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休日 2

よっしーは及川を都合よく扱える事が分かると、途端に元気を取り戻した。美咲さんとは本当に絶好調な様で、前よりもノロケ話が饒舌だ。 「はぁー、みさちゃん可愛いから、出張先で変なのに絡まれてたりしたらやだなあ……」 「美咲さん身持ち堅そうだし、大丈夫じゃねー?」 俺はいよいよノロケに反応するのが面倒臭くなって適当に答える。 「でもさ、みさちゃんってほんっとに可愛いから………」 はいはい。わかったわかった。これで何十回目? まあ、美人は美人だけど、お前が愛人みたく都合よく扱おうとしてる及川のが美人だし可愛いぜ? 「あー、心配。ねえ土佐、なんかお酒ある?」 「………へ?」 ………今よっしーなんてった? 「お酒でも飲まないとやってられないよー。なんかない?」 「由信、酒飲んでるのか……?」 よっしーどうした……って俺が唖然としてる内に、及川が心配そうな顔で聞く。 「うん、この間ね、初めてみさちゃんと飲んでみた。俺、意外と飲めるんだ」 よっしーは及川に対して誇らしそうだ。よっしー的には大人の階段登ったみたいな気持ちなのかもしれないけど、別に格好よくねーからな。 「近くにコンビニあったよね。買ってこようかな……」 「ビールなら、冷蔵庫にあるけど……」 「本当?飲もう飲もう!」 「別に俺はいいけど……」 俺は及川をチラッと見る。 「あ。あゆ君も、飲んでみる?」 「俺はいらない」 「飲んでみたら楽しいよ?」 「……俺はいいや。二人で飲めよ」 「もーあゆ君ってほんっとに真面目なんだから」 ノリノリのよっしーに引き換え、俺も特に飲みたい気分じゃなかったけど、よっしーに一人で飲めってのも冷たい気がしたから、軽く付き合うつもりで冷蔵庫から缶ビールを2本取り出す。 「及川は、コーラでも飲む?」 「……ああ、じゃあ、貰う」 及川も、例えジュースだとしても飲んで盛り上がりたい気分じゃなさそうだけど、多分よっしーに気を遣って俺からペットボトルを受け取った。 「かんぱーい!……3人でこうしてるの、久々だよなー。俺、やっぱ3人でいるの好きだなー」 よっしーは一口で酔っ払いでもしたのか、一人ご機嫌だ。及川がこんな状況だっていうのに………。よっしーって、こんなに空気読めない奴だっけ……。 「ねえ土佐、今の彼女はどんな感じ?」 「……どんなって?」 「この間の、打ち上げの日に知り合ったんだもんね。土佐の彼女になるくらいだから、可愛い?」 「ああ……、まあ、な」 「年上って言ってたっけ?」 「あー、4個」 「え、みさちゃんと一緒じゃん!やっぱ女の子ってさ、そのくらいがいいよね」 「……まー、俺の彼女は童顔だけどな」 初対面の時はフツーに同い年くらいだと思っちゃってたし。 「でもさ、ほら。やっぱ、同い年の子とじゃあ、イロケが違うじゃん?」 「はあ……?」 もしやよっしー、下ネタに持っていこうとしちゃいないか……。あまり乗り気じゃない俺は、「そうかもな」と付け加えて適当に流す。けど、よっしーは諦めない。 「女の子って、いいよね。温かくて柔らかくてさ。俺、みさちゃんの事好きすぎて、どうにかなっちゃいそう……」 「…………」 本当、どうしたよっしー。高校の頃から付き合ってたんだから、そんなの今更だろ。今そーゆー空気じゃないんだって。分かれよ。 「あゆ君は、彼女とか欲しくないの?」 「………ああ、別に……」 「そーなの?勿体無いなあ。あゆ君ならその気になればモテそうなのに。本当にいいよ、女の子……」 よっしーはゴクゴクビールを飲んでから、また口を開いた。 「あー、エッチしたいなー」 俺は、ビールを口から吹き出す所だった。 いや、わかるよ。そーいう気持ちの時があるのは。しかも、ほろ酔いの時って、ムラムラすんだよな。わかるよ。でも、空気を読め空気を。 目を見合わすつもりでチラッと見た及川は、驚く程に無表情だった。いや、驚きすぎて無表情なのかもしれない。 「よっしー、お前さ、童貞卒業したてでもあるまいし、空気読めよ……」 流石に苦言を呈すと、よっしーが口を尖らせてむくれた。 「……しょーがないじゃん。話したいんだよ。頭の中そればっかだもん。………卒業したてだし」 「………え?」 「俺とみさちゃん、ずっとそーゆーのなかったから。でもついこの間さ、みさちゃんからしたいって言われて………」 よっしーは流石にキャーとまでは言わないけどそんなニュアンスで手足をバタバタさせて、顔を真っ赤にした。 約3年間、ヤらないで付き合ってたって?俺にはその方が驚きだ。 「お前らすげーな。ヤんないで続くもん……?」 「別に好きなら続くでしょ。………けどさ、やっぱエッチしたら何倍も好きになっちゃうね。身体も大事だよね。今じゃそれなしなんて考えられないもん……」 ………よっしーの異常なハイテンションと舞い上がり方は、そーゆーアレだったのかあ………。俺も、若かりし頃を思い出すと、初めてヤッた時は、まあ猿の様にそればっかだったからなあ。 「あゆ君も、経験してみたらきっと世界が変わるよ!」 俺はまた及川をチラ見した。及川は、「よかったな」って言いながら、優しく目を細めてよっしー見ていた。 セクシャルな匂いのしない及川が、こーいう話題にどう反応するのか、俺は凄く気になった。例えば、自分だけ経験がない事に焦りだしたり、もっと詳しく内容を聞きたがったりっていう、普通の男がやる様な反応したりすんのかなーって。 けど、及川の反応はなんとなく予想通りというか、及川らしかった。彼女とかいたことなさそうだけど、焦ってる様子は全くないし、余裕がある。及川も男なんだから、性欲がないとかそんな事はないだろうけど、そーゆーのを全く感じさせないのはどうしてなんだろうな……。敢えて出さない様にしてる……とか………?その理由が、本当はすっげーエロいから……とかだったりしたら――――。 「何だよ土佐も真っ赤な顔しちゃって!人の事からかっといてさー」 ねーあゆ君、ってよっしーが及川に振るから、俺はまた及川の反応を見る。及川は「そうだな」って、まるでよっしーの親みたいにおおらかに対応していた。とても経験のない男には見えない裁き方で、やっぱエロ………。 …………やめやめ。そーやって変な想像するだけで、なんか綺麗な及川汚すみたいだし。 よっしーは、話したいことも話せて、及川とも都合のいい時に会えるって約束も取り付けて満足したのだろう。ビール一缶開けて暫くまったりしてから、ご機嫌な様子で終電前に帰った。 「いやー、よっしーには驚かされたな」 空き缶を片付けながら言うと及川も軽くため息をついた。 「美咲さんに合わせて背伸びしたくなったんだろうな」 うんうんと頷いた俺に、及川は「あんまり飲み過ぎないといいんだけど」って続けたから、及川が言いたいのはよっしーの酒の事だったみたいだ。 「及川は、やっぱ飲まねーんだな。やっぱ解禁は二十歳の誕生日か?」 及川って酔ったらどーなるんだろ。目とかトロンとさせて、エロくなったりしたらどーしよ………って、ばか。エロから離れろ、俺。 「別に、飲んだことならある」 「え、そうなん?」 及川の返答が予想外で、俺は少し間抜けな声が出た。及川は返事をしない。これ以上話すつもりはないのかもしれない。けど、俺は詳しく聞きたかった。 「で、いつ?」 「………だいぶ前」 ………及川まだ18で、それの大分前って、あれか?親戚の叔父さんに一口飲むか?ってやられて「まっじー」みたいなやつか。 「不味かったろ?」 「………味の事考える余裕はなかった」 え?どゆこと?余裕ないって、どーゆー意味? 「大分前って、小学生とか中学ん頃だろ?どんだけ飲んだんだよ」 「………死にそうになるくらい」 ………ほう。成る程な。高校の時及川は落ち着いてたと思うから、中学ん時と仮定しよう。施設育ちの及川は、少し荒れてて、悪い仲間と酒を飲んだんだ。バカみたいに味も分からないくらいイッキとかしながら。 「そーかそーか。楽しく酔えたか?」 「………全然。色んな事に鈍感になれるのは悪くなかったけど………」 …………えーっと。俺の仮定、間違いだったかも。もしかしたらもう少し深刻な理由で、及川は酒に手を出したのかもしれない。 それ以上突っ込んでも、及川は答える気がないのか、何も話してくれなかった。 けど、分かった事がある。 及川は、未成年とかを気にして酒を飲まない訳じゃなくて、酒、もしくは酒に纏わる過去を嫌って飲まないんだろうなって事。 俺は、かれこれ3年の付き合いになる今になって、及川の新しい一面を垣間見た気がした。

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