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デート 1

「インスタ映えするクレープ食いにいこうぜ」 そう言って連れ出されたのは、近くの駅前通りだ。 そこは、ジェラートとかワッフルとか雑貨屋とか、いかにも女が好きそうなもので溢れ返っていて、目的の店に着くまでの間で既に男二人で歩くのは場違いなとこだなと思っていたのに、そのクレープ屋はとどめみたいに女向けだった。 「何これ、高っ」 元々俺は家と大学往復の交通費を除いて100円程度しか毎日持たされていないから、土佐にはクレープなんて買わないって言ってある。でもそれは、100円でクレープが買えるとは思ってないからであって、まさかこんな、2000円以上もするとは予想外だった。こんなんなら、普通に金持っててもぜってー食わねーよ。 「えー、カワイイじゃん。及川にはこのイチゴのが似合うかなー。それか、こっちのリスのやつ?」 うーんと土佐が悩んでるけど、自分が食うやつなんだから自分基準で選べよって思う。変なやつ。 けど、手持ち無沙汰だから、暇潰しに土佐が悩んでる二つを見比べてみた。 リスのやつというのは、栗のペーストの上にホンモノの栗とチョコレートでできてるっぽい立体のリスが乗ってる、ケーキのモンブランさながらのクレープだ。 イチゴのは、これでもかという程スライスされたイチゴが乗っていて、赤いのだけじゃなくてピンクとか白のイチゴも混じっている。店の紹介文によるとイチゴの花束をイメージしているらしい。 ………花束とかあんまいい思い出ないし、栗は割と好きだから、もし俺が選ぶとしたらリスかな。 そう思ったのと、それはほぼ同時だった。 「リスの森のモンブランください!」 土佐が元気よく、男が言うには少し恥ずかしいその名前を口にした。 「なあ見てこれ、かわいー」 程なくしてリスのクレープを受け取った土佐が、「女子か」と思わず言ってしまいそうになる台詞といい笑顔で振り返った。 「はい」 「あ」 店の前に設置されていたパラソル付きのテーブルについた途端、土佐が当たり前の様に俺にクレープを差し出してきたから、思わず受け取ってしまう。 「やっぱ似合う!カワイイ!」 「おい……」 「リスでせーかいだったな!及川、カワイイ!」 目を輝かせてはしゃぐ土佐は、可愛いを連呼しながら俺にスマホを向けた。 「な、写真撮ってい?」 「やだ」 「なんでーいいじゃん!」 「やだよ」 「そのクレープ、インスタ用だから!」 「意味わかんねーし……」 「写真撮んないと損するってこと!」 「じゃあお前が一緒に映ればいいだろ」 ずいっとクレープを差し出すも、土佐は受け取らない。 「おい、撮ってやるって言って、」 「俺は及川を撮りてーの。な、お願い!一生のお願い!」 土佐は合わせた手を額の前に掲げて、アホみたいに必死だ。 「バカじゃねーの……」 そんな事に一生のお願い使うなよ。本当バカ。けど、そんな事にバカみたいに必死な土佐は憎めなくて、それどころかちょっと可笑しくて……。 カシャッ。 電子的なシャッター音がした。 「やべー……今の及川、すげー………」 土佐が聞き取りづらい声で何か呟いている。 「お前、勝手に撮ってんじゃねーぞ」 「はは、ごめん、手が滑った」 「ぜってーウソ……」 「わ、やっぱこの及川、やっべー………」 また何かブツブツと。 「さっきから何言ってんだよ!」 すげーとかやべーとか意味不明な事ばかり呟く土佐がさっきからじっと見てるスマホを取り上げた。画面に写ってるのは、俺とクレープ。さっき土佐が『手を滑らして』撮ったやつ。 「俺……」 「及川、すげーいい顔してる。柔らかくて、すっげー可愛い」 俺が思った事の半分くらいを、土佐が言った。柔らかい……と言うのだろうか、表情が緩んでいる。俺が鏡の前で見る自分の顔とは、全然違う。 「俺、こんな顔だっけ……?」 「……いつもじゃねーけど、前まではよくこんな顔してたぜ。最近はあんまり見れなくなってたけど……。でも、及川はやっぱそうやって気ぃ抜いてる方が可愛いよ」 俺は、自分には表情がないと思ってた。鏡に写る自分はいつも無表情だったし、笑うことだって、敢えてそうしないと出来ないって。けど、土佐に見せられた写真の俺は、笑ってた。いや、世間一般で言う『笑顔』ではないのかもしれないけど………土佐の言葉を借りれば、心で………。 「待ち受けにしていい?」 「はあ?バカやめろ」 ちょっとしんみりしそうだったのに、本当にこいつは……。 土佐なら悪ふざけで本当にしそうだから、スマホを弄る手を払っておく。 「ちょ!落とすって!」 「落としてしまえ」 まあ、本気の攻撃じゃない。ただのじゃれ合いだ。けど、これでこの会話にはオチがついた……筈だった。 「なあ及川、まじでだめ?」 「はあ?お前、まだ言ってんのかよ」 「だってさ、ほんっとすっげー可愛いから!」 「いやいや、意味わかんね」 「だって画面開く度にこんな可愛い及川が見れたら、俺毎日幸せだよ?」 土佐はここにきて、今日一の笑顔を見せた。 「……なんなのお前、きもい」 「ううっ、いてぇ……」 ちょっと引いたら、土佐は情けない声を出して、しかも胸を手で抑えていかにも『傷ついています』ポーズをとった。 「お前って、ほんっとにバカだな」 「おい、今の『ほんっと』は感情込めすぎ!」 「だってバカじゃん」 こんなくだらない話題をここまで引っ張る土佐は本当にバカで―――――。 「及川…………」 土佐がまたぼそっと何か言った。 口を尖らせて「何だよ」って言ったら、笑って「何でもねーよ」って。 そう答えた土佐は、目を細めて凄く優しい顔して俺を見てきた。その視線は慣れなくて何だかくすぐったいような感じがして、俺はそれ以上の追求ができなかった。それどころか、目線を合わせる事だって。 何でこいつ、こんなに俺に構うの。優しいの。温かいの。 何で俺は――――――。 聞き間違いじゃなければ、さっき土佐は、「及川笑ってる」って言った。 気まずいとは違う種類の居心地の悪さを感じつつ黙々とクレープを食ってたら、またカシャッって、スマホのシャッターの切れる音がした。 「ジャーン!これならいーだろ?」 人の心情を知ってか知らずか、相変わらず能天気な声の土佐がまた俺にスマホを向ける。 また勝手に撮りやがって、とちょっと憎々しく思いながら見たそれは、予想に反して画面いっぱいの食べ掛けクレープのドアップだった。 「こんなん、どうすんの?」 所謂インスタ映えする要素は、もう殆ど食っちまってるけど。 「え?待ち受け」 土佐が当然の様に言った。 「は?これを?」 何言ってんだと訝しむ俺に、土佐がこっくりと頷く。 「この写真にさ、色々詰まってんの。今日の思い出とか、カワイイ及川とか。俺、これ見る度に今の幸せな気持ちを思い出せると思う!」 土佐はニカッと笑って、宣言通り待ち受けに設定した、お世辞にも綺麗とは言えない食いかけクレープを俺に見せてきた。 「………お前、やっぱバカなの……」 憎まれ口を叩きながら、本当は鼻がツンとしてた。土佐がバカ過ぎるせいで。 ―――本当は………大事にしてもらってる気がしたから。 「……バカでも何でもいい。俺は及川に笑ってて欲しいんだ」 土佐が真面目な声色で言うから、胸がきゅっとなってまた鼻がツンとした。 俺はまた強がる為に土佐に「バカ」と言って、それから顔を見られない様にそっぽを向いた。 ―――本当は気付いてた。けど、認めて寄り掛かるのが怖かった。今でも怖い。 土佐のバカな言葉に。能天気さに。明るさに。優しさに。―――俺がいつも救われていたこと。

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