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心の涙 3

「及川、ごめん。本当にごめん」 土佐は俺に対すると、殆ど90度頭を下げた。 「土佐……」 あ、普通に声が出た。息苦しくない。このトーンで声が出たのって、何日ぶりだろう。………宗ちゃんと仲直りしてからは、出せていなかった声色だ。 「俺、お前の事傷付けた。及川はなんも悪くねーのに、お前の事泣かせた」 「泣いてねーし」 「強がんなよ」 「……………」 「俺には見えたぜ、お前の心の涙」 「何言ってんだよ………」 「他の奴に見られたくなかったから、ここに連れてきた。だから、俺の胸で思いっきり泣いていーぜ。……って、泣かせたの俺だけど…………」 「だから……!」 泣いてないって言おうとしていた言葉を失った。土佐が、いきなり俺を抱き締めたから。ぎゅうって、強い力で。暖かい腕で。 懐かしい匂い。 あ、やばい。なんだこれ。本当に、泣きそう。 「及川全然平気そうな顔してたから、気付かなかった。こんなに、傷付けてたなんて………」 気付かなかったんじゃないだろ。見ようとしなかったんだ。俺は、あんなに苦しかったのに、お前は全然俺の事見ようとしなかった。 「でも………これ言ったら怒るかな………」 「………なに」 「………ちょっと、嬉しい」 「はあ?」 「及川って色々どーでもよさそうだけど、俺の事はどうでもよくなかったんだなって分かって」 …………何だそれ。 「お前って…………」 「ん?」 「意外と性格悪い」 「はは……バレた?」 バレた?じゃねーよ。俺がどれだけ苦しかったと思ってるんだ。 土佐は少し笑った後、ぎゅっと腕の力を強めた。 「なあ、苦しい」 「及川………」 苦しいって言ってるのに、土佐は力を緩めないで、切なそうに俺を呼んだ。そんな声出すなよ。俺まで切なくて苦しくなる。 「土佐、」 暖かすぎて、抜け出せなくなりそうで、もう一回苦しいって言おうとした時、ふわっと力が緩んだ。見上げたら、土佐の顔が真上にあって、真面目な顔で俺の事をじっと見下ろしている。 なぜだか何も言えなくなって、土佐と見つめ合う。土佐の顔がゆっくり下りてくる。あ、これ―――――。 分かった。これは、キスするやつだって。その雰囲気だって。けど、逃げようとは思わなかった。何でかは分からない。 「及川………」 唇が触れ合いそうになるギリギリで、土佐は顔を横に背けた。そして、俺の肩に顎を乗せるようにして、ふぅと大きなため息をついた。 「及川、俺、ミスコンに出ようかな」 …………は? 「なに?」 「大学のミスターコンテスト。今エントリー募集してるだろ?」 そうなのか?知らない、そんなの。興味ないし。てか、何で今このタイミングでその話? 「周りの奴等にさ、出ろって言われてんだ。及川は、どう思う?」 「………別に、出たければ出れば」 「んだよ、冷てーな」 だっていきなりそんな事言われても………と言うか、さっき俺にキスしようとしなかったか? 「一体どういうつもりだ」って聞きたいけど、逆に「何で逃げなかった」って聞かれたら俺にもよくわからなくて困るから聞けない。 「決めた。俺、出るわ。こんなのでも、一番になれば自信つくし」 自信って……? 土佐はそんなのに出なくても自分に自信あると思うし、客観的に見ても人間出来てると思う。つまり、自意識過剰とかでなく、自信持っていいってこと。見た目も中身もいい。頭も割といい。運動もできる。これ以上何がいるんだよ。 「なあ及川。ミスターが取れたらさ………話あるから」 「はなし?」 俺は首を傾げて土佐を見た。何を勿体ぶって……。そう思ったけど、口にしなくてよかった。土佐の目が物凄く真剣で、茶化しちゃいけない気がしたから。 「分かった」 余計なことは言わずに返事をしたら、土佐が表情を緩めた。 「よし。じゃあ俺、エントリーしてくる!締め切り、今日の2時なんだよ」 「2時……って、もうすぐじゃん」 「おう。急ぐわ!…………っと、その前に」 不意打ちに、土佐の手が額に伸びた。前髪を持ち上げられる。 「ここ、どうした?」 髪を上げるときに土佐の手が触ったのか、それとも意識したせいか、土佐の目線が向いているこめかみがズキリとした。 「……なにが?」 なんて答えればいいのか分からなくなって、俺は白々しく気付いていないふりをした。本当は知ってる。昨晩、宗ちゃんに玩具を投げつけられた時の傷だって。 「さっき寝てる時に見えたんだけどさ、ここ、青くなってる」 「……どこかに、ぶつけたかな。忘れた、けど」 「けっこー痛そうだけど……」 「大した事ない。……ほら、もう2時になるぞ」 「あ、おう!けど、お前気を付けろよ。頭は大事なもんいっぱい詰まってんだからな!」 時間は本当に2時目前で、土佐は走って教室を出た。 その後ろ姿を見送ってから、へたりとその辺の椅子に座り込んだ。 宗ちゃん意外とまともに会話したの、凄い久しぶりだった………。 宗ちゃんといるときにずっとずっと圧し殺していた自分自身が久しぶりに前面に出た感覚がある。俺、気付かない内に二重人格になっちゃったんじゃないかな。そう思うくらい、さっきの自分はいつもと……宗ちゃんの前にいる時の自分と違った。俺、宗ちゃんに人格まで作り替えられてんのかな。宗ちゃんと長くいればいる程、本当の俺は消えていなくなっちゃうのかな………。 「愛由君、何やってるのー?」 いきなり後ろから声がして、肩がびくついた。振り返るとそこにいたのは、由信の友人。確か、岩崎とかいう………。 「こんな人気のないとこで土佐と密会?あやしーなー」 嫌な言い方。ねっとりと絡み付く様な視線。こいつ―――。 「関係ないだろ」 「さーどうかな?」 久しぶりに会った。俺を苛めたい奴の視線。あの噂のせいでヤバイ奴扱いされてる俺にこうやって突っ掛かって来る奴なんて、ずっといなかったのに。 関わり合いになりたくなくて、ドアの所に立っているそいつの横をすり抜けようとする。何で入り口一個なんだよって思いながら。 真横を通った瞬間、腕を取られる。 「なに?」 「ちょっとお話があって」 「………俺はない」 「いーのかなー?そんな態度で」 「何……」 「俺の言うこと聞いた方が身のためよーってこと」 「どういう……もしかして、由信になにか……!」 「あー、由信には全然きょーみなし。俺がきょーみあんのは、愛由君、お前だよ」 向けられる視線に、苛めとか嫌がらせ以外の違う種類のものを感じてゾクッとした。 「………まあいーや。一回痛い目見ておけば?」 無理矢理手を振りほどいて廊下に出ると、後ろからそう言われた。 だから、嫌な予感はしてた。 岩崎は美咲さんの知り合いで、美咲さんは宗ちゃんの仲間で、俺が痛い目を見る。 そう考えたら、分かりやすい程に分かりやすくて、その予感は悲しい事に当たっていた。

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