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諜報活動
なんやかんや考えていたら、気付いたらゼミはもう終わっていた。及川は終了の合図と共に逃げるように教室から消えて、今日も相変わらず王子様スマイルで女子達を魅了しまくっていた天城先生ももういない。
俺は、ちょうど席を立ったよっしーをちょいちょいと手招きして捕まえた。
新学期になって新しく出来たらしいよっしーの友人の……岩崎って言ったっけ。ちょっとホストっぽいチャラそうな雰囲気で、よっしーとは全然タイプの違うそいつがちょっと不審そうに俺を見てたけど、無視してよっしーだけを連れ出して一緒に廊下に出る。
「なあ、最近の及川、どう思う?」
よっしーと話すのは久々だけど、世間話する気分でもないし、季節の挨拶を交わさなきゃ話せないような間柄でもないからそこは省略。話は早速本題だ。得られる情報は何でもよかった。けど、「楽しそうだよ」とか「幸せそうだよ」って情報はできるだけ聞きたくないから、できれば二人の間に入り込める隙みたいな情報をなんかくれ、頼む。
「あゆ君?………最近全然話せてないからわからない」
「え、そうなん?何で?」
早速諜報失敗かよ。確かに大学では全然一緒にいないけど、前に二人は愛人みたくコソコソ会うって話してたし、及川も天城先生の束縛はきつそうだけど、俺と昼飯食うぐらいだから、よっしーとだって天城先生の目のつかない所でよろしくやってると思ってたのに。
「監視されてるんだ、俺」
「か……監視?」
はぁと小さくため息をついたよっしーがそんな物騒なことを言うから俺は驚いてしまう。
「うん、みさちゃんに」
「いやいや、それ、どういう意味?」
「岩崎君、いるだろ?あの子、みさちゃんの知り合いなんだ。それに、LINEもみさちゃんに筒抜けにされてるし、メールの送受信とかも………」
よっしーが今度ついたため息は大きかった。
「あゆ君いつも一人だし、俺だってあゆ君と話したいのに……。みさちゃんとは別れたくないけど、でもあゆ君とこんな風に離れ離れになるのはもう嫌なんだ。ねえ土佐。俺、どうしたらいい……?」
よっしーはバンビみたいに大きな目をウルウルさせて俺を見上げてきた。
なんだろう。今巷では恋人を異常なくらい束縛すんのが流行ってんのか?天城先生も美咲さんも、なんか変じゃね?別れたくないからってそれに甘んじてるよっしーも、天城先生の言いなりになろうとする及川も。
「そんなの、どっちかに決めるしかねーだろ。嫌なら別れればいーんじゃねーの?」
「そんな……。別れられないから悩んでるのに……」
「んじゃこのまま付き合ってれば」
「………土佐、冷たいよ」
「よっしーは美咲さんと及川、どっちが大事なんだよ」
俺は、よっしーの言う通りちょっと冷たい言い方をした。俺にとっては喉から手が出るほど欲しい及川を天秤にかけてるよっしーに腹が立っていたから。
「どっちがって……選べないから困ってるのに……」
「言っとくけど、そうやって美咲さんの言いなりになってる以上、及川より美咲さんの方が大事だって言ってるのと同じだからな。俺も……多分及川自身もそう受け取ってるし」
「そんな、」
「わりわり、やな言い方して。けど、別にいーんじゃねーの、友情より愛情でもさ。別に俺は責める気はねーよ。美咲さんとの事はよっしーが決めることだから俺には何も言えねーし」
心外だとでも言わんばかりのよっしーを遮って投げ遣りな結論を出す。
よっしーは悪くない。分かってる。彼女と友達、どちらを取るべきか悩むのは普通の事で、俺だって悩んでる対象が及川じゃなきゃ、ちゃんと相談に乗れたと思う。けど、及川は無理だ。冷静になれない。もっと酷いことだって言ってしまいそうだ。だから、無理に話を終わらせた。俺は、及川を選ぶ立場に立てるよっしーにまで嫉妬しているのだ。
「な、ちょっと話戻してい?」
「うん?」
「最近の及川じゃなくていいや。よっしーの知ってる及川の事で、俺の知らない事とか、気づいた事とか何かない?」
「気付いた事……?」
よっしーが首をかしげる。うん、聞いてる俺の方も、抽象的すぎんだろって思うよ。けど、もしかしたらよっしーは及川と天城先生のこと知らないかもってなんとなく思った。もしそうなら俺から勝手に話すわけにもいかないし、けど、折角だから知りたいのだ、及川の事。何でもいいから、知りたい。まるでアイドルオタのファン心理みたいでキモいけど、好きな人の事、少しでも多く知りたいのは当然だろ。俺は、前によっしーに言われた通り、及川といつも一緒にいた訳じゃなくて、だからこそ知らないことが沢山ある。
「なんか変だなーとか、元気ないなーって思った事とかさ」
自然とそれを聞くのは、及川が『宗ちゃん』と付き合ってからより、俺達とワイワイやってた頃の方が断然楽しそうだったって事を、第三者(厳密にはよっしーも当事者だけど…)の視点からも肯定して貰いたいからだ。
及川の塩対応ぶりにちょっと落ち込みつつある俺の心を晴らすような情報を頼むよっしー!
「変なことねえ……」
俺の期待を他所にマイペースなよっしーは、ゆっくりと目線を斜め上に向けて少し考えて、それからぱっと表情を変えて「あ」と言った。
「退院して暫くしてからだったかな。あゆ君、時々額に痣を作る様になって。俺、それがずっと気になってて。当時は悪い仲間とつるんでるせいなんじゃないかって思ってたんだけど、結局そんな感じでもなかったしね。でも、だったらあれは何だったのかな……」
―――額の痣……って、確かこの間も………。
「なあ、それついこの前俺も見た。ぶつけたとか言ってたけど……」
「おーい土佐!」
大声で名前を呼ばれて、俺もよっしーも弾かれたようにそっちを向いた。廊下の向こうから走ってくるのは俺がいつもつるんでる仲間のひとりだ。
「お前、こんなとこで何やってんだよ」
そいつは息も切れ切れで俺の前まで来ると、膝に手を付いて言った。
「え、どした?」
「どした、じゃねえよ!ファイナリストのインタビュー!ミスコン係の連中、もう中庭で待ってるぞ!」
「あ、やっべ!」
すっかり忘れてた!俺が天城先生と肩を並べるために必須の大事な大事なミスターコン!これに出れなきゃ、もっと言えば優勝しなきゃ俺はスタートラインにすら立てないんだから。
歯の奥に何かが詰まってるみたいな、モヤモヤしたものはあったけど、背に腹は変えられず、俺は慌ててよっしーに別れを告げて走った。
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