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仲直り 1

指定されたカフェは、見るからに洗練されていた。 土佐や由信とはこういう店には入らないからいつも眺めるだけだったし、入りたいと思った事もない。自分には縁のない場所だと思っていた。彼女がいる土佐や由信は、昼間はこういう店でデートとかしてるのかもしれないけど。 何回か深呼吸してから、思いきってガラス戸を開けると、深緑色の長いエプロンを腰に巻いた男の店員が、いい声で「いらっしゃいませ」と言った。 「あの、待ち合わせしてて……」 店員は、俺の顔を見て、何かに気づいたみたいな顔をした。 「愛由様ですね?」 「あ、はい」 答えながら、何で分かったんだ?しかもなんで下の名前……?って思った。けど、店員は元々浮かべていた微笑みをもっと深くして、もっと意味不明な事を言った。 「おめでとうございます。お連れ様がお待ちでいらっしゃいます」 ………後半は、まあわかる。けど、おめでとう……? 訳が分からぬまま、笑顔の店員がこちらですと歩き出してしまったから、俺も後に続く。 宗ちゃんはもう来てるんだから、店員の訳分からない言動の事より、これからの事を考えなければ……。 広い店内の丁度真ん中あたりだった。俺が宗ちゃんに気づくとほぼ同時に、席に座っている宗ちゃんが手を挙げて、周囲から注目を浴びるほど大きな声で言った。 「愛由、ここだよ」 宗ちゃんはどんな顔をしているだろうと、ずっと考えていた。 きっと凄く怒ってるから、例え人前でも隠せないレベルで怖い顔をしてるだろうってのが、一番あり得ると思ってた事。次にあり得るのは、声色だけ取り繕って、目が笑ってない宗ちゃん。どちらにしろ不機嫌にはかわりなくて、俺はそんな宗ちゃんしか想像してなかった。 席に辿り着いて、店員があっちへ行っても、暫く俺は呆気に取られていた。 だって、宗ちゃんはまだ機嫌よさそうにニコニコしてる。 「おかえり、愛由。戻ってきてくれて、ありがとう」 え…………。 違う。戻ってきてない。俺は、嫌がらせをやめて貰うために………。 俺が口を開こうとした時、さっきの店員が宗ちゃんに近づいた。 俺はまた呆気に取られてしまう。 店員の腕に、毒々しい色の薔薇の花束が抱えられていたから。 「愛由、これ、受け取って欲しい。仲直りのしるしに……」 姿が隠れそうなくらい大きなそれを受け取った宗ちゃんは、席を立って、呆然としてる俺の座る椅子の横で跪いた。花束を、俺に差し出しながら。 え………これは、一体なに………。 「この色の99本の薔薇を、今日この時間までにかき集めるのは本当に大変だった。けど、愛由の為なら、俺何だってやるよ。愛してる……」 宗ちゃんが自分に酔ってるみたいに言って、俺はまた呆然として、その内に、どこからともなく歓声と拍手が湧いた。初めは一人二人くらいだったそれが、だんだん大きくなって、今や口笛まで吹かれている。 何………これ…………。 宗ちゃんは、手を出さない俺の膝の上に花束を置くと、立ち上がって周りの歓声に手を挙げて応え始めた。 「皆さま、ご歓談、お食事の最中にお騒がせしてしまって申し訳ありません。僕たち、昨今話題のLGBTで………ありがとうございます。………それで、付き合っていたんですが、ほんの些細な事で仲違いしてしまって。でも、今日、晴れて仲直りできました!」 「おめでとー!」 「お幸せにー!」 暖かい拍手に女性客からの声援。誰を見てもにこやかに笑っている。宗ちゃんも。 …………何、これ。ついていけない。意味が分からない。どうなってんの。おかしい。 おかしい。 けど、改めて見回しても、誰一人おかしいなんて思ってなさそうだ。客も店員もニコニコ笑って、呆然と周囲を見渡す俺に、「がんばれ」とか「恥ずかしくないよ」とか見当外れな声をかけてくる。 何これ、違う。………笑うなよ。違うから! 宗ちゃんからだけじゃない強い圧力に、堪らず泣きそうになっていた所に、畳み掛ける様に今度は音楽が鳴り響いた。 ハッピーバースデイの曲。 また、どこからともなくされた手拍子が、大きくなる。歌を口ずさむ人までいる。 俺の意思が、沢山の歓声に飲み込まれていく………。 店員が目の前に現れた。手に、ホールケーキらしきものを載せて。 「お二人の再出発を記念して、お店からお二人へプレゼントです」 「わあ、ありがとうございます!よかったね、愛由」 テーブルの真ん中に、ケーキが置かれた。プレートには、宗佑♡愛由と書かれている…………。 悪夢の様なのに、そう思っているのは俺だけ。 こんなのは違うと、おかしいと思ってるのも俺だけ。 お店にいる人はみんな微笑ましくこの光景を見ている。 「素敵ねー」と女性客が口々に言っている。 宗ちゃんも凄く幸せそうにニコニコして俺を見ている。 俺はひとりだけ取り残されている様な気分になった。けど、大声で間違ってるって叫んで、周りの人まで巻き込んでこの雰囲気を滅茶苦茶にする勇気は持てなかった。 その内にコーヒーと紅茶が運ばれてきて、俺の前に紅茶が置かれた。俺の膝の上の重い花束は、「一旦預かりますか?」と聞かれて、ともかく手元に置いておきたくなかった俺は頷いた。 「愛由、せっかくだから食べよう?」 俺が切ってもいい?そんな事を言いながら宗ちゃんはケーキにナイフを入れる。 綺麗に6ピースにカットされたケーキを、宗ちゃんが器用に小皿に移す。そして、プレートの乗った方を俺の目の前に置いた。 「どうしたの?愛由、甘いもの嫌いじゃないだろ?」 宗ちゃんは変わらずニコニコしている。まだ、周りの視線もこちらに向いている………。 それでも、いつまでも雰囲気に呑まれていられない。ちゃんと言うこと、言わないと………。 「あの、」 「そう言えば愛由、クレジットカードでキャッシングした?」 「………え?」 「カードの明細書が届いてね、引き落としがこの間だったから、愛由の口座にお金入れておいたよ。ちゃんと引き落とされてる筈だから、安心して」 「………ごめん、ありがと………」 ………前に借りた家賃代の3万だ。ずっと気になってはいたけど、突然その話を持ち出され、しかもそのお金を代わりに払って貰った事を知らされた直後に、「嫌がらせをやめろ」とか、「別れる」とかは言いづらくて、お礼を言った後は口をつぐむしかなかった。 何も言えなくなった俺にも、容赦なく沢山の視線が突き刺さる。そのせいでただじっと俯いているだけなのがしんどくなってきて、プレートを避けてケーキを口にした。どうせ言いそびれてしまったのだから、周りの視線がなくなるまで、大人しくしておこうと思ったのだ。ほとぼりが冷めたら、今度こそ宗ちゃんにちゃんと話をするんだ。 「美味しい?」 視線を上げると、宗ちゃんは自分はケーキを食べずに、頬杖をついてこっちを眺めていた。 この光景は、きっと一見すると幸せそうに見える………。 俺は、痛いくらいのその視線から逃れるように俯いてまたフォークを握る。

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