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オバケ 2
「前からいいなーって思ってたんだ。すっげー可愛いよね、愛由君。けど、怖い噂あっただろ?だからこれまで近寄り辛くてさ。美咲ちゃん、案外ガード固いんだよねー。んで、察するに、美咲ちゃんが好きな男ってのが、愛由君の彼氏なんだよな。好きな女の想い人の相手寝取るとか、サイコーにやらしいシチュじゃねえ?」
あ、寝取るって言っても、俺ゲイじゃないから後ろはなしだぜ。わりいな。
岩崎は今はどうでもいいことを付け加えて、俺の顔を見た。その目は、断れる訳ねえよなって言外に言っている。
「美咲さんの好きな相手って、由信だろ。宗ちゃんじゃ……」
「あ、なるほど。そうちゃんって彼氏の事ね。って、え、何?彼氏が命令したら、お前誰のチンコでもしゃぶんの?それ、どんな変態プレイだよ」
岩崎のニヤケが深くなる。違う。言いたいのはこんな事じゃなくて。
「美咲さんの彼氏は由信だろ!」
これだけはちゃんと言いたかった。だって、そうじゃなきゃ、美咲さんが本当に宗ちゃんを好きなら、俺が身を呈して由信の幸せを守った意味が………。
「あーそーだな。でも今そんな事どーでもいいや。愛由君のドMで変態な性癖知っちゃったお陰で凄いコーフンしちゃったんだ。早いとこひざまづいて舐めてよ。な、これ、彼氏の命令だぜ~」
「嘘つけ!」
「あは、バレた?けど、あることないことまでこわーい彼氏に吹き込まれたくないだろ?」
「……チクりたいんなら、チクればいいだろ!俺はもう宗ちゃんを傷付ける事はしないから!」
「えー、愛由君ってば彼氏に貞操捧げてんの?かーわいー。ますます欲しくなっちゃうじゃん」
岩崎のしつこさに辟易して、もうここから立ち去りたいのに、出口に向かおうとする俺の前に岩崎が立ち塞がる。右にずれても、左にずれても。
「どけよ」
「やだね」
「どけって!」
イライラしてちょっと強めに肩を押しやって、ようやく道ができた……と思ったのに、岩崎を追い越した瞬間、後ろから腕を取られる。
「いい加減に……!」
文句を言う為に振り返った途端、強く腕を引かれて、バランスを崩したところで足を払われた。支えをなくした俺は、背中からビタンともろにリノリウムの堅い床に叩きつけられた。
傷痕に響いて普通に倒された時より何倍も痛くて歯を食い縛る。生理的な涙が滲む。
「いい加減にするのはお前の方だぜこのおかま野郎。黙って言うこと聞けよ」
俺の胸の上に馬乗りになった岩崎が冷たい目をして俺を見下ろしていて、目があった途端嗜虐的に笑った。
俺は、無性に腹が立っていた。こんな怒りの気持ちなんて、自尊心なんて、もうぺしゃんこに潰されてしまったと思っていたのに。
「誰が!」
前に宗ちゃんに向かってそうした様に、岩崎の顔目掛けて唾を吐きかけると、途端に岩崎の口元からニヤケが姿を消して、怒りにわなわなと震えたのが分かった。
「ッざけやがって!」
怒鳴り声を上げた岩崎の目は野獣の様に血走っている。けど、俺だって怒りもイライラも負けてはいない。
「ふざけてんのはどっちだよ!今すぐどきやがれこの変態!」
「あぁ!?んだとてめえ!!」
犯してやる!
岩崎が血走った目で物騒な宣言をして、その手が荒々しい口調そのままの勢いで俺の服を掴んだ。
俺は、そのびろんと伸ばされた襟元を見て、瞬時に我に返った。
マズイ。この勢いでは服を破かれる。そうまでいかなくても、伸びたり寄れたり、ともかく、宗ちゃんに何かあったと勘付かれる―――。
「待って!待て岩崎っ!」
「うるせえ!!」
「……自分で脱ぐから!」
途端、ピタリと岩崎の動きが止まった。何て言った?って視線を俺に向けたから、もう一度「脱ぐ」って伝えたら、血走らせたままの目を細めた。
「オイ早いとこストリップショー見せろ」
岩崎はニヤニヤしながら言った。
上半身を起こせる様に岩崎が身体をずらしたから、俺は頭を上げて、少しの躊躇もなくTシャツを脱ぎ去った。
「お……まえ、それ………」
案の定な反応だった。岩崎が絶句している。
俺の上半身は、殆ど全部が鞭打たれたみみず腫と瘡蓋で覆われて、無惨な事になっているから。
「俺の彼氏、本当に怖いんだ。土佐とちょっと喋っただけで、昨日は一日中叩かれてたよ。もし、岩崎とヤッたってバレたら、きっと俺殺されるだろうな。岩崎も、きっと無傷じゃいられないと思う。……それでもよければ、どうぞ」
俺はわざとらしく頭を硬い床に下ろして全身の力を抜いた。まるでまな板の上の鯉。ただ、残念ながら傷だらけで腐りかけの。
「……や、べぇな……お前ら…………」
岩崎は、思った通りすっかりやる気を失った様だ。後ずさるように俺の上からどいて、「きめぇよ」って言い残して、足を縺れさせながら教室を出ていった。
キモい……か。
本当、オバケでも見たみたいな顔してたな、あいつ。
自殺する幽霊よりもこんな身体の俺の方が怖いんじゃねーの。
でも、あれが普通の反応だと思う。こんなのでも欲情できる宗ちゃんって、やっぱり凄いなぁ……………。
起き上がって背中や髪についた埃を払う。傷に響いて痛いけど、おかしな痕跡を少しでも残しておけない。
脱いだTシャツも丁寧に検分して、どこも目立って伸びたり傷んだりしていないことを確認してから、埃を払って被った。
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