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ため息

最近及川が荒んでる。 及川は元々、一見分かりにくい奴だ。あまり笑わないせいか、嬉しいのかそうでないのか、幸せなのかそうでないのか凄く分かりづらい。 けど、及川をよく知れば全然表情がない訳ではなくて、楽しい時は柔らかい表情になるし、辛い時は悲しい顔になる。 それに、ちょっと表情が乏しいってだけで人間味がない訳ではなくて、ぶっきらぼうな中にも俺を気遣ってくれる言葉や態度をくれるし、前は照れから『よっしーにだけ優しい』なんて憎まれ口を聞いた事もあるけど、及川は基本的に優しい奴だ。特に自分と近しい間柄の相手には、掛け値なしに。 そういう優しさや俺に対する気遣いみたいなものは、今でも度々感じさせられる場面はあって、及川が本質的に変わってしまったなんてことは微塵も思ってない。けど、『荒んでる』とか、『昔に戻ったみたい』って思うのは、及川の分かりづらい感情表現の中から、『楽しい』とか『嬉しい』って感じの、俺から言わせれば最高に可愛い及川が、殆ど抜け落ちている気がするからだ。まさに、昔の及川だ。この世界が下らなくて、眼中になくて、どーでもよくて、どーでもいいから楽しくもなくて………。 そんな及川の世界の中に、俺は彩りを加えたと自負していたし、及川の表情を和らげられるのは、俺かよっしーかってぐらいの自信もあった。けど今は…………。 及川が俺の事本当に、心底どーでもいいって思ってるとまでは流石に思わないけど、でも、及川の表情が日に日に乏しくなっていくに従って、俺の自信はどんどん萎れていった。よっしーに負けてたのは元々だから認められてたけど、俺にとってはぽっと出の天城先生に、及川の一番をかっさらわれるのは本当にキツい、色んな意味で。その上、『天城先生意外どーでもいい』って思わせる程の影響力を及川に与えているんだって事を思い知らされる度に、吐き気がするほどの負の感情が沸き起こる。 例えて言うなら、大人の世界を知っちゃった少女って所か。大人の恋愛を知った女の子は、途端に周りの事が下らなく見えて、特に同年代の男なんかは顕著に幼稚でガキに見えるんだとか……。 端的に言うとそんな様な変化を、俺は及川から感じ取っていて、それはどう考えても健全じゃないから、俺は及川にはもっと健全な恋愛をして欲しいと思う…………と言うのは建前で、本当は『及川に相応しいのは俺だ』って大声で言いたいのだ。 それなのに、及川は俺といるときに前ほど楽しそうじゃなくて、俺の方が『宗ちゃん』より断然いいだろって自信もって言えないことがもどかしい。 ともかく、及川を落とすって決めたのに、全然思い通りにいかない。女の子を口説くのにこんなに苦労したことなんてないのに、思い通りに行かなすぎて、時々焦燥感とか自己防衛から及川に対して強い言葉を使ってしまうのは、確かに俺がまだまだ幼稚でガキな証拠だ。この間だって、『全部どーでもいいって顔してる』なんて失礼な事言って、軽く及川を怒らせてしまった。 けど分かってくれよ及川。あの時は俺、すげー悲しかったんだ。及川が俺に興味無さすぎて、虚しくて、苦しかったんだ。俺、及川のちょっとした態度に一喜一憂するくらいお前の事がが好きで、お前とどうにかなりたくて、かっ浚いたくて、けど隙がない上に、天城先生とのラブラブエピソードばっか聞かされて、いつも撃沈。だから、お前と話してる最後の方は、いつも満身創痍のボロボロなんだって………。 背筋がピンと伸びてて、後ろ姿だけでも今日も相変わらず綺麗な及川の華奢な背中に心の中で語りかけて、それから教壇の上の天城先生を見て、思いたくないのに思ってしまう。認めたくないけどムカつく程にお似合いだと。 好感度ナンバーワン若手俳優に似て王子様みたいな天城先生と、凛としてて高貴で高潔なお姫様みたいな及川は、まるでおとぎ話の登場人物同士みたいに絵になる。 お似合いな二人の姿を想像したら、はぁーとでかいため息が出たから、いかんいかんと自分に言い聞かせる。 勝手に敗け悟って諦められる程度の気持ちじゃないんだから、もっと強気でいかないとダメじゃないか。当たって砕けろじゃなくて、当たって当たってあいつらの間に割って入るくらいの気概でアタックするって決めたんだろ、俺。 そう、俺だって充分イケてる。1年では異例のファイナリストにまで登り詰めたし、当然このまま優勝もぎ取るつもりだ。及川の事だってぜってー奪い取ってみせる。華麗にかっさらってやるんだから。

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