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愛し方 1
早朝から確り最後まで抱かれた後、俺の首輪はリビングの柱に繋がれた。鎖の長さは丁度散歩に使う犬のリードの倍くらいの長さだけど、俺の手の届かない高い所から繋がれているから、俺は柱を中心に半径1メートルも移動できない。
「朝ごはんだよ」
飼い犬よろしく床に直に皿とコップを置かれて、心がズキッと痛んだ。
「安心して、ただのサンドイッチだから」
呆然と床を見つめる俺に、少し離れたダイニングテーブルに掛けた宗ちゃんが告げる。中身はどうやら普通に人間の食事みたいだから、と自分を納得させて、床にぺたんと座る。
卵サンドと、レタスとハムとトマトのサンドイッチだった。
卑しい俺は、こんな屈辱的な状況でも食事が喉を通ってしまう。流石に、味わえる程の余裕はないけど………。
「美味しかった?」
空いた皿を片付けにきた宗ちゃんにそう聞かれて、俺は頷く。本当の所、味なんて分からなかったけど、俺が自分の為に今できる事は、宗ちゃんの機嫌を取ることくらいしかないから。
「それじゃあ俺は、仕事に行ってくるよ」
え………。
「宗ちゃん、待って。これ、外して」
「ダメだよ。言っただろ?愛由のこと信じられる様になるまでは首輪つけるって」
「でも……っ、このままじゃ、トイレも、行けないし……」
「あ、なーんだ。トイレに行きたかったの?仕方ないなあ」
そう言って奥の部屋に行った宗ちゃんが、手に別の皮紐を持って現れた。持ち手が輪っかになっていて、見るからに犬のリードであるそれを、宗ちゃんが俺の首輪にかけた。そして、ポケットから取り出した鍵で、柱から繋がる鎖を外した。
「さ、トイレ行くよ」
リードを握った宗ちゃんに急かされる。まだ紐は弛んでいるけど、早く行かないとそれはやがてピンと張って、俺は本当に首輪を引かれて歩く事になってしまう。それは嫌で、急いで宗ちゃんの後に続く。そして、トイレのドアを閉める事も許されず、宗ちゃんが見ている前で用を足すしかなかった……。
宗ちゃんは、再び俺を柱に繋ぐと本当にそのまま仕事に行ってしまった。
俺はズルズルと柱を背に座り込んだ。座る事はできても、鎖が短かすぎて寝そべる事はできなくて、俺は何時間も膝を抱えてそこに蹲っていた。夕方になったら自動で部屋の電気が点灯したのが救いだったけど、その頃には空腹感と口渇と、そして尿意がやってきていて、それをまぎらわすのに必死だった。
宗ちゃん早く帰って来ないかな。
帰ってきたとしても殴られるかセックスさせられるかしかないのに、この状況はあまりにも酷だ。
だから、唯一この鎖から俺を解放してくれる宗ちゃんの事ばかり考えながら、長い長い一分一秒を過ごした。
外が真っ暗になってすぐ、玄関の開く微かな音が聞こえてくる。
俺はずっと伏せていた頭を上げて、リビングに繋がるドアが開かれるのを心待ちにする。
「ただいま。少し遅くなったね」
「宗ちゃん、トイレ行きたい!」
ただでさえ限界だったのに、宗ちゃんの顔を見た途端更に強い尿意に襲われた。今すぐに連れていって貰わないと本当にヤバい。それなのに……。
「愛由。た、だ、い、ま」
それどころじゃないんだって本当は叫びたかったけど、そんな事をしてはトイレが遠退くことは流石に分かってる。
「ごめんなさい、宗ちゃん。おかえり」
「ただいま、愛由。寂しかった?」
「うん」
「俺も寂しかったよ」
「うん………。あのね、トイレ………」
「そうじゃないんだよなあ」
「………え」
「愛由は俺の事好き?愛してる?」
「…………」
「あーそう。答えてくれないんだ」
宗ちゃんはプイッとそっぽを向いた。そしてそのまま俺を置いてあっちへ行く素振りを見せる。
「好き、だよ!愛してる!」
早く鎖を外して貰いたい俺は、慌てて言う。
「ねえ愛由、それ、心から思ってる?」
心から…………。
「………思ってる、よ」
宗ちゃんは厳しい目をして俺の事をじっと見つめた。俺は自分の心の中を、嘘を見透かされる様な気がして、堪らず視線を落とした。
「ふーん。じゃあ、その愛してる気持ちを態度にしてくれないと」
態度………?
「宗ちゃん、好きだよ。愛してる」
「うん、それはもう聞いた」
あと、他………?
言葉で伝える以外に、何がある?愛を表すには何をしたらいい?
俺が、愛して欲しかった人にして欲しかった事………。大事な人に、してあげたいと思うこと…………。
「宗ちゃん、来て………」
「なに?」
首を傾げる宗ちゃんに、俺は鎖が伸びるギリギリまで宗ちゃんに近づいてから、腕を広げて見せた。
「ああ成る程。悪くないね」
俺の意図を汲み取った宗ちゃんが、俺を抱き寄せた。首輪が突っ張って少し苦しい。けど、ぎゅっと宗ちゃんの背中に両手を回す。
「愛由は、小さい頃誰かにこうして抱き締めて貰ったことある?」
俺は宗ちゃんの腕の中で首を横に振る。
「可哀想な愛由。愛された事がないから、愛する事が分からないんだね。俺が、沢山愛して、愛し方を教えてあげるからね。そして、俺の事ちゃんと愛せたら、首輪は外してあげるよ」
俺は今度はコクコクと頭を振った。
腕の中は確かに温かくて、こんな風にただただ優しく愛されるのなら悪くないと思ったから。
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