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疑惑

よっしーから追い出されて家に泊まる様になった及川は、毎日新しいバイトを見つけてはやめさせられて、また新しくバイトを探すって毎日を繰り返していて、その日暮らしでも精一杯で金が貯まる様子は一向にない。 前に、よっしーに及川がバイト辞めたって話を聞いて及川の事疑った自分が、今となっては恥ずかしい。きっとあの頃からこうして嫌がらせを受けていて、同じところで長く働けなかったんだろう。そして金が足りなくなって、家を追い出される事態にまでなって、及川は本当に苦労してたのに、俺、あの時及川に何てこと言ってしまったんだろう。ヤバイ事なんて、真面目な及川がする筈なかった。それに関して言えば、よっしーの方が正しかったって事だ。認めたくないけど、よっしーの方が及川の事理解してるって事なのかな。そりゃあ、及川だってよっしー大好きになる訳だ………。 そんな訳で、俺はよっしーにも負けないくらい及川の事もっとよく知りたいし、理解したいし、疑ってしまった埋め合わせも兼ねて助けてやりたいとも思ってるから、いくらでもここにいてくれていいし頼ってくれと思ってる。けど、思慮深い及川は、それでは納得しない。いや、納得できないのに、俺に頼るしかない事実が、及川を追い込んで行っている気がした。 * 「やあ、土佐君」 バイトの帰り道、声を掛けられて顔を上げると、そこにいるのは天城先生だった。 「こんな所で会うなんて。先生もこの辺なんですか?」 「いや。違うけど、ちょっと用があってね」 「そうなんすか」 「新しい彼女、出来たんだって?」 「……何でそれ?」 「由信君に聞いたんだ」 「あー、よっしーに」 「どう?上手く行ってる?」 「まあまあっすかね」 「そうか。ちゃんと構ってあげないと、前の子みたいに愛想つかされちゃうよ?」 「はは……。ま、それならそれで仕方ないっすよ」 「……土佐君には、彼女以上に夢中な人がいたりするのかな?」 「………いやいや、彼女だけに構ってられる程ヒマじゃないって言うか」 「ふーん、そうか」 「…………」 一体何を言いたいんだろうって少し考えていた時、天城先生が一歩俺に近づいた。ふわっていい匂いが鼻を掠めて、俺の頭には即座に及川が浮かんだ。 「あ、ごめんね、肩に虫が止まってたから」 天城先生は、近づいて俺の肩を払った理由を言ってるけど、俺はそんな事どうでもよかった。 「この匂い………」 「ん?どうかした?」 天城先生が、ニコニコ笑って首を傾げている。 「あ、いや、何でも……」 何でもなくはない。 天城先生から香った匂いは、忘れもしない。確実に、及川が以前纏っていた高級そうな匂いだった。 「………そう言えば、今、愛由が土佐君の家にお世話になってるみたいだね」 今正に思い出していた名前を、思い起こされた相手から聞かされて、俺は少し狼狽えた。 「………それも、よっしーから……?」 天城先生は俺の質問には答えずに笑った。 「多分、後もう少しだと思うから………」 後少し………? 「どういう意味、ですか……?」 「………それじゃあね、土佐君」 天城先生はまた俺の質問をかわして微笑むと、俺の横を通り過ぎた。すれ違う時、またあの匂いが鼻を掠めた。 どういう事……。俺は暫くその場に立ち竦んだ。 同じシャンプーを使う仲って、かなり限定されてないか……?しかも天城先生のあの物言い……。もしかして二人は付き合ってる、とか……? …………ないないない。男同士だし、そもそも及川からはそういう性的な匂いってものが一切しない。これまで女の影がちらつく事すらなかったし、何となくそーいうのに興味がなさそうというか、寧ろ潔癖っぽい。及川の見た目は物凄く綺麗で、しなやかな身体とかも正直色気あるけど、肝心の及川自身が意図して色気を発するなんて事はこれまでなかった。そんな及川が、男と、しかもあのなんか百戦錬磨っぽいすげーいやらしそうな天城先生と付き合ってるなんて、そんな絵面は想像できない。 でも、天城先生のあの言い方、すげーやな感じ………。なぜかお揃いのシャンプーなのも………。 「あ、及川……」 「おかえり……」 遅めの時間にバイトしてる及川が今家にいるって事は、昨日始めたバイトもまたダメになってしまったって事だ。天城先生とのやりとりの事ばかり考えていた俺は、落ち込んでいるであろう及川にかける言葉がすぐには見つからなかった。 「……ごめん、土佐。俺本当、いつ自立できるかわかんねえ……」 気丈だった及川もそろそろ限界なのか、最近では疲れた表情も弱音も隠しきれていない。 「いつでもいーって。俺、仕送り充分貰ってるし、その上バイトもしてるから、よゆーあんだ」 「……本当にごめん。夏休みの間だけ、頑張ってみてもいいか……?それでダメだったら、他の方法考えるから……」 他の方法って何だろ。よっしーの親に頼むとか………? 親に、とは言え、よっしーに頼られるのはなんか嫌で、俺は首を横に振った。 「本当いつでもいーから。夏休みまでとか言わねーで、先の見通しが立つまでゆっくりしてけよ」 及川は俺の言葉に頷く事もなく項垂れた。どうしてやればいいんだろう。いくら考えても、言葉をかける以外の方法が分からない。及川にとっての大切な存在がよっしーじゃなくて俺だったなら、及川は俺の言葉をちゃんと聞いてくれたのかな……。

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