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『土佐くんが困ってもいいの?どうするのが一番いいか、よく考えるんだ』 宗ちゃんが叫んだ言葉が頭から離れない。 俺はやっぱりここに来るべきじゃなかったのではないか。だってあの言い方。宗ちゃんは何を企んでいるんだろう。ただの脅し文句であって欲しい。だって、土佐を困らせる何かを本当にするつもりだったら、俺…………。 玄関が開く気配に、反射的にビクッと心臓が跳ねた。 ビニール袋のガサガサした音が近づいてくる。 「起きてた?適当にゼリーとかプリン買ってきたけど、何なら食べれそう?」 寝室のドアを控え目に開けて、土佐が顔を覗かせた。 「ありがとう。じゃあ、ゼリー貰ってもいい?」 「おう」 土佐は心なしか嬉しそうに部屋に入ってきた。その両手に、大きく膨れたレジ袋をぶら下げて。 「ゼリーな、桃と、ブドウと、みかんと、ミックスと……」 土佐が言いながら次々と袋からカップゼリーを取り出していく。 「すげー、いっぱい買ってきたな……」 「店にあったの全種類買ってきた。あ、蒟蒻ゼリーもあるぜ。どれがいい?」 土佐がニコニコしている。俺の為だけにこんだけ買ったのかな……。 「桃、貰ってもいい?」 「いーぜ!」 元気よく返事をした土佐が、ゼリーとプラスチックのスプーンを渡してくれる。 「いただきます」 「……体調はどう?」 「……うん、大丈夫」 答えたら、土佐の手が額に伸びてきた。ひんやりして、気持ちがいい。 「うーん、まだ熱いな……」 「ごめん、俺いつも……」 さっき宗ちゃんの話をしていた時だ。体調はずっとあんまりよくなかったけど、悪寒がし出して、ブルブル震える程になってしまった。俺は、極度の不安のせいかと思ったけど、土佐が今そうしたみたいに俺の額に手をおいて、言った。「熱がある」って。 昨日雨に打たれ過ぎて風邪引いたんだろうと思うけど、俺、土佐の前で体調崩し過ぎだ。土佐の傍は一番リラックスできる場所なのに、なんで……。 「気が緩んだんだな」 「え……」 「天城先生の前では、うかうか風邪も引いてられなかったろ。疲れてるんだよ、及川は。今は……少なくとも風邪治るまではさ、全部忘れて、ゆっくり休めよ」 土佐の優しい声が、言葉が、胸の中に染み込んでくる。その眼差しまで優しいから――――。 ベッドサイドでしゃがんでた土佐の肩に、吸い寄せられる様にトンと額を乗せた。それは、昨日ここに来た時と同じで、「気が付けばいつの間にか」だったけど、本当は、夢遊病の様にそうしてる訳じゃない。 俺が死ななかった理由。ここに吸い寄せられた理由。 それは――――、俺の中で土佐が、ずっと俺の希望になって俺を照らしてくれていたからだ……。 「怖かった……ずっと、怖くて堪らなかった……っ」 主語がなくても、ちゃんと理解してくれた。 土佐の頭が何度も頷いているのが分かる。力強い腕が、慰める様に俺の背中を優しく撫でてくれてる。 ――――こんな、泣き言なんか言って何になる。土佐をこれ以上巻き込むつもりか。宗ちゃんに言われたことを忘れたのか。困らせちゃいけない。俺なんかの事で、これ以上煩わせちゃいけない、のに…………。 「もう宗ちゃんのとこには戻りたくない……、帰りたくないよ……」 それなのに、弱音が止まらない。 身体だけじゃなくて、心まで風邪引いたのかもしれない。気が緩んで、緩みすぎて、いつも際一杯張ってた虚勢も仕事しないから……弱い所を、隠せない………。 「帰らなくていい。及川の帰る所はあそこじゃないから。及川が、帰りたい所に帰ればいい。いたい所にいればいい。それがここなら、ずっとずっとここにいていいんだから……!」 「………い、……。ここに……いたい………っ」 すがりたい。甘えたい。助けて欲しい。俺は、ずっと土佐に―――。 「及川……泣いてる……」 言われて顔を上げた。頬に手を持って行くと、確かにそこは濡れていて……。 「泣ける様になったんだ……」 土佐が眉毛を下げて、ちょっとはにかんで。「よかった」って言いながら、肩に凭れ掛かっていた俺の身体を抱き寄せた。 「ここにいろよ、及川」 土佐は何度も、何度も。俺の気持ちが落ち着くまでずっと、そう言い続けてくれた。

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