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オバケ 1
「あーあ、やっぱり目立つね」
宗ちゃんは俺の赤黒くなった手首を見て言った。
宗ちゃんは朝から浴室で俺の全身隈無く洗ってくれて、身体中の傷にも丁寧に化膿止めの軟膏を塗ってくれた。勿論手首にも。
そこまでしてくれたのに、全然傷痕がよくならないのは俺が悪いんだ、俺のせいなんだって気にさせられて、反射的にごめんなさいと謝る。
「長袖って気温じゃないし、でも、こんなんだと大学で何か言われちゃうよね。どうしよっか……」
また今日も大学休んじゃう?
宗ちゃんは冗談めかしてそう言った後ベッドを下りて、キャビネットの中を漁っている。
傷を治せないのを宗ちゃんからは特に責められなかった事にほっとしつつ、考える。
今日も……ってことは、昨日俺は大学を休んだのだろうか。地下室に閉じ込められてどれくらい時間が経っていたのか分からないけど、宗ちゃんの言い種からして、最低1日は休んだのだろう。全身鞭打たれて、途中から意識がなかったから、今日が何日なのか最早あやふやだ。
「あったあった。この時計、バンドが太いから隠せるんじゃない?」
宗ちゃんが俺の右手首にその時計をあてがう。焦げ茶色の革のバンドが、文字盤よりも太くて、確かに手首の傷はすっぽり隠れた。
「そっちには、これ」
今度宗ちゃんが差し出したのは、繊細な模様の入った艶のないシルバーの太めのバングルだ。
「ゴツいから華奢な愛由には似合わないけど、仕方ないね。………もうすぐ長袖の季節になるし、それまでだよ」
宗ちゃんの何気無い言葉で、俺は絶望的な気持ちになった。てっきり、「傷が消えるまでの辛抱だよ」って言って貰えると思ってた。けど、違った。宗ちゃんは、またあれをするつもりなんだ。俺が悪いことをしたら。宗ちゃんを傷つけたら。
宗ちゃんはセンスがいいから、バングルや時計に合わせていつもよりもカジュアルダウンしたコーディネートをしてくれた。久しぶりにスニーカーが履けて嬉しいけど、身体がどこもかしこも痛いし怠い。いつもの靴よりも軽い筈なのに、一歩一歩進む足がトロい。講義を受けるのに座ってるだけでも、椅子に押し付けられる尻やら色んな所がヒリヒリする。
「よ、愛由君。昨日は一日お楽しみだった?」
昼休みになってすぐに話しかけてきたのは岩崎だ。無視しようと通り過ぎようとした時、来いよと手首を掴まれて、振り払おうとした拍子に緩かったバングルがずれて傷が剥き出しになった。
岩崎がぎょっとして絶句している内にサッとバングルを下げて今度こそ通り過ぎようとしたけど、また岩崎から腕を掴まれた。
「ここで大声でバラされたくなかったらついてこいよ」
小声でそう言われれば、従うしかなかった。こんな醜い傷痕も、それをつけられた過程も誰にも知られたくないし、そもそも岩崎は宗ちゃん側の人間なのだから、話しかけられても話をしても罪には問われない。ただ、面倒だと思ったから、出来ることなら話したくなかったけれど。
連れて来られたのは、昨日……一昨日も来た旧校舎の空き教室だ。旧校舎とは言え、全く使われていない訳ではないのだが、この教室とその回りだけは今日も人気がない。
「ここさ、お化けが出るんだってさ」
唐突に岩崎が言った。
「昔さ、この教室の真上から飛び下り自殺した生徒がいたらしくて。その生徒がさ、毎日、飛び降りたのと同じ時間に上から落ちてくるんだって。あ、もち幽霊な。そこの窓から見えるらしいよ。ちょうど昼休みだったらしいから、もうすぐかな。……怖い?」
「全然」
岩崎は何が楽しいのかニヤけている。バカバカしい。死んだ人間に何ができる。父さんは、俺が何度願ったって助けに来てはくれなかった。俺が怖いのは、いつだって生きている人間だった。昔も、今も………。
「可愛げないなあ。あ、でも、愛由君の彼氏、想像してたよりヤバそうだな。そりゃオバケ怖がってる場合じゃねえわな。それ、さ。彼氏にやられたんだろ?縛られた……とか?………にしてもそんな、変色するまできつくやるとかひでえわ」
意味不明なオバケ話が始まったと思ったら今度は同情?そんなの、宗ちゃん側の人間からされたくない。
「で、何の用?」
苛立ちを隠さずに聞くと、岩崎は口角をつり上げた。上から目線で、余裕ぶった嫌味な笑い方。
「んだよ、雑談くらいさせろって。フーゾク行っても、最初からはい本番ってはならないだろ?あ、フーゾクとか行ったことない?愛由君ゲイなんだもんね」
「…………」
「でもさ、ゲイでも男なんだから、男の性欲については理解あるだろ?」
「……何が言いたいんだ」
「つまりさ、俺はこう言いたいわけ。今後彼氏にチクられたくないなら、俺のチンコしゃぶってくれって」
俺は絶句するしかなかった。なんで。こいつは、宗ちゃん側の人間なんじゃないのか……。もしかして………。
「それ、宗ちゃんからの命令?」
もしそうなら、俺はしなければならない。宗ちゃんがそれを望んでいるのなら………。
「は?そうちゃんって誰だよ」
予想外の返答だった。もしや、岩崎は宗ちゃんを知らない?完全に美咲さんの知り合いってだけで、こいつの見たことは美咲さん経由で宗ちゃんに伝わってるのか……?
「愛由君もさぁ、もう彼氏からお仕置きされたくないだろ?それに、ゲイってチンコしゃぶるの好きらしいね。しかもお前らゲイの好きなノンケのチンコだよ?俺が呼び出した時にしゃぶってくれたら、土佐と浮気しようと由信と前みたいにイチャコラしようと彼氏にチクんねえから。な?ウィンウィンだろ?」
なんて言われようだ。しゃぶるのが好き?そんな訳あるか。好きでしゃぶった事なんて、これまでただの一度もない。宗ちゃんのだって、いつまで経っても嫌で嫌でたまらないのに。
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