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敗北 2
「俺も一緒に入らせて貰うね」
「………え」
「土佐君を信用してない訳じゃないけど、大事な恋人を、一人でよその男の家に入れるのは、少し抵抗があるんだよ」
「いや、俺、及川の友達ですよ……?それに俺、ちゃんと彼女いるし……」
「分かってるよ。ごめんね、心配性なんだ。……愛由は、俺が一緒にいる方が安心できるよね?」
及川は俺の顔をほんの一瞬見た。けど、本当に一瞬過ぎて、その視線の意味がはっきりと分からない。
「……うん、宗ちゃん………一緒に………」
俺は思わずがっくりと頭を垂れそうになった。
何だよ及川、散々家に泊まって、あんなに無防備に気を許してた癖して、俺と二人は不安だって言いたいのか!?
………あー、すげー虚しい………。
結局及川と二人にはなれず、天城先生も一緒に及川の荷物を纏める。
及川は終始俯いていたけど、暗い玄関先で見ていたよりも頬の火照りが分かりやすくて、動く度に息遣いも荒くて、時折口元を押さえたりもしてて、ともかくなんか怠そうだった。
そんな及川の姿を見て思い出したのは、よっしーの家を追い出されて家に泊めてくれって言ったときの、熱を出してフラフラだった時の事だ。
俺は、及川に対して嘘をつかれた事とか色んな不満を覚えていた筈だけど、それらは瞬時に忘れて及川が心配になった。だから、迷いなく、屈んでリュックに服を詰め込む及川の傍に行って、手を伸ばした。
「あれ、デコはあんま熱くない」
そう呟いた所で、固まっていた及川がいきなり尻餅をついた。そして、慌てて後ずさる。
「は……?」
いきなり逃げるみたいな態度を取られて、俺は呆気に取られていた。及川は俺の視線から逃がれる様に身体ごとあっちを向いて、何も言わない。
そんな及川の態度に呆然とした後には、ショックと憤りがやってきた。
何だよ、いきなり。触られるの、そんなに嫌なのかよ。自分は全然気にせず俺に触る癖に。アホみたく無防備に近づいてくる癖に。何だよ…………。
及川の荷物は本当に少なすぎて、ものの数分で整理が終わった。
「この服は愛由のじゃないね」
横でじっと及川を見ていた天城先生が、リュックにつめられた服を摘まみ出した。
「………それ、多分よっしーの」
及川が何も答えないから俺が代わりに答えた。俺の服は全部及川にはでかくて部屋着くらいしか貸してやれなかった。
「由信に、返すから……」
「土佐君」
「……はい?」
「悪いんだけど、代わりに由信君に返して貰える?どうも愛由は、由信君には会いづらいみたいだから」
「別に、いーですけど……」
それは、美咲さんの件でだろうか。でも、この間コソコソ会うって約束取り付けてなかったっけ。
「さあ愛由、行くよ」
天城先生がリュックを持ち上げて、何の躊躇いもなく及川の腕を取った。及川は少しよろめきながら立ち上がる。やっぱりどこか調子が悪そうで心配だ。
「及川」
このまま行かせるのが凄く嫌だと思った。嘘つかれて、いらん心配もさせられて踏んだり蹴ったりだと思うし、正直ムカつくのに、それでも俺は及川と過ごした時間が嫌にはならなくて、及川の事も嫌いになんかなれなくて、及川を取られたくないとすら思っている。
あーでも、元々及川はこの人のだったんだ………。高そうなシャンプーの匂い。ブランド物の服。それらを思い出すと、胸の中に苦い物が広がっていく。
「どうしたの、土佐君」
振り返っているのは天城先生だけだ。及川は、やっぱり俺に視線を向けてくれない。
「バイト、どうすんの」
名前を呼んだはいいけど何を言おうか考えてなかった俺は咄嗟にそう口にした。
「バイトは辞めさせるよ」
また、天城先生が代わりに答える。俺は及川の言葉が聞きたいのに。
「及川、辞めんの?」
「どうも酷い嫌がらせを受けていたみたいだから、辞めさせるよ。バイト先にも迷惑をかけるしね」
「店長、気にしないって言ってたぜ。だから……」
「店長さんが気にしなくても、愛由が傷つくだろ?俺は、愛由に辛い思いはさせたくないから」
天城先生のこの言葉に、俺は何故だか凄くカッとなった。
「嫌がらせは、やめさせればいいんだろ?俺も力になるし……」
「ふ……、」
天城先生は、お前に何ができると言わんばかりに鼻で笑って言った。
「その件なら俺が愛由から相談を受けて、知り合いの弁護士に頼んでおいたから、土佐君は何もしなくて大丈夫」
その態度に腹が立つ前に、俺は天城先生に対して強い敗北感を覚えた。
及川、犯人に会いに行ったんじゃなくて、天城先生に相談に行ったんだ………。俺には「自分で何とかする」って強がってたのに………。
「それに、愛由の事は俺が支えるから、もうバイトは必要ないんだ。愛由を食べさせるくらい俺には余裕だからね」
天城先生の物言いは柔らかいのに棘がある。マウンティングされてる気さえする。
財力や社会的地位を振りかざして、自分なら及川を守れるって言われてる様に聞こえる。
俺だって、及川に辛い思いをさせたくなかった。俺は俺なりのやり方で及川を守ろうとしていたのに………。
けど………結果として俺は及川を守りきれなかったし、本人から頼ってすら貰えなかった。
学生っていう中途半端な立場だし、天城先生程の財力はないし、ベンゴシに知り合いもいない。どっちが頼りになるかは………悲しいかな明白だ。
俺はマウンティングに負けて完全に敗北して、及川を引き留める術も、言葉もなくしてしまった。
「土佐………」
揃って出ていく二人をただ見てるのも虚しくて視線を逸らしていた俺の耳に、その声は届いた。
顔を向けると、靴を履いた及川が、一段低い所から天城先生越しに振り返ってこっちを見ていた。その及川の表情が何となく悲しそうに見えて、俺はあれ?と思った。
けど、ちゃんと確認する前に天城先生がわざとらしく俺と及川の間に入って及川を隠してしまう。
「及川……?」
「それじゃあ、土佐君。世話になったね」
天城先生は急かすように及川を玄関から押し出すと、自分も続いて些か乱暴にドアを閉めた。
追いかけようと思った。及川の表情をちゃんと確認したかったし、最後に何を言いたかったのか気になったから。
けど、玄関のドアノブに手を掛けた所で思い留まる。
何やってんだ、俺。
あいつら付き合ってんだぞ。
痴話喧嘩してたけど、仲直りして、これから仲良く同棲してた家に戻んだぞ。
追いかけてって何になる。
もしも及川が見間違いじゃなく幸せそうな顔してなかったとしても、どーせまた痴話喧嘩だ。振り回されるだけ損。
今更、天城先生から及川取り返せる訳でもねーし、俺のスペックじゃ天城先生に勝てねーし…………。
…………やめやめ。もう考えんのやめよう。アホらしい。
俺は、玄関ドアに背を向けると寝室に直行した。
寝室の窓からちょうど見下ろせる駐車場に、見慣れない高そうな車が停まってるのがチラッと目に入ってしまって、ムカッとモヤっとしながら、いつもは閉めないカーテンを勢いよく閉めた。
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