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オバケの教室 4
土佐に見られて、抵抗して、それでもやめて貰えなくて、また抵抗して、ついに殴られた。頬を何度か叩かれ、髪を掴まれ頭を持ち上げられて、後頭部をガンガン机に打ち付けられた。そうしながら宗ちゃんは、「俺に逆らうな」って、何度も何度も言った。
気づいた時には、土佐はもういなかった。
「ちょっと病院に戻らないといけないんだ」
宗ちゃんが俺から離れたのは、散々殴られた後に騎乗位でイかせろって命令されて、それをなんとかやり遂げた後に漸くだった。
「今日は悪い子だったね」
「……ごめんなさい」
「まったく、愛由はいつになったら分かるの?生まれが悪いと覚えも悪いのか?俺に反抗するなんて100年早いって言ったよな?言っておくけど、さっきの甘いお仕置きで赦されたと思うなよ。後でもっと躾けてやるからな。血統書で言えばお前は雑種だから。それを、俺という上位数パーセントのエリートが見初めて恋人にしてやってるんだ、ありがたいと思わないのか?」
「…………」
「返事は?」
「………はい」
「家でいつもの服に着替えたら、地下室に入ってなさい」
「地下室……」
「俺が帰ってくるまで真っ暗な中で反省してろ」
「……………」
黙っていたらまた頬を叩かれて、返事をしろと怒鳴られる。
「………わかり、ました」
宗ちゃんは俺をわざわざ跪かせて『お掃除』を要求した。
そうして本当に満足したらしい宗ちゃんは、跪いたままの俺を罵倒したり脅したりしながら自分の衣服を整えると、ドロドロの俺を残して教室を出た。
それから―――――。
何でここにいるのか、よく覚えてない。
ザーッて音と冷たい感触に、どうやら自分は外にいて、雨に当たっている事が分かった。
振り返って見上げると、大学の校舎がそびえ立っている。奥の方に見える旧校舎の窓。それが目に入った時、ブワーっと記憶が押し寄せた――――。
宗ちゃんがいなくなった教室で、ひとり身体の汚れを拭いていた時、思った。どうしようもなく惨めだ、と。
心なんてどこにあるか知らないけど、思わず両手で抑えてしまう程には、胸の奥が痛かった。
もう、いいか……。
良いことなんて殆どなかった人生、その幕引きくらい自分でしよう。
岩崎は、まだ今のところ宗ちゃんに話してないみたいだったけど、チクるのは時間の問題だろうし、今日生き延びたとしても、明日は?明後日は?そんな風に毎日怯えながら過ごすのはたくさんだ。
この世に未練なんてない。
由信の事を裏切ってしまったし、土佐には、あんな所を…………。
二人にとても顔向けできないし、これまで通りに付き合うなんて事も、もう…………。
俺には、この世界にいる意味も、理由も、もうないのだ。
――――唯一、キラキラしてる思い出がある。
由信と土佐が作ってくれた思い出だ。それに、ほんの少しだけ後ろ髪を引かれた。
けど……どうせ生きていても、あんな思いはもう二度とできないのだから。思い出だけで生きていける程、俺の人生は楽じゃなさそうだから………。
立て付けが悪くてガタガタする窓を開けると、ザーザー雨が降っていた。
下を覗き見る。結構高い。
明日からこの教室に出るオバケは俺になるのかな。あ、けど、元祖オバケさんはこの上の屋上から飛び降りたんだった。
決定率を上げるためには、確かに少しでも高い方が確実だ。けど………上まで登る気力がない。
いっか、ここで。頭から行けば、ほぼ確実に死ねるだろう―――――。
――――俺、自殺しようとしてた。
なのに――――ここに立ってる俺は、オバケなんかじゃない。
ちゃんと雨は冷たいし、寒い。足もある。
――――死ねなかったんだ…………。
情けないなぁ。
なんでこんなに意地汚いんだろう。
小さい頃も、そうだった。右見ても左見ても、前も後ろも不幸しかなかったのに、希望なんてどこにもなかったのに、それでも死にたくなかった。
生きてたって何にもないのに…………。
分かってるんだよ。分かってるのに、なんで――――。
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