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頼れる友人
二千円を使ってネットカフェに泊まった次の日。待ち合わせ場所に指定された有名なモニュメントの前には、既に待ち人の姿があった。
「ごめん、待たせた」
「いーや、俺が早く着きすぎたんだわ。学校ない日に及川と会うの久しぶりで、なんかソワソワしちまった」
昨日、由信の家を出てから土佐に電話をかけたけど、由信の家にいられなくなった事をなかなか言い出せず、暫く雑談した後に、明日暇?と聞かれた。正直、やらなきゃならないことはいっぱいあって、決して暇な時間はないのだけど、お願いしたい事がある訳だから、直接会って話した方がいいのかとも思って、「暇」と答えた。由信とのやりとりにも、バイト探しにも疲れていて、もしかしたら自分の中に、1日だけでも現実逃避したいなって甘ったれた気持ちもあったのかもしれない。
「土佐、俺、お前に頼みがあって……」
「おう。昨日及川から電話来たときから、そうだろうと思ってたぜ」
昨日みたいに言い出せずに終わらない為に、会ったらすぐ話すって決めてた。けど、思いきって言い出した割に、土佐の反応は落ち着いていた。まあでも、構えられるよりかは話しやすい。
「……由信の家、いられなくなったんだ。それで……今日から土佐の家に泊めてくんねーかなと思って………」
「あ、なんだそんな事かよ。そんなん改めてお願いなんかしなくても普通に来いよ。前言ったろー、いつでも来いってさ。合鍵も渡してあんだから」
あっさりオッケーを貰ってほっとしたら、意図せず全身から力が抜けた。
「………でもそれなら昨日もっと強引に話聞いとけばよかったな。昨日どこに泊まった?」
「ネカフェ」って答えようとした時、ふっと意識が遠退くのを感じた。
あ、倒れる。
そう思った。けど………。
「及川!大丈夫か!」
俺の頭は硬いアスファルトに叩きつけられる事なく、土佐のがっしりとした肩の上に乗っていた。
頭を上げて大丈夫って言わなきゃいけないのに、力が入らない。
「及川、すげー熱い!熱、あんじゃねー?」
………そう言えば、昨夜から体調が優れなかった。全身バキバキするし、真夏なのに寒いし、関節は痛いし………。
「おい、こっち。ちょっと歩けるか……?あっちに車、停めてるから」
土佐に肩を借りながら人通りの多い道を辛うじて歩く。いつの間にか、俺の教科書やら着替えやらの入った重たいバッグは、土佐が持ってくれている。
「すみません……」
よろけて、前から歩いてきたサラリーマン風の男に肩がぶつかった。男は何も言わずに行ったけど、土佐が心配そうに俺を見た。
「わりーな。大丈夫か?」
「こっちこそ、悪い……」
俺が人にぶつからない様に土佐が物凄く気を遣ってくれているのが分かる。なんて優しいんだろうと軽く感動しているのは、前に、宗ちゃんと一緒の時に似たような事があったのを思い出しているからで、こんなに優しくされることがあまりにも久しぶり過ぎるからだ。
あれは一緒に住むようになってから間もなくの事。
たまには外で食事を、という宗ちゃんに連れられて繁華街を歩いていた俺は、慣れたペースで人混みを避けて歩く宗ちゃんについていくのに必死で、スーツを着た男と、肩と言わず正面からぶつかってしまった。なんとなく向こうがいきなり目の前に出てきた様な気がしたけど、俺も宗ちゃんばっかり見ていて不注意だったのは事実だから、「すみません」と謝った。男は俺の事をまじまじと見て、「君、ヤバイ」と意味不明な事を言った。これだから人が沢山いる所は嫌なのだ。こういう変な絡まれ方をすることが、結構あるから。俺は、無視してすぐに男から離れるつもりだった。けど、それよりも先に宗ちゃんに乱暴に腕を取られて、強く引っ張られた。
「首輪で繋がれないと分からないのかこの野良猫が!」
食事は中止になり、即家に引き返してから、そう怒鳴られ叩かれた。宗ちゃんから言わせると、俺があの男に色目を使って、誘惑しようとしていたらしい。俺にはそんなつもり、少しもなかったのに………。宗ちゃんの怒りは、俺を怒鳴ったり叩いたりするだけでは静まらない事も増えてきていて、セックスまで酷く乱暴にされて、それが終わるとようやく頭を撫でて貰えた。
どうせなら痛い事はされたくないし、優しく抱かれたいから、俺は俺なりに宗ちゃんを怒らせまいと努力していたのに、それでも毎日の様に怒られて、痛くされて、俺にとって宗ちゃんとの生活は辛いばっかりで、こんな風に心が安らぐ時間がほんの一時もなかった。
土佐は、俺を助手席に座らせると、シートベルトまで着けてくれた。
宗ちゃんは、いつも煩わしいと言ってつけないんだ。あんな乱暴な運転をする癖に。俺は怖いから着けるけど、運転中の宗ちゃんから色々要求されるせいで、着けていられない事の方が多いのかもしれない。
「咳とか、喉痛いとか、ある?」
「いや、ない」
「だよな。なんか、風邪って感じでもねーよな。じゃ、病院行かすに家に向かうなー」
土佐が駐車場から車を出す。ほんの少ししか停めてない筈なのにきっちり200円取られて、本当に世の中何をするにも金だなと思わされる。その金を全部奪われて、稼ぐ術すら奪われるのは、死活問題だ。それでも宗ちゃんの元で暮らしていた頃よりはましだと思えるのは、頼れる友人がいるからで、それさえ失ってしまえば、俺は多分もっと早くに音を上げていた筈だ。
土佐がいて、よかった。いつまで逃げ続けられるかはわからないけど、まだもう少し、宗ちゃんから離れていられそうだ………。
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