけど、もう来ないで貰える?」 これで何軒目だろう。折角雇って貰えたバイトも、長くて数日、悪ければ当日の内に辞めるよう言われる。 その理由はどこも同じ。「犯罪者を雇うな」というイタズラ電話がひっきりなしにかかってくるせいで。 「すみません。ご迷惑おかけしました……」 「ごめんね。これ、昨日の分」 着替えた制服を脱いで、店を出る。 ああ、これで、由信の家から歩いて通える距離にあるコンビニは全滅だ……。 手渡された封筒を見ると、3600円入っていた。これで、またあと数日食い繋げる。けど、お金は一向に貯まらない………。 もうこんな時間じゃあバイト探しもできないから、トボトボ由信の家に向かう。 途中で、繁華街でもないのに変な輩に声をかけられた。「割のいいバイトあるよ。お兄さんならメチャクチャ稼げるよ」って。 世の中、本当に割のいいバイトなんて存在しないと思う。どうせ犯罪スレスレのヤバイ事か、別の意味でヤバイ仕事かのどっちかだ。だから、「興味ないです」と流す。でも、金欠は本当に深刻な問題だ。 明日また、新しいバイト先探さないと………。そう考えて、思わず溜め息が漏れ出た。 どこへ行っても嫌がらせを受けてすぐに辞めさせられる毎日に、俺は結構……いやかなり疲れきっていた。そう言えば最近体調もあまり良くない。 家に帰り着くと、由信がベッドに横になりながらスマホを凝視していた。 「ただいま」 「あっ、お帰り、あゆ君」 声をかけられてようやく俺の存在に気づいたって感じの由信が少し慌てている。 「どうかした?」 「あ、いや、別に!」 絶対「別に」じゃねーだろって思いながら洗面所で手を洗う。後ろから、由信の視線を感じる。 「あゆ君、今日早いね!」 「ああ。バイト、またクビになっちゃって」 「ええ……。何でだろうね、あゆ君、真面目、なのに……」 由信には、事情は話していない。犯罪者なんて言われてるって知ったら由信が哀しむかもしれないし………ていうのは建前で、俺は由信に自分の過去を知られたくはなかったのだ。 「もうこの辺のコンビニ全滅したから、明日からはスーパーか居酒屋かな………」 何にせよ、少しでも時給の高い深夜帯に働きたいけど、次からは慣れない業種になるから、初めの内は無理だろうな……。 「そ、か。………ねえ、あゆ君」 「……ん?」 「最近ね、……ちょっと前からね、変な話を聞くんだ」 由信が上目使いにこっちを見ている。言いづらそうな話し方と、変な話って言葉に警戒心を抱く。 「あのね、あゆ君が、昔…………人を刺した……って」 ――――――。 どうして、それを………。 それは、ヤクザがどうのとか、クスリがどうのとかいうよりも確信に近くて、と言うことは、由信はどこからか本当の話を聞いてしまったんだ………。宗ちゃんからかも知れない………。 ―――あの時、宗ちゃんからカッターナイフを奪ったそのすぐ後にやってきた職員の人達に、俺は取り押さえられた。宗ちゃんが、信じられない事を叫んだから。「誰か助けて!愛由に殺される!」って。 俺は、懸命に否定した。けど、職員も、警察も、検察も、弁護士でさえ、誰も俺の言い分を信じてはくれなかった。虐待の過去さえも、その様な事をさせる人間になったという理由付けに利用されて、俺は人格異常者で非行少年のレッテルを貼られた。 真面目で優秀な金持ちの御曹司が嘘をつく筈はなくて、酷い家庭環境で育った俺は、悪いことをするに決まっている。その先入観が透けて見えるくらい、異常な程に俺の言い分は悉く無視された。 弁護士は量刑を軽くする為に動いていた様だけど、俺はそれに逆らって裁判でもずっと罪を認めなかった。そのせいで俺は、保護者もいなくて反省もしていないから更正の可能性が低いとされて、少年院へ入れられる所だった。そう弁護士に脅された。けど、俺はやってない罪を認めるなんてごめんだったし、誰かに信じて欲しかった。知ってほしかった。俺は何もしていないって事を。 そんな時に手を差し伸べてくれたのが、犯罪を犯した少年を支援する活動をしているという由信の両親だった。 何度目かの面談の後、突然「君を家に引き取りたい」と言われて、どうせまた虐待されるんだろうなって思いながらも俺は頷いた。誰にも信じてもらえずに荒んでいた俺は、どうにでもしてくれと自暴自棄になっていたのだ。 由信の両親が身元を引き受ける事になったお陰で、初犯であった俺は少年院行きを免れ、保護観察処分となった。そうして、これまで生きてきた中で一番穏やかな高校生活が始まった………。 「……これまで黙ってて、ごめん………」 「え、本当、なの……?」 「……世間的には、そういう事になってる。けど………俺は、やってない」 「やってない」って言った途端、泣きそうになった。誰も信じてくれなかった。あの時の悔しさと虚しさが一気に押し寄せて。 「……そういう事になってるって、どういう意味?」 「有罪だった。3年間の保護観察処分」 自分の声が、全く熱の籠らない冷たい声になっていた。少しでも感情を乗せたら、「どうせお前も信じてくれないんだろう」って、泣き叫んでしまいそうだったから。 「そう、なんだ………」 「……誰から聞いた?」 「……みさちゃん。ちょっと前から、あゆ君との付き合い、やめた方がいいって言われてて……。さっき電話でね、私とあゆ君どっちを取るのって。あゆ君を家に泊め続けるなら、別れるって………」 先に泣いたのは由信だった。ずっと泣きそうだった俺は、由信が泣いてるのを見たらもう泣けなかった。 「辛い思いさせて、ごめん……」 由信は顔をぐちゃくちゃにさせて泣きながら首を振った。 「俺っ、あゆ君もみさちゃんも大事でっ、どっちかなんて、選べないのにっ」 「そうか。そうだよな」 「俺っ、あゆ君は悪い子じゃないって、信じてるからっ、それもっ、ただの噂で、真実じゃなきゃ、いいなって……っ。そう、思ってたのに……!」 真実………か。俺の中での真実は、やってない。けど、俺は無罪じゃなかった。と言うことは、やっぱり誰から見ても俺は元犯罪者だ。真実は違っても、誰も知らない真実なんて、もはや真実とは言えない。 「……由信、ごめんな。いっぱい悩ませて、苦労かけた。俺、出ていくから。心配するなよ、由信が困った時は、変わらず力になるから。……今着てる服だけ、借りて行ってもいいか?新しく服が買えたら、返すな」 「あゆ、くん………っ」 肩をヒックヒックと上げながら子供みたいな泣きじゃくる由信の頭をポンポン撫でて、身支度をした。 昨日洗った、打ち上げの日に着てたシャツとパンツ。それに手持ちにあった分だけの大学の教科書類。それらを鞄に詰め込むと、後ろ髪を引かれない内に家を出た。 これで、由信の心労が軽くなるといい。きっと、ずいぶん前から悩んでいたんだろう。俺は、毎日のバイトやバイト探しが忙しくて、帰宅が深夜になる事も多かったし、バイトまでの時間はパソコンや教科書のある大学で課題をやったりしていて、振り返ってみれば自分の事ばかりに必死だった。そのせいで、由信の苦悩に、全く気付いてやれなかった………。

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