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地下室 3
「ゆるしてほしいです……」
「赦してほしければ、いい子になることだ」
「なる……なります……」
「いい子になるには躾が必要だ」
……嫌な予感がした。
「お前を躾けるのに一番いい方法は、何だと思う?」
痛い事はしないで………。
「いつも、お前の恋人が怒った時にすることだ」
怒った時に、宗ちゃんが俺にすることは…………。
「早く答えなさい」
「………ビンタ」
宗ちゃんは静かに頷くと、笑みをもっと深くして俺に背を向けた。そして向かった先は、さっき見た禍々しい棚。
怖い……。あそこにあるものは全部いや。お願い……。
身体をガタガタ震わせながら宗ちゃんの背中を祈るようにじっと見つめる。
「ひっ……」
思わず息を飲む。
振り返った宗ちゃんが手にしていたものが、あそこにあった中でも一番太くて硬そうな鞭だったから。
「なに、そんなに驚く?前から言ってたじゃない。次は鞭だよって」
宗ちゃんはニヤニヤして言った。口調が砕けた。お遊びは、裁判ごっこはもう終わったのだ。本当のお仕置きは、きっとここから……。
「本革のいいやつだよ。……それにしても新品だから凄く硬いなぁ……」
俺の前に来た宗ちゃんが、怯える俺に見せつける様に鞭をしならせる。
寝室にあるのは、前に使われてたのは、それよりも細くて多分まだ柔らかい。それでもあんなに痛かったのに………。
想像するだけで痛くて苦しくて怖くて、まだ叩かれてもいないのに涙が溢れた。
身体はずっと震えているし、恐怖のあまり呼吸も浅くなって、時折ふと気が遠くなる。このまま意識を失えたらどんなにいいことか……。
「叩かれるの嫌なの?」
空耳かと思った。けど、恐る恐る見上げた宗ちゃんは、小首を傾げて俺の答えを待っている。
やめてくれるのかもしれない……!
そう希望を持った俺は、こくこくと何度も頷いた。
「ふぅ……」
宗ちゃんはやれやれという調子にため息をついた。その顔は些か不満気で、俺の身体はギクリと強張る。
「愛由は何にも分かってない」
宗ちゃんはまた深くため息をついて首を振る。
「俺が叩くのは愛の鞭で、愛由の為を思ってしてるんだって言ったよね?」
ギロリと睨まれて、サーっと全身から血の気が引く。
ああどうしよう。俺は答えを間違えた。宗ちゃんを、更に怒らせた……。
「愛由は生まれも育ちも悪いから、口で言っても分からない事が多いでしょ。だから、俺が愛由のポンコツだった親に成り代わって躾してあげてるっていうのに、まだ分からないの?」
「ごめ……、」
「それなのに、いつまで経っても愛由は叩かれると不満そうな顔ばっかり。それに、そうやって俺の事化け物でも見るみたいに怯えられて、俺が傷付かないとでも思ってるの?俺の愛情が全然伝わってないんだって、俺ずっと悲しいんだよ?」
「……め、なさい……」
「セックスのおねだりはようやく出来るようになったよね。それとおんなじ事だよ、俺が求めてることは。ねえ、わかる?」
おんなじ、こと………。
「分かるでしょ?」
―――躾てくださいって、お願いして?
宗ちゃんはとびきりの笑顔でそう言った。
*
「お、れが……いい子に、なるまで………ぶって、ください………」
宗ちゃんに言われた通りの台詞を口にして、震えながら一撃がやって来るのを待った。
ヒュンと空気を切る高い音がした直後、バシンと鈍い音が身体を痺れさせた。ぶたれた所が火傷したみたいに熱くなって、ジンジン痛みを生じ始めた所で他の場所をぶたれる。
「痛いか?痛いよな?俺も可愛い愛由を叩くのは本当は辛いんだよ。これが俺の心の痛みだ。お前は人の痛みが分からない悪い子だから、平気で俺を裏切れるんだ。拒絶できるんだ。今日はそれが分かるまでお仕置きして躾けてあげるからね」
ごめんなさい。痛いです。もうしません。悪い子でした。本当にごめんなさい。
声が枯れる程、何度も何度も訴えた。もう分かったからって叫びたかったけど、それを言うと逆鱗に触れる気がして、俺が痛みを理解したかどうかの判断は、宗ちゃんの匙加減ひとつだった。
「ああ、血が凄いね」
宗ちゃんの声色は場違いに明るい。ずっと固く閉じていた目を開けて見ると、俺の着ている白いシャツは、破れた皮膚から滲む血液で結構な範囲が赤く染まっていて、クラクラ目眩がした。
「こんな所で勘弁してやるか。どう?いい子になれたかな?」
フラフラと揺れる視界の中で、顔を上げて宗ちゃんを見る。
恐怖も痛みも強すぎて一周通り越してしまったのか、愉しそうに微笑む宗ちゃんを見ても、最早何も思わない。
「な、れた……いい子に………」
「そう。俺の躾のお陰だね」
「…………うん」
「うんじゃないでしょ。こういう時はお礼を言うの。本当に愛由は育ちが悪いんだから」
「ごめんなさい……。ありがとう、ございます………」
「そう、偉い偉い。これからも忘れないでね。さて、と……」
宗ちゃんは手に持っていた鞭を漸く手放すと、俺の身体を後ろから抱き締めてきた。触れられるだけでも鞭打たれた全身が痛いのにぎゅっと圧迫されてはもっと痛い。けど、言えない。言ったらきっとまた宗ちゃんは、怒るだろうから。
「昨日抱いてあげられなかったから、寂しかっただろ?」
ああそっか。さっきから背中に当たってる硬いものは、宗ちゃんの………。こんな血塗れの人間に欲情できるなんて凄い。俺にはとても無理だ。心も身体も痛くて、とてもそんな気になんてなれない。
「毎日のエッチが日課になってるから、愛由も疼いて仕方ないんじゃない?」
「………うん」
「今、慰めてあげるからね」
後ろに、重い衝撃が。全身痛いから、慣らされずに入れられたときの鋭い痛みは、紛れてしまって分からなかった。揺さぶられている内にだんだん体重を支えていられなくなって、吊られてる拘束具に腕だけでぶら下がるみたいになった。体重のかかる手首が凄く痛かったけど、足がガクガクしてとても立つことが出来なくて、そうしているしかなかった。
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