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償い
これが現実だなんて思いたくなかった。
「ねーえ、さっきの凄いよかった。もう一回したい」
「だめだ。こんな不愉快な事は、もう二度としたくないな……」
「……とか何とか言っておいて、宗佑だって楽しんだんじゃないの?しっかり愛由君に中出ししてたし。愛由君、前も後ろも責められて、すっごく気持ち良さそうでエロかったなー。ねえ、愛由君ももっかいさっきのしたいよね?ね?」
目の前に顔が近づく。至近距離で手を振られて煩わしい。
「愛由君気持ちよすぎたのかな?トリップしちゃってるみたい」
「おい近すぎる。離れろ」
「やだ、ちょ、ひどーい!」
能天気な声が離れて行って、けど、今度は違う顔が傍に来た。
「大事な大事な由信を裏切って、今どんな気持ち?少しは反省した?」
聞きたくない事を。認めたくない事を直球で言われて、俺は目の前の顔に焦点を合わせた。
嘘だと言って。これは、夢だと…………。
だって由信の彼女を……。
由信の大事な人を……。
由信を裏切って―――。
いつまで待っても目の前の顔はそこにいる。消えてくれない。
…………夢じゃない…………。
ショックを受けすぎているのだろうか。
現実だって頭で理解したのに、何故だか今の状況にリアリティーがない。
宗ちゃんと美咲さんの会話を、どこか冷静に聞きながら、でも、内容は右から左に抜けていく。
「やっぱり私とヤルのがお仕置きって扱い、気に食わないな。今の私とヤりたい男は山程いるんだよ?この間なんか、由信君と同じ学部のチャラそうなのにナンパされちゃったしー、」
「そんな事より、さっき愛由を誘惑したとかなんとか言ってなかった?そんなの俺許可した覚えないんだけど」
「ごめんなさーい。あんまり愛由君が可愛いから、つい」
「全く。本当にお前は見境がないな」
「……宗佑が悪いんだよ」
「なにが?」
「宗佑が私に構ってくれないから」
「………報酬は渡しているだろう?」
「それだけじゃ嫌。ねえ、また前みたいに、さ?」
「生憎。今は愛由がいるから必要ないんだ」
「………それなら、もう私、協力してあげないよ?」
「そうか。じゃあもう金はいらないんだな」
「ウソウソ!本気にしないでよ!」
親しげに話す二人の話の殆どが頭に入って来ない中、それでもある疑惑が生まれる。
宗ちゃんと美咲さんは、つい最近出会ったとかじゃなくて、もっと長い付き合いなんじゃないか……って。
「最近ヤったんだろ、由信と」
「そう。どいつもこいつも、私より愛由君を選ぼうとするから!」
「何だそうか。それで色仕掛けを……くく……」
「……その言い方、ムカつく」
「それで引き留められたんだから、岬から美咲になった甲斐があったじゃないか」
「………!!デリカシーのない男!」
美咲さんが勢いよくベッドから下りた。スプリングが揺れる。「大っ嫌い!」って喚き声の後、寝室のドアがバタンと大きな音を立てて閉まる。
「愛由、辛い……?」
宗ちゃんは、出て行った美咲さんの事は全く気にした素振りもなく、シーツに潜り込んでいた俺の隣に無理矢理入ってきて、顔を近づけ無理矢理視線を合わせる。
「…………酷い………」
一言ではとても言い表せないショックと悲しみと喪失感がある。大事な人の大事な人を汚した………。もう俺は、由信とどんな顔して会えばいいのか分からない…………。
最中から今までずっと泣いてるのに、涙は一向に枯れる気配がない。こんな酷い裏切りをした俺なんか、このまま干からびて消えてしまえばいいんだ。
「愛由は裏切った側。裏切られた方は、もっと辛いと思わない?言っておくけど。愛由が裏切ったのは由信だけじゃないんだからね。俺があんなに愛してあげてたのに逃げ出したりして、俺の事も裏切ったんだから。ねえ、少しは俺の苦しみが分かった?」
宗ちゃんの苦しみは想像出来なくても、由信がどんなに悲しむかは容易に想像がつく。間違いなく、俺は由信に軽蔑されて嫌われる事も。
「………ごめんなさい………」
やってしまった罪は、償わなければならない。けれど、俺はこの事を由信に知られたくない。卑怯なのかもしれないけど、知られて嫌われるのが怖い。切り捨てられるのが怖い。由信が知らない限り、本当の意味で罪は償えないのに………。
「愛由が本当に反省してるなら、この事は由信には黙っていてあげよう。償いは、由信の分まで俺にして。同じ裏切りの罪なんだから、神様だってそれで許してくれるさ……」
「……ごめんなさい………っ」
俺は、宗ちゃんの胸にすがり付いた。自分を消したくなる程の罪悪感を前にした俺には、宗ちゃんが救世主みたいに思えたのだ。
こんなのおかしいってどこかで分かってるのに、差し伸べられた救いの手を握らずにはいられなかった。それだけ、俺の心はズタボロだった。
「いっぱい償ってね。俺の言うことは、何でも聞かなきゃだめだからね……」
泣き続ける俺を、宗ちゃんはまた抱いた。
美咲さんの匂いを消してあげるって言われて、そんな事でさっきがなかった事にできる訳でもないのに、俺も美咲さんの感触を上書きして欲しかった。
だから、宗ちゃんに丁寧に下を舐められて、俺はまた泣いた。ずっと泣いてたから、宗ちゃんにはこの涙の違いは分からなかったと思うけど、俺は、宗ちゃんの唾液と欲望に汚されて、少し自分が浄化された様な気持ちになったのだ。
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