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命 1

こんな日に限ってバイトがない。気を紛らわしたいけど、サークル行って友達と騒ぐ気分でもない。これはヤケ酒か、なんて思っていた時、チャイムが鳴った。 誰だよ。まさか、しつこく復縁迫ってきてる元カノじゃねーよな……? ちょっと警戒しつつドアを開けると、そこには―――。 「及川……」 俺を悶々と悩ませてる張本人が、水を滴らせて立っていた。 「土佐……」 「え……!」 及川は、力ない声で俺の名前を呟くと、いきなりフラっと体勢を崩した。 「大丈夫か!?」 咄嗟に身体を支えて倒れずに済んだけど、及川はすぐに玄関ドアの枠に掴まって、俺から身を離した。 「……風邪引くぞ、中入れよ」 さっき触った及川の服はびしょびしょで、きっと身体も冷えきっているだろうと思った。及川がどうしてここに来たのか、どうしてこんなびしょ濡れになる程雨に打たれてたのか、気になる事は山積みだけど、ともかくまずは及川の冷えた身体を暖めないとって思った。 及川はさっき俺の名前を呼んだきり声を発さない。俯いた表情には、なんの彩りもない様に見えて、俺とデートしてた昼間までの及川とはまるで別人だった。 俺は何も言わない及川の腕を掴んで引っ張った。及川はよろけて、力なく玄関の中に入った。 「ちょっとここで待っててな」 ふらつきながらも素直についてきてくれる及川の手を引いたまま、結局リビングまで連れてきた。何となく、玄関の近くに放置してたら、フラフラと出ていってしまいそうな気がしたから。 ひとまず玄関に置いておくよりは安心だけど、それでも心配だから、ダッシュであんまり使ってない浴槽を洗って、お湯をためる。 「とりあえずこれ……」 風呂場から戻るついでに持ってきたタオルを、感情を無くしたみたいに無表情で立ちすくむ及川に手渡した。服のままプールでも入ったか?ってぐらい及川は濡れてるから、全身は無理でも、顔とか髪くらいなら拭けるかなと思って。 「んで、及川。風呂行ってこい」 「………え」 あ、よかった。反応があった。及川一応ちゃんと話は聞こえてるんだ。して、声も出るんだ。 そんな当たり前の事に発見を感じるほど、今の及川の様子はおかしい。 「今お湯はってる。多分、シャワー浴びてる間にたまると思うから、しっかり暖まってこいよ?」 戸惑っているのか動かない及川の背中を押して、脱衣所に押し込む。 「着替え、後で置いとくからな」 言い残して有無を言わさずパーテーションを閉める。 早いとこ濡れた服を脱いで暖まって貰わないと、及川の体温がどんどんどんどん奪われて、生命活動ができないレベルまで冷たくなってしまいそうな、そんな気がして……。 及川が以前ここにいた時に貸していたお馴染みの部屋着と、買い置きしてあった新品の下着を用意して脱衣所のパーテーションを開けるか開けまいか悩んでいたら、ちょうどシャワー音がし始めた。 よかった………。 ついさっき見た光景とかそれに付随した悶々とした思いは、いったん横に置くことができるくらい、俺は及川が心配だった。 こんなにも弱っている及川を見たのは、初めてだったから……。 シャワーを上がった及川は、頬に血色が戻って、一見さっきよりは元気そうに見える。 「ちゃんとあったまったか?」 「うん……ごめん、ありがとう」 声に力はないけど、さっきよりちゃんと喋れてるし、顔の角度も上がった。さっきはずっと下向いてたからな。けど、それでもひどく憔悴して見えるのは変わらない。 「どうした?なんかあったの?」 なるだけ、深刻になりすぎない様なトーンを心がけた。及川が気に入ってる『俺』が、能天気で軽いノリの俺だってことを知ってるから。 「……ごめん、俺……。もう来ちゃいけないって、思ってたのに……」 及川は俯いて、背中を丸めて、小さくなって、すごく申し訳なさそうに言った。 「何だよ来ちゃいけないって。何でだよ頼れよ。俺たち、……友達だろ?俺はずっとお前の味方だし、何かあるなら力になるから」 及川は控えめに俺を見上げて、暫くそのまま動かなかった。その表情には、いつもの体温が徐々に戻ってきていて――――。 「ありがとう……土佐」 ……ごめん及川。やっぱ可愛い。真面目な場面なのにごめんけど、可愛いよお前。そんな噛み締めるみたいに俺の名前呼んで、キラキラした目で見つめられたら、抱きしめたくなっちゃうじゃねーか。 首にまたいっぱい赤いのつけられてるし、さっきはがっつりやってるとこ見せられたけど、それなのにこんなに純粋で綺麗な眼差しができるのは何でなんだろう。計算か?計算なのか?俺なんか誘惑してどうするつもりだ。それとも、そもそも、誘惑するつもりもなければ、騙すつもりもないのか。天然なのか?天然で俺を誘ってんのか?あーもうわっかんねー。何考えてんだよ及川。 けど、ひとつだけ確かなのは………俺やっぱり及川が好きだって事。本性がどうであっても、騙されてるんだとしても、それでもいいって思えるくらい………。

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