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デート 3
「なあ及川。岩崎となんかあんの?」
聞きにくいからこそ、一気に言った。
明らかに不穏だった二人の間の空気。ただの喧嘩なら別にいいけど、そうじゃない様に見えた。
普段なら足を踏み入れない人気のない廊下(何を隠そう及川の休講を知って及川を探し回っていたのが功を奏した)で、反響していたのは岩崎の猫撫で声で、普段ならそんなのに動じないであろう及川の声は、物凄く余裕がなかった。例えて言うなら、会社で一番力を持ってる社長と新入社員。それくらい二人の間の力関係は対等じゃない感じがしたし、それに……これはもっと問題だけど、岩崎の鼻の下が伸びてる様に見えた。つまり、セクハラ的な痴漢的な、そういういやーな臭いを感じたのだ。
もしも本当に及川がそういう嫌がらせを受けてるなら、しかも、何か弱味でも握られているとしたら(例えばよっしー関係で脅されたりしたら多分及川ひとたまりもない)、早急に何か手立てを打たないといけない。けど、及川はこんなに綺麗で彼氏がいるけど、それでも紛れもなく男で、当然男のプライドがある。だから、軽はずみに「お前セクハラされてる?」なんて事はあまりに無礼に思えて聞けない訳で。
「……別に何も」
及川は極めていつも通りの声量と声色で答えた。けど、俺から言わせればそれがかえって怪しい。だって実際なんかあったのはこの目で見てるから明白だ。それなのに誤魔化そうとするのは、トラブルの中身が言いたくない様な内容だから。
「何もなくてあんな風にならねーだろ」
「……たまたまちょっかいかけられてただけ」
「どんな?」
「別にいつも通りの」
「いつも通りって?」
「……少年院上がりだの、薬物中毒だの、そんなんだよ」
及川は冷静過ぎるほど冷静に自分への悪口を口にした。本当こうやって聞くとひでー噂……。けど、本当はそれ以上に屈辱的な事、されたんじゃねーの?
「及川、俺にはさ、なんか……お前が岩崎に迫られてる様に、見えたんだけど……」
「…………」
及川は何も言えないみたいだった。その無言は図星の証拠……。
「及川やっぱり、」
「違う。そんな訳ないだろ」
「俺別に偏見とかねえから。及川が困ってるなら、力になりたいだけで。お前の事、心配なんだよ……」
及川が俺の事をじっと見つめ始めたせいでドキドキして言葉がそれ以上続かなくなったけど、俺も話して欲しい一心で視線だけは逸らさなかった。
暫くそうしていたら、ふと及川が目線を落とす。それはまるで、「参った」って感じで。
「あいつ、そ……天城先生の、知り合いで……」
俺の解釈は合っていた様で、及川がぽつりぽつりと話し始めてくれた。俺は、一言一句逃すまいと真剣に耳を傾ける。
「あいつ、俺が他の男と喋んないか見張ってんの。……だから、土佐。お前、あいつが傍にいるときは俺に話しかけんなよ」
――――なんだそれ。
及川が言うのは、耳を疑う話だった。知り合いに見張らせる……って、それ、明らかに普通の恋人同士の束縛の度を越してる。いや、今まで聞いてただけでも異常だと思ってたけど、それ以上にヤバイだろ。
「それ、おかしくねえ?」
「……ずっと話しかけるなって言ってる訳じゃない」
「そこじゃなくて!天城先生だよ!そんな、見張らせるとかおかしーって!監視じゃねーか」
『監視』と自分で言った途端に思い出したのはよっしーの事だ。確かよっしーも美咲さんに『監視』されてるって……。
「絶対おかしーよ、何なのそれ。最近の流行?そうだとしても俺には全然理解できねーよ。及川はそんなんでいいの?」
「…………」
「なんでそんな横暴に従おうとすんの?好きだから心配って気持ちは分からなくもないけど、それでも天城先生のやり方は普通に考えて異常だよ」
「…………」
「お前さ、『宗ちゃん』が傷つくくらいなら自分が傷ついた方がマシとか考えてる?」
「…………」
「なあ及川、何とか言えよ。俺、お前の事心配なんだって。そんなに天城先生の事が好きか?そうやって自分を犠牲にする程……」
喋る度にヒートアップしてしまっている自分に気付いて、ちょっブレーキを踏む。
………俺なら、及川をもっと幸せにしてやれるのに。そんなキモい束縛とかしないで、いつも及川を笑わせてあげるのに。そうできないなら、及川が俺に振り向いてくれないなら、天城先生じゃなきゃダメだって言うんなら、せめて及川を幸せにしてやって欲しい。笑わせてやって欲しい。それなのに、及川はいつも全然幸せそうじゃなくて、天城先生のやり方は知れば知るほどおかしくて腹が立って許せなくて……ヤバイ。冷静になろうとしてんのに、またイラついてきた。
「………わかってる」
か細い声がした。それは、間違いなくずっと俯いたままの及川が発した声。
「わかってる……?」
俺は、及川の言った言葉がそれで正しいのかを確かめる為にオウム返しする。
「おかしいってこと、ちゃんと……」
及川の声は自信なさげに小さくて頼りないから、熱くなってる俺は、思わず「本当に分かってる?」って聞いてしまった。
そのちょっと意地の悪い問いに、及川は静かに、けどしっかりと頷いた。
「なら、さ。別れようとか、思わないの?」
「別れたい」って言葉が聞きたい。平然と聞くふりしながらも、そう願いを込めていた。
いつもは天城先生とのネガティブな話題については、大体はぐらかされたり答えてくれなかったりであまり教えて貰えないけど、今日の及川はすげー素直に話してくれてる。だから、このチャンスはどうにか手繰り寄せたいのだ。
「別れられない…………」
祈るように返事を待っていたせいか、及川が絞り出すようにそう答えるまでたっぷり1分はかかった気がする。
………撃沈。
及川も、理性では、天城先生おかしいって分かってるんだ。けど、本能で別れられない。スキダカラ。つまり、そういう事なんだろ……。
こんな酷い事されてまでスキって、どんだけだよ。ミスターになったぐらいで敵うの?あー、ダメだ。勝手に期待しただけだけど、上げられてから落とされるの、まじしんどい……。
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