目を開くと、窓の向こうに綺麗な星空が見えた。 あの後……土佐の前で盛大に弱音を吐いて泣いた後、泣き疲れて眠ってしまったのだ。 ギャーギャー騒ぐだけ騒ぎ倒して寝るなんて、子供みたいだ。そうでなくても、みっともない姿晒して恥ずかしいのに。 けど……驚くくらい心がすっきりしている。憑き物が取れたみたいに、今は晴れやかな気分だ。 ベッドの上で身体を起こすと、そのほんの少しの物音が耳に入ったのか、土佐がドアのところから顔をのぞかせた。 「あ、ちょっと待っててな」 そう言って奥に消えた土佐が、今度はペットボトルを片手に戻ってきた。 土佐が持ってきてくれたのはスポーツドリンクで、「はい」と手渡されたので、ありがたく封を開けて飲ませてもらった。一口飲んだら、それが呼び水みたいに喉がカラカラになって、一気に飲み干してしまう。 そんな俺の姿をしみじみと土佐が眺めていた事が不思議で、何だろうと首を傾げたら、土佐がふっと表情を和ませた。 「元気そーでよかった。及川ずっと寝てたから、心配したわ」 「今、何時……？」 「９時」 ちょっと絶句だ。朝の９時ってことはないから、夜の９時ってことだ。流石に、寝すぎ。土佐が心配するわけだ。 「体調はどう？」 「いいよ」 「あー、ほんとだ。大分平熱に近い。よかったな」 ニッと笑う土佐の言う通り。土佐の手がもうひんやりと感じないってことは、熱は下がったんだろう。 「心配、かけたな……」 寝る直前の事を思うと、気恥ずかしくて照れ臭くて土佐の顔をまともに見られない。ゆっくり休ませて貰って体調が回復したのも、弱音を聞いてくれて心を軽くしてくれたのも、全部土佐のお陰だから、ちゃんとありがとうを伝えたいのに、どうしても固くなってしまって……。 「及川、アイスあるぞ。食える？」 モジモジする俺とは対照的に落ち着いてる土佐から、そんな嬉しい提案があった。俺は気まずさをちょっとの間忘れる事にして、即答する。 「食う。食える、アイス」 「よし。起きれるか？」 「おう」 リビングは照明がついていて、暗闇に慣れた俺の目には眩しかった。 「何系がいい？」 土佐が、冷凍庫を開けてごそごそしている。 「うーん、あるなら甘い系」 「おっけ」 土佐が持て来てくれたのは、ソフトクリームだった。もう目は慣れていて、その色彩までしっかり見える。バニラとチョコのミックスだ。 「ありがと」 ぱかっとプラスチックの蓋を外して、ソフトクリームをほおばる。冷たくて、甘くて、クリーミーで、美味しい。これは、あれだ。100円のじゃなくて、コンビニに売ってるちょっといいやつ。コーンがワッフルコーンの……。 「美味い？」 「うんまい」 超うまい。 無心に食べてたら、土佐がふっと笑った。がっつきすぎだった？けど、うめーんだもん。 「及川さ、甘いもん食ってるとき幸せそうだよな」 「ほうか？」 土佐は頷いて、優しい眼差しで俺を見た。 ……なんだよ、優しい眼差しって。なんだよ、照れるだろ。なんかくすぐったい。 餌付けしてもらってるみたいだけど、そのあとコンビニで買ってきてくれたであろう弁当もご馳走になった。 土佐はもう夕飯を食べた後だったらしく、俺が食ってるところをまた『優しい眼差し』でずっと見てた。 初めは照れ臭かったけど、だんだん慣れてきて、いつもの調子で食べ進めた。普通にお腹すいてたから、途中から弁当のことしか意識できなかったとも言う。 「なあ、もう俺元気だから」 「病み上がりなんだから遠慮すんなって」 土佐は、また俺にベッドを使えと言う。もう熱も下がったし、2日連続なんて申し訳なさ過ぎて遠慮したいのに、土佐はそうさせてくれない。どうしたら土佐がベッド使ってくれるんだろう。 ……あ！ 「じゃあさ、一緒に使う？」 「は……？」 「俺そんなでかくないし、ギリ一緒に寝れるんじゃね？」 これはいい作戦だ。寝入りだけ俺も一緒にベッド入って、土佐が眠ったら俺がソファに移動すればいいんだから。 「いや、それは……」 「いーじゃん。行こう。ほら、寝てみよう？」 シングルベッドだと思うけど、寝れないことないと思うんだよな。 渋る土佐を引っ張って寝室に入って、ベッドを指さす。 「先に寝て」 「や、でも……」 「いーから」 とんと背中を押したら、ようやく土佐がベッドに乗り上げて、渋々って感じに壁際に仰向けになった。 「……ほらな。全然いけるじゃん」 土佐の横に身体を横たえる。布団もちゃんと土佐と俺の二人にかけて。 まあ、ちょっと腕とかは当たっちゃうけど、俺は全然気にならない範囲だ。 土佐はどう思ってるかな。そう思ってすぐ横にある顔を見たら……。 「え、なんだよ、どーした……？」 土佐は、びっくりするくらい顔を赤くしていた。 「いや……だって……」 「おいおい土佐。俺、女じゃねーからな」 そう言いながらも、自分の顔が女みたいなのは知ってる。嫌だけど、認めざるを得ないのだ。そのせいでずっと女の代わりにされてきたんだから。 「んなの、知ってるわ」 ふざけて言ったつもりだったけど、土佐にしてはノリが悪い。壁の方、向いちゃったし。 さっきは俺が気まずかったのに、今度は土佐の方が気まずそうだ。 一緒に寝るっての、そんなに不快だったのかな？ 寝たらちゃんとあっち行くから、そんな怒るなよ。 俺の気まずさはと言うと、アイスが一瞬に留まらず忘れさせてくれた。 恥ずかしくない訳じゃないけど……土佐に泣き言言うのも、実際泣き顔見せるのも初めてじゃないし、あの時も今回も、土佐は温かく受け止めてくれた。 思い返してみれば、気まずそうな俺を気遣って、唐突なアイスの提案をしてくれたんだと思うのだ。そんな心遣いまでして貰ってんのに今更グジグジしてるのはおかしいし。 ……って、いつも俺よりよく喋る土佐が黙ってるから深く考察しちゃったけど、簡潔に言えば土佐が自然に振る舞ってくれるから、俺もそれに引き摺って貰ったって感じだ。 だから、俺が自然にしてたら、土佐も気まずさ忘れてくれるかも。 けど俺、土佐みたいないいトス、上げられるかな……。 窓の向こうに綺麗な星空が見える。今夜は冷えるのか、よく澄み切った夜空だ。