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襲来 1

寝たは寝たけど、戦闘モードってうのか、アドレナリンが出てていつも通り熟睡はできなかった。 ぱっちり目が覚めたのは早朝5時半で、ソファから降りてすぐに寝室を確認しに行く。 ――――ちゃんと、いる……。 布団をすっぽり被って眠る及川を見て、改めて心に誓うのだ。俺が及川を守る。もう二度と及川が辛い目に合わないために、俺が…………。 ピンポーン………。 鳴り響いたのは、来訪者を告げるチャイムの音だった。こんな早朝に……? 「土佐……」 チャイムで及川も目を覚ました。ベッドの上で身体を起こして、不安そうな顔をしている。 「ここで待ってて」 「行っちゃだめ!」 及川も俺も、チャイムを鳴らしている相手が誰なのかについての認識が一致しているらしい。そしてそれはおそらく正解だ。及川が焦って俺を止めようとした時、またチャイムが鳴った。 「………」 及川は、じっと身を潜めるように微動だにしなかった。と言うより、恐怖に身体が固まって動かないと言ったほうが正しいのかもしれない。 そんな及川をどう安心させてやればいいのだろうと思っていたら、急かすようにまたチャイムが鳴った。続けて、ドンドンとドアをたたく音まで。 及川はついに自分の呼吸音すら不安材料になってしまったのか、両手で口元を抑えた。その手が、微かに震えているのに気付いた時、俺は決心した。 「俺がガツンと言ってきてやる」 昨日及川には止められた。現に今も及川は首を大きく横に振っている。けど、向こうから喧嘩売りに来たんだから、いいだろう。 及川がここにいることは隠すけど、及川の気持ちはハッキリ伝えるつもりだ。 「土佐くーん!いるんだろー!?」 相変わらずドンドンドアを叩きながら、想定通りの相手が叫んだ。 この家の玄関のドアは薄いけど、それでも結構な声量だ。今何時だと思ってんだよ。完全に近所迷惑だろ。 「ちょっと、行ってくるわ」 当人の声を聞いて更に恐怖が倍増したのか、及川はガクガク震えてもう首を振ることもできないみたいだけど、その目は多分、いや、確実に「行くな」と言っている。 「絶対に何があっても出てくんなよ」 もう行くって決めて、最後に念を押した。 俺が居留守使って及川の傍にいるだけで、及川の恐怖が完全に和らいで安心できるって言うならそうするよ。けど、絶対そうじゃないから。そこにあいつがいる限り、及川はずっと怖いんだろうし、相手もちょっとやそっとの居留守で諦めてくれそうにない。なら、ちゃんと対峙して、帰らせるしかないのだ。 及川のいる寝室のドアをきっちり閉めて、うるさい玄関へと向かう。心臓がバクバクしているのは、怖いからではなくて、俺の大事な及川にあそこまでの恐怖を植え込んだって事に怒っているからだ。 「何なんすか、朝っぱらから」 俺は、最初から主導権を握るため、不機嫌丸出しで対面した。けど、相手は……天城先生の姿は予想外すぎた。 「すまない土佐くん……」 いつも張り付いている微笑は皆無で、余裕のない顔をしている。よく見ると、いつもびしっとしている服もなんだか今日はしわが寄っていてよれよれで、疲れ切っているという言葉を体現した風貌で立っていたのだ。 「愛由を知らないか……?昨日から突然いなくなってしまって……。一晩中探しても、見つからないんだ……」 天城先生は今にも泣きだしそうな声で言った。好戦的だった俺の毒気が一気に抜かれてしまう程、みすぼらしい姿だった。 「LINEを送っても返ってこないし、もしかしたらどこか連れ去られたんじゃないかと思うともう、心配で……」 「……実家にでも、帰ったんじゃないですか?」 「実家って、由信くんのところかい?もちろんすぐに行ってみたけど、いなかったよ。他に心当たりはない?」 「いや……知らないっす」 「そうか……。やっぱり、捜索願を出すしかないのかな……」 捜索願……?そんなの出されたら、及川困るんじゃないかな。あいつ警察嫌ってるし……。 「あの、天城先生。捜索願は必要ないです」 「……どうして?」 「俺、及川がどこにいるかは知ってます。けど、あなたには教えられない」 「愛由は、無事なんだね!?」 天城先生がわざとらしいくらいの歓喜の表情で俺の肩に掴みかかろうとしてきたから、俺は距離を取りたくて後退りしてしまった。その分、天城先生を玄関の内側に入れてしまったのは明らかな失敗だ。 「……及川は元気です」 「どこに!どこにいるんだい!?」 「だから、それは教えられません」 「なんで……どうしてそんな意地悪なことを言うんだ?」 「及川がそれを望んでいるからです。はっきり言うと、及川はあなたと別れたがってますから」 「え…………」 天城先生は、予想もしていなかったって顔をして、そしてショックの為か身体をよろけさせた。当然、及川がそうなった時みたいに抱き留めたりはしなかったから、天城先生は壁に寄り掛かってかろうじて立っている。 「そんな、そんな嘘だ。俺たちはちゃんと愛し合っていて、うまく行っていたのに……」 「本当にそう思います?及川にあんな酷いことしておいて?」 「……酷いことって、なんのこと?」 「そんなの、自分の胸に手を置いて考えればわかるでしょう?俺は、口に出したくもないです」 「もしかして、あれか……?一昨日、愛由を抱かなかったから……」 「は?」 「毎日抱くって約束したのに、あの日は疲れていて……。そのお詫びに、愛由にねだられるままに大学で抱いたんだけど……それでも許してくれてなかったのか……」 ……何言ってんだこいつ。 「そんな理由な訳ないだろ!」 「でも、俺達の間の問題はそれしかないよ。愛由がセックス依存症気味なこと以外は、俺たちはとてもうまく行っていたから……。ああ、今でも信じられないよ、どうして愛由は……。土佐くん、他に何かあるなら、どうか教えてほしい」 天城先生がまたずいっと身体を寄せてきたけど、今回は逃げなかった。これ以上こいつを及川に近づけて堪るか。 ……と言うか、及川がセックス依存?あの自制心の塊みたいな及川が?ふざけんな、あり得ないだろそんなの! 「とぼけんなよ!あんた、及川に暴力振るってただろ!」 「暴力……?俺が?……もしかして、あれを、傷跡を見たのかい?それとも愛由がそう言ったの……?いや、それはどっちでもいい。けど、ともかく、あれは俺じゃない。愛由は……愛由には、自傷癖があって……。俺も見つければ止めてたんだけど……あの子は複雑な家庭で育ったから、どうしても心に傷があって……」 言うに事欠いて今度は自傷癖かよ。怒りを通り越して呆れるわ……。 「もういい。嘘も、言い訳も結構です。ともかく、及川に申し訳ないって気持ちが少しでもあるなら、もう及川のことは忘れてやってください」 「忘れられるわけがないじゃないか。土佐君だって、見ただろう?昨日俺たちは、心の底から愛し合っていた。愛由が嫌がってたかい?痛そうにしていたかい?」 「…………」 あれは……及川に忘れろって、言われたから、考えない事に、してたのに――――。 「土佐くんの目から見ても、俺たち愛し合っているように見えただろう?」 「……違う!あれは……及川が嫌だって言えないから、だからそんな風に見えただけで……!」 あれは、忘れなきゃいけない事だけど……俺にとっても結構心を抉られた場面だったから、そう簡単には……。 天城先生の暴力に気付いてからは、及川きっと嫌って言えなくて、あの情事も半ば無理矢理だったのだろうって認識してる。けど、正直な所、頭から離れないのだ。及川の感じてる声とか、あの瞬間覚えた感情は。及川は望んでいなかった筈だって事実に、早く塗り替えてしまいたいのに――――。 「……後出しって言われたら困るから、先に白状するよ。たまには……愛由にねだられるままにSMプレイをしたことはある。ちょっと縛ったり、鞭で叩いたりね。けど、断言して言うけど、愛由が望んだんだ。俺は、そんなプレイよりも普通に愛し合う方が好きなんだよ。だけど、愛由がどうしてもぶってほしいって言うから……。俺も、愛由に嫌われたくない一心だったんだ……」 あれが、あの傷が、SMプレイ?おねだり?いやいや、あり得ない。そんなの嘘に決まってる。だってもしそれが本当なら、全部ひっくり返るじゃないか。 死のうとしたって言ってた及川も、DVされてるの認めるのが辛そうだった及川も、ついさっき怯えて震えていた及川も、全部が演技で嘘ってことになる。 そんな筈ない。だから、天城先生の言ってる事は、嘘だ。俺は、及川を信じる。当然だ、DVヤローの言うことなんか、真に受けて堪るか。

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