101 / 185

デート 2

公園のベンチに好きな相手と並んで弁当を広げる。 天気は快晴。高い秋の空は澄み渡っていて、心地よい風まで吹いている。 これってなんてドラマ?ってくらいに、俺今青春してる……。 その好きな相手には彼氏がいて、今食べてる弁当の中身もその彼氏のお手製だっていうドロドロした設定は、なるべく頭の隅の方に追いやる。けど、俺特製及川お気に入りの玉子焼きは、ちゃっかり及川の弁当箱のおかずコーナーを覆い隠さんばかりにお裾分けしておいた。 柴犬を連れたおじいさんが、目の前を通る。及川もそれを目で追っている。 「なー及川。及川は犬派?猫派?」 「……犬かな」 及川は、またそれかって表情だ。 「犬なんだ、意外!なんで?」 「別に。なんとなく」 そうなんだ、及川犬派かぁ。本人は猫っぽいけど、犬派なんだぁ。 そんな一般的にはどうでもいいとすら思える情報すら、俺にとっては愛おしい。だって大好きな及川を構成する要素なんだから。 俺は、ともかく及川の事が知りたくて、この手の質問を繰り返している。好きな食べ物ベスト3に始まり、ラーメンのスープは何味派か、コーヒー派か紅茶派か、好きなスポーツ、好きな教科、好きな色、果物、スイーツ、ジュース………思い付く限り質問して、俺の知らない及川を埋めていった。 「土佐は?」 「ん?」 「土佐は、犬猫どっち?」 「俺?俺は……」 及川をチラッと見る。軽く小首を傾げているが、俺が犬派か猫派かについては大して興味はなさそうだ。会話の流れとして聞いてくれたんだろうと思うけど、及川から質問されたことが嬉しくて俺はたったそれだけのことで舞い上がる。 「猫も好き。気まぐれで気位高そうな感じが可愛いくて。けど、及川が犬っつーなら、犬もいいなー」 「んだよそれ」 真剣に悩む俺に、及川が可笑しそうに言った。にっこり分かりやすく笑顔じゃなくても、俺には分かる。及川楽しそうだって。 ああ……ほんとこういう及川久しぶりで……可愛いな……。 今日は、夢かな?ってぐらい、及川が可愛い。これまでのどーでもいいって表情から一転して、柔らかな顔を見せてくれるし、ぶっきらぼうな及川なりの、多分最大限の楽しいって感情がひしひし伝わってくる。気を抜いてる感じは強くないから、高校の頃とまるっきり同じではない。と言うか、気を抜いてるって言い方とはどっちかって言うと正反対だ。けど、萎縮したり緊張してる訳ではなくて、真剣……っていうの?この時間を大切にしていると言うか。 何故それが分かるのかと言うと、俺もそうだからだ。及川とのデートの時間、一分一秒だって無駄にしたくない。そんな気持ちを、及川からも感じる気がするからだ。 あれ、けど、これが気のせいじゃないとしたら、及川も俺の事好きってこと?………なーんて。 ま、それは置いておいて、さっきのリスのクレープ、カワイイ及川に鬼の様に似合ってたし、やっぱ及川って結構甘党なんだよな。「いらねーの?」なんて言って一応遠慮しながら、けどまー美味しそうに食べちゃって、そんな姿がカワイイの何のって……。「あーん」って口開けたらフツーにくれたし(初の逆あーんすんなり成功)、その後もフツーに俺のかじったとこから及川が食うから、間接キス成立ってことで、そんな程度でいちいちドキドキして喜んじゃってるこの空間幸せ過ぎるだろってニマニマが止まらないし、もうともかく幸せ過ぎるんだって、このデート。 この上ない充実感と幸福感を覚えつつ、こんな場面、嫉妬深い天城先生が見たら発狂するだろうなって考えたら、ちょっともやっとして、でもそれ以上に強い優越感を覚えた。 及川こんなだから、天城先生もちょっと異常なくらい束縛してんだろうな……。だって無防備すぎるというか、気を許しすぎるというか。 ……まあ、及川からしたら俺はただの友達だからなんだろうけど、それにしたって勘違いしそうになる。だって俺といてこんなに楽しそうだし、あーんしてくれたし、それに、及川リサーチの一貫で好きな食べ物を聞いた時、その第一位はなんと俺の焼いた玉子焼きとか言ったんだぜ。彼氏が毎日こんなに手の込んだ弁当作ってくれてんのに、だ。 その癖相変わらずキスマークは毎日場所を変えてつけてくるし、彼氏に貰ったアクセサリーは必ず身に付けてるし、今日は別としていつも大体俺の事も含め何もかもどーでもよさそうにしてるし、及川、本当お前何考えてるのかわかんねーよ。 そんなミステリアスな所にも、どうしようもなく惹かれてるんだから、及川は控え目に言って小悪魔だ。悪い子ちゃんだ。けどそんな所まで好きだ。 あー。もう少し。いや、本当は今日一日。もっと言うともうずーっと及川を独占してたい。天城先生のとこに、返したくねーよ。 それなのに、もう弁当も食い終わって、そろそろ大学に戻らないと午後からの授業に間に合わないって時間になってしまった。及川は既に弁当もしまって、俺がノロノロ片付けをしてるのを待ってる。これはもう、俺の荷物片付けが終わったら、「さ、行くか」ってなる流れだ。 「なあ及川、なんかダルくねー?」 「?」 「午後の授業、まじダルい」 「あー……だな」 「サボっちゃう?」 「…………無理」 「はは、だよな」 完敗すぎて乾いた笑いを漏らすしかない。及川もダルいって言うからちょっと期待したけど、だよな。及川基本真面目だし……てか何よりも午後からあのゼミあるし。 はあー、完敗だ。俺が及川独占できる時間はあとちょっと。あの人は及川が大学にいない時間の全部+ゼミの時間。俺はゼミの時及川に近づけないし、及川は『独占欲の強い彼氏』に気を遣って絶対に俺の方を見ない――――。 …………。 やめやめ。嫉妬でモヤモヤすんのは今じゃない。ともかく、もうあとは大学に向かうまでの間しか及川と今日過ごせる時間はないんだから、1分だって無駄にできない。 何考えてんだか読めない表情で俺の隣を歩く及川を見て、すうっと息を吸って気合いを入れる。 本当はこのデート、楽しいことだけして、楽しい気持ちのまま終わりたかったけど。

ともだちにシェアしよう!