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自覚
俺、何であんなこと及川に聞いちゃったんだろ。
及川が幸せかどうかなんて、俺が知ってしまった客観的な事実を寄せ集めれば、当然幸せなんだろうなって結論に達するっていうのに。
その『客観的な事実』っていうのは、具体的に言うと二つある。
ひとつは、及川から届いた間違いLINEだ。
『宗ちゃん大好き』ってやつから、『今日もしようね♡』とか『昨日はよすぎて溶けちゃった』みたいなちょっと卑猥な匂いのするものまで。
そう、1通じゃない。『送る相手間違ってる』って返事しても、また間違えてくる。わざとかと思うくらい頻繁に。
このLINEの第一印象は、「及川らしくない」だった。けど、これが続く内にそんな印象は消え失せて、だんだんイライラしてきた。
『宗ちゃん』の前では及川はこうなんだ。惜しげなく愛を囁いて、自分からベッドに誘う事だってするんだ。俺達の前にいるときとは違う顔してるんだって思うと、無性に腹が立った。
そして腹が立った後に思ったのは、及川はやっぱりエッチだったんだってこと。
女とはヤッてなくても、男とはヤりまくってたんだ。
だからあんなに余裕があったんだろうし、達観してたんだ。
及川は………きっと、いや、絶対女役だろう。後ろに、天城先生を受け入れさせられて、ヒーヒー鳴いてるんだ…………。
正直、ムラムラしたときはついついそういう及川を想像してしまう事がある。性欲だけで突っ走って興奮してる最中はいいけど、終わった後の気分はすこぶる悪い。
だって、なんで相手が俺じゃないんだ。及川、エロいのはいーけど、何で相手が天城先生なんだよ。あームカつく。……ってな具合いだ。
理性では、及川は何も悪くないって分かってた。けど、夏休みが明けて、情事の痕をその肌にありありと見せつけられて、俺は随分と気が滅入ってしまった。そして、及川に酷い言葉をぶつけた。その上勝手な事に、何も言い返して来ない及川に更に苛立った。
どうせお前は「宗ちゃん」以外どーでもいいんだろ。俺はこんなにもお前のこと考えてイラついて苦しいのに、どうせお前は俺なんかに何言われても涼しい顔してるんだろって思ったら、そんな涼しいであろう及川の顔を見たくなかった……見れなかった。
今思えば、俺は本当に勝手だった。及川は、もしかしたら俺に「ムカつく」って言われる度にあんな風に……心の中で泣いていたのかもしれなかったのに……。
もうひとつの事実は、彼女にねだられて行ったカフェで、たまたま天城先生と及川と思われるカップルの話を店員から聞かされた事だ。
二人は終始仲睦まじい様子で、及川らしき人は少し恥ずかしがっていたけれど、最後には「俺だけを見て!」と大きな声で天城先生らしき人に訴えていて可愛らしかったとかなんとか。
「らしき人」と言っても、はぼ間違いないだろう。
そのカップルの内一人は今人気の俳優に似た爽やかな長身のイケメンで、もう一人は二次元の世界から出てきたかのような目の覚める様な美人だったらしいし、その2.5次元な男の名前は『愛由』だというから、ほぼも何もあの二人しか考えられない。
この話を聞いた俺は、間違いLINEに上乗せされる様に更に絶望したものだ。
なぜなら―――。
俺は、及川を目の前で天城先生にかっさらわれて、それで漸く自分の気持ちを自覚したのだ。
つまり、俺は及川に特別な感情……普通は女相手に向ける様な特別な想いを抱いているって事を。
いつからこんな風に及川を好きだったんだろう。
多分、俺は男の及川を好きになってしまった事を自覚したくなかっただけで、かなり前からこの気持ちを知っていたんだと思う。
気付いた途端失恋っていう甘酸っぱいどころか苦い恋だけど、俺の中で及川への想いは見て見ぬふりしている内に膨れ上がってしまっていた。もう、どんなにもがいて忘れようとしても諦められないくらい、膨大に。
だから、俺は諦めるのをやめることにした。
簡単な一言だけど、こんな風に気持ちの整理がつくまでは時間がかかった。毎日イライラして及川に八つ当たりしてしまったのも、自分の気持ちがぐちゃぐちゃだったせいだし、天城先生と自分のスペック比べてため息するってのはもう何百回繰り返したか知れない。
けど、及川へのこの想いを忘れられない以上諦められないってことだし、うだうだ悩んでも仕方ないし、好きな相手に八つ当たりとかもってのほかだと今はきっぱりと思ってる。
実を言うと、厳密に俺が及川を諦めないって決断を後押ししたのは及川自身だ。
及川を見る度イラついていたあの気持ちは、俺は自分ではどうしようもなかった。だから、あの日、ラウンジのカウンターに突っ伏してた及川を見つけて近づいた動機は、最低だけどまたそのイライラを及川にぶつけたかったからだった。
けど、及川の隣に立って、スヤスヤ無防備に眠る及川を見下ろしてみて、思い出したのだ。高校の頃の及川を。
警戒心の塊みたいだった癖に、俺の部屋で無防備に眠る及川。目が覚めた時の我に返ってハッとした感じが、何とも可笑しかった。その癖、人との距離感が少しおかしな及川。そして、世間知らずで天然で素直な及川。あまり笑わないけど、たまに見せる笑顔が物凄く可愛くて、よっしーに激甘な及川。
この時思い出したのはどれも俺の好きだった及川で、俺が勝手に思う、及川が幸せそうにしてる瞬間でもあった。
そうだ、俺は及川にああでいて欲しいんだ。夏休みが明けてから、そんな及川の姿を見ていない。俺が見たいのは、心で笑ってる及川なのに、暫く及川のそんな顔を見ていない。
―――ああそっか。だから俺、及川に『幸せか?』って聞いちゃったんだ……。
ともかく、そうして漸く俺は及川に対して何て酷いことをしていたんだって気付いた。それに、自分がこんな、小学生が好きな子苛めるみたいな子供っぽい事をしていた事が一気に恥ずかしくなった。
そう、俺は及川に『俺』を見て欲しかったのだ。何を言っても反応の薄い及川に、俺を刻み付けたかった。本当、これじゃあ小学生と同レベルだ。
静かに眠る及川は本当に無防備で儚くて、この間抱き締めた時に感じた細さや頼りなさがこの腕にリアルに甦ってきて、守ってやりたいと強く思った。遅すぎるけど優しくしたいって思ったし、こんなに好きな及川を諦めたくないって自然と思った。そして、俺の好きだった、幸せそうにしてる及川をまた見たいって。
諦めないって決めたら、後は早かった。
俺は玉砕覚悟ってキャラじゃないから、告白するからにはあの高スペックの天城先生にだって普通に勝つつもりでいる。けど、今のままじゃ流石に引けを取りすぎてる。何か勝てるものを……そう考えて見つけたのが、以前から仲間に出ろよと勧められてたミスターコンテストだった。
安直かもしれないけど、大学一の男になれたら、天城先生に肩を並べられる気がした。及川が振り向いてくれるかくれないかは別として、告白する勇気とか自信くらいにはなるんじゃねーかなって。
完全なる横恋慕だけど、俺は本気だ。客観的に見てあいつらは多分ラブラブで、及川も今幸せなんだろう。
及川が不幸そうに見えたのは、多分俺の願望が見せた幻影か、もしくは悲しいかな俺がやらかした意地悪のせいだ。
けど、もうあんな態度は絶対とらないし、俺なら天城先生よりももっと及川を幸せにしてやれる自信はある。
経済力とか、天城先生に勝てない部分はまだ沢山あるけど、及川に気の抜けた顔をさせる事ができるのは、天城先生じゃなくて俺だと思う。
気の抜けた顔してる時が幸せかどうかなんて及川に聞かないと分からないけど、及川は天城先生の前でいつも緊張してる。これは、俺が自分自身の目で見た事実で、勘違いでも何でもない。
それは、及川が天城先生を好きだからなのかもしれないけど、そんなリラックスできない関係じゃ、長続きはしないと俺は思う。大体及川は大抵気を張り詰めさせてるんだから、緩められる俺との時間の方が遥かに貴重な筈だ。そうに違いない。だから、ここがあの二人の関係の弱点で、唯一俺が天城先生に勝ってる部分だ。
……そう、思い込ませて自分を鼓舞する。それぐらいしないと、あの天城先生に挑もうとは思えないし、今まで出会ったどの子よりも、もっと言えばテレビや雑誌に出てくる様な選び抜かれた人たちよりもずっと綺麗で可愛い及川を奪い取るなんて大胆な事、出来ないから。
けど、参った。天城先生はかなり嫉妬深いらしい。及川への束縛がエグい。俺とだけじゃなく、男とは誰とも話すな、なんて言うなんて。
まあ確かに、及川程綺麗な奴が相手だと、天城先生も気が気でないのだろう。えげつなすぎるけど、気持ちは分からないでもない。実際、及川を奪い取ってやろうとしてる俺みたいな男がここにいる訳だし。
………そう、奪い取るには及川を口説かないといけない訳だから、及川の「話しかけるな」って言葉に従うつもりはない。ちょっとショックだったのもあったし、流石に天城先生の前では言い付け守ってやったけど。
ショックだったのは、横暴な天城先生の要求を及川が律儀に守ろうとしてるのを見せつけられたからだ。
俺に話しかけるなとか傍に寄るなとか、よく見ればすげー苦しそうに言ってたから、及川の本心でないのはバレバレだった。
そりゃそーだ。及川にとって俺は(今んとこ)ただの友達なんだから、「話すな」なんて束縛は理不尽以外の何者でもなくて、俺だったら「は?ふざけんな。だったら別れる」って返すレベルの暴言モラハラだと思う。
けど、及川は自分の気持ちを圧し殺してまで天城先生に従おうとしてて……。及川、天城先生にベタ惚れかよって思ったら、悔しさとか嫉妬心とかで腹ん中モヤモヤして仕方なかった。
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