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地下室 2
一通りの自嘲を終えたら迫ってくるのはひたすら残酷な現実で、そこから這い出すために何度叫んでも、ドアを叩いても、宗ちゃんは来てくれなかった。そう言えば防音がどうのって言ってた。もしかしたらここで俺がどれだけ騒いでも外には聞こえないのかもしれない。それでも、叫ぶのをやめられなかった。だってやめたら、そこにあるのはただ闇だけ。飲み込まれそうな程の漆黒。
目を開けても瞑っても闇。
扉の前に踞ってひたすら宗ちゃんがここを開けてくれるのを待つ。あの頃と一緒。けど、あの頃は月明かりがあった。星もあった。街灯も。こんなに暗くなかった。自分の手くらい見えた。部屋に何があるのかも把握できた。星を数える暇潰しもあった。
もう朝になったかな。それとも、まだ漸く寝る時間になったぐらいかもしれない。時間の感覚がわからない。異常に長く感じる。
数分おきに、闇に飲まれる様な感覚がやってくる。ここに何があるのか分からないのと同じで、自分も闇と同化してしまったんじゃないだろうかと怖くなるのだ。心臓がバクバクし出して煩いくらいで、と言うことは明かに生きているのに、それすら信じられなくなる。自分の存在が、疑わしくなる。
気が狂いそうになって、確かめる様に扉に触る。確かに、鉄の冷たい感触があって、ほっとする。
ここは、地下室。宗ちゃんに入れられた。きっと少ししたら出して貰える。そう自分に言い聞かせて、辛うじて正気を保っていた。
ガチャ、ギィ。
それが耳に入ったのは唐突だった。鉄の扉が動いて、その隙間から眩しい光が溢れた。
「反省した?」
待ちわびた宗ちゃんの声。姿は、あまりに眩しくてまだ見えない。けど、立ち上がって、声のする方に腕を伸ばす。そして、確かな体温のある身体を見つけて抱き付いた。
「反省した……、怖いよ……許して……お願い………」
もうここに置いていかれるのは嫌で、宗ちゃんから離れたくない。
カチッと音がして、天井に光が瞬いた。ようやく小さな光に慣れた俺は、また目を細めなければならなくなった。
「おいで」
宗ちゃんは、扉とは反対の方向。地下室の中に俺を連れていこうとする。
「やだ、宗ちゃん、ここ、やだ!外に出して……っ!」
「いい子にしてれば、もう閉じ込めたりはしないから」
宗ちゃんがそう言ったから、俺はピタッと抵抗をやめた。いい子にしないと。言うことを聞かないと。今またここに閉じ込められたら、多分俺は気が狂う。
漸く蛍光灯の光にも目が慣れて、地下室の全体を初めて目にする。ここは思っていた以上に広くて、思ってた以上に禍々しい場所だった。
壁に取り付けてある棚には手錠とかベルトとかの拘束具が几帳面に並べられていて、首輪や革紐もある。
もう1つ隣の棚には、使われた事のあるものよりも更に禍々しくて卑猥な形に見える玩具が並べてあって、それに並んで鞭が数種類置いてあるのも見つけた。
「ここは愛由のお仕置き部屋にしてあげたんだ。その為の道具もいっぱい揃えたから、悪いことをしたらここで反省するんだよ」
宗ちゃんは部屋の中を見回して怯える俺に気付いたのだろう、そう言った。その口調は場違いな程朗らかで、楽しそうだった。
俺はそんな宗ちゃんにもこの場所にも強い恐怖を覚えながら、それでも宗ちゃんに従う事だけを考えて重い足を前に進める事しかできない。
天井から伸びた鎖に、手錠がついている。
その下で、宗ちゃんは立ち止まった。
「愛由、手を上げて」
ああ、縛られる。
分かっていても、抵抗なんて出来ない。俺は大人しく両手を万歳させて、鎖の先の手錠に自分の手首が拘束されるのを見ている事しか出来なかった。
「裁判を始める!」
宗ちゃんは俺を縛った後数歩後ろに下がって、芝居がかった口調で言った。
「お前の罪を述べよ」
宗ちゃんは腕を組んで俺を見下す様に見ている。
俺は、どうすればいいのか咄嗟に分からなくて黙ってしまって、そしたら宗ちゃんはもう一度、今度は少し不機嫌な声色で同じことを言った。だから、慌てて答える
「土佐と喋った……」
「恋人がいるのに他の男に色目を使ったのか?」
そんなことしてない。けど、ここに入れられる前もそうだったみたいに否定しても無駄だし、状況を悪くするだけだから……。
「……はい」
「それは酷い裏切りで、重い罪だ」
「ごめんなさい………」
「他には?」
「……床を舐めなかった事も……」
「愛する人から求められて、それを拒絶したのか?」
「……はい」
「恋人に裏切られて、拒絶されて、お前の愛する人がどれだけ傷付いたと思う?」
「………ごめんなさい………」
「どれだけ反省した?」
「たくさん……たくさん反省しました……」
「……赦して欲しいか?」
そう言われて、まじまじと宗ちゃんを見上げる。赦してくれるの……?
口調は厳格だけど、宗ちゃんの口許にはずっと笑みが浮かんでいる。愉しくて口許が緩まずにはいられないみたいに。だから、昨日みたいに怒ってはいない……と思う。けど、怒ってないからと言って残虐な事をされない訳でもないから、俺はずっとずっと怖くて緊張しっぱなしだ。
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