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前戯

扉は、始めに連れていかれたあの別荘と同じく宗ちゃんの指紋で開いた。 広い玄関を抜けて、階段を登る宗ちゃんに、黙ってついていく。 ついこの間まで毎日当たり前の様にしてたのに、少し離れていたせいで気持ちの重さが半端じゃない。 「シーツの色は、またグリーンにしておいたよ。愛由の好きな色」 宗ちゃんは、「ほら、俺って優しいだろ?」って言わんばかりだ。けど、俺、別に緑色が好きではない。そんな事言った覚えもないけれど、どうして宗ちゃんはそう思ってるんだろう。 ………確か、前にも一度、誰かにそう勘違いされたことがあったな………。 「愛由、好きだよ………」 考えている途中でベッドに優しく倒されて、またキスされる。 俺は、目を閉じてなるべく無心になれる様にキスに集中した。どうせやらなきゃならないなら、セックスに没頭した方が苦しくないからだ。 久し振りに感じる性の匂い。 食べられそうな程欲情されて、求められる激しい息遣いに過去のトラウマが引きずり出されて苦しい。 それなのに、キスされて身体を愛撫されたら、身体は勝手に熱を覚え、昂っていく。 考えるな。嫌だとか、苦しいとか。 気持ちいいってだけ、感じればいい。本当の気持ちは、心の奥底に仕舞って………。 「愛由、すっごい勃ってるよ……」 「や………はずかしい、から………」 「本当にえっちなんだから……。いっぱいしようね……」 宗ちゃんの愛撫は優しかった。乳首をつねられる事もなければ、噛みつかれたりもしない。早く入れたいって思ってるのが目に見えて分かるのに、後ろも丁寧に解して拡げてくれて、挿入されてからも足を無理矢理広げられる事もなくて、本当に、優しいセックスだった。 優しくしてくれてありがとう。嬉しい。 それを伝えたくて、俺は宗ちゃんの首に腕を回した。 「は、あ、………宗、ちゃん……うれ、し……」 「愛由……。俺も、愛由とまた繋がれて嬉しいよ……っ」 ぎゅうっと抱き締められて、温かくて、気持ちの面からどんどん昂って行くのを感じた。宗ちゃんが腰を押す度、引く度、強い快楽がナカに生じる。 「は、…………んぁ……っ」 「もうイキそ……?」 俺はコクコク頷いた。宗ちゃんの手が、俺の昂りに添えられる。 「あッ……い、く……っ!」 握った手を軽く上下されたら、それだけでスイッチを押されたみたいに頭の中が真っ白になって、腰が震えた。 気付いたら精液が肩まで飛んでいて、宗ちゃんに笑われた。宗ちゃんも、多分俺が飛んでる間にイッたのだろう。笑う表情に余裕が見える。けど、まだそれは俺の中に突き刺さったままだ。 「もう一回するからね」 「え……」 宣言されて、身構える間もなく宗ちゃんが動き出した。 「や……だめ……ぇ……ッ」 「だめじゃないでしょ?気持ちいいって言わないと」 「や、ぁ……っ」 敏感過ぎて辛い。中だけでも苦しいのに、宗ちゃんは俺のイッたばっかりの性器をまた握った。 「や、だめっ……やだ……ッ」 「ほら、気持ちいい、でしょ?」 「ぃや、あああ……ッ」 先っぽばっかり集中して撫で回されて、擽ったい様な耐えられない感覚をずっと与えられ続ける。イク時とは違うけど、何かが奥からせり上がる様な感じがしたと思った時、腹の上に生温い飛沫が飛んだ。 え……?って思って頭を上げてそこを見たら、臍とか胸が透明の水みたいなもので濡れている。 「潮、吹いちゃったね。すっごくやらしくて可愛い……」 しお……?何……? そこからは精液以外には尿しか出したことはない。けれど、漏らしたつもりなんてないし、匂いもしない………。 「ん……っ」 不意打ちに、宗ちゃんの唇が下りてきた。同時に、止まってた腰の動きも再開して、気持ちいい所ばかり突かれる。快楽に滾らされた全身の血液が全部身体の中心に集まって、脳が酸欠みたいになって、考え事なんてしてる余裕はとてもない。 「今度はまた射精して見せて……」 「あ……や、め………あ、んん……ッ」 さっき出したばっかりだし、変なものも出させられて、もう何も出るものはないって思ったけど、1回目よりも激しく中を穿たれて、また達してしまう。しかも、宗ちゃんが喜ぶ性器を触らないで中だけでイクやつ………。 久し振りなのに連続でやられて、俺はもうグッタリだった。服を身に纏う余力もなく、力なくベッドに横たわり荒い息を整える。 それなのに、宗ちゃんはまだまだ元気そうで、意識すら手離しそうな俺の髪に飽きもせずキスを繰り返している。 「愛由、疲れちゃった?」 「……、ん」 「そっか。じゃあちょっと休憩で、一緒に映画でも見よう」 飲み物取ってくるね、と宗ちゃんが部屋を出たから、少しの間だとしても一人になれる事にほっとした。 宗ちゃんは、驚くくらい優しい。さっきのセックスは少し激しかったけど、痣になる程強く掴まれたり叩かれたり、足や身体を無理な体勢で押さえつけられたりすることはなかった。 もしかしたら本当に変わってくれるのかもしれない。そんな期待を抱いてしまう程に、宗ちゃんはこれまでと違った。 一息ついた所で戻ってきた宗ちゃんにお茶の入ったコップを渡された。なんか独特の味がして気になったけど、喉が乾いていたから飲み干してしまう。宗ちゃんの淹れるお茶は、親しみのある麦茶とか緑茶とかではなくて、ハーブティーみたいな変わったお茶が多いから、飲み慣れない味がするのは珍しくなかったから。 けど………。 ベッドの足元側の壁に自動で下りてきた大きなスクリーンに写し出された、よく分からない小難しいフランス映画を、宗ちゃんに肩に腕を回されて見ている最中。突然、肌がザワザワしてきて、身体が熱くなった。 もう疲れきってて、そういう気分でも全くないのに、勝手に下腹部に熱が集中する。そのせいでか、頭がボーッとしてきて、呼吸が荒くなる。 「エッチな気分になってきた?」 宗ちゃんに布団を剥がれて、下腹部が反応している事を見つけられ、「こんなにして」と揶揄される。 ………こんな事が、前にもあった。 そうだ、あの別荘に監禁されてた頃。全然その気もないのにこんな風に身体だけ暴走して、頭が変になりそうになった事が、何度か。 あの頃はどうしてそうなるのか、分からなかった。宗ちゃんに「俺の事が好きだから」とか、「愛由がインランだから」とか言われて、「そうなのか」と納得させられそうになるくらい頭が働いていなかったから。でも、今は違う。 「……宗、ちゃん。あのお茶に、何か混ぜた……?」 「……バレた?興奮できる薬を、ちょっとだけね」 「なんで、そんな、こと……」 「だって仕方ないだろ。愛由がバテちゃったからさ」 「少し、くらい……休ませてくれても……」 「そんな訳にはいかないよ。だって、肝心のお仕置きがこれからだから」 …………え? 宗ちゃんは変わったんだ。もう痛いことも酷いこともされないんだ。そう信じつつあった俺には、それは耳を疑う言葉だった。

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