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星空 2

部屋の電気を完全に消したら、夜空の星は一層輝きを増した。 「なあ、星がきれいだぜ」 土佐みたいにうまい気の逸らし方が思い付かないから、星の話でもしようかなと思った。つまんなくても、気分転換くらいにはなるだろうし。 「ほんとだ……」 土佐が身体を仰向けに戻して、窓の向こうに目線を向けてくれた。 「あのすげー明るい星分かる?あれがこと座のベガ。で、その横の方にあるのがはくちょう座のデネブで、ずっと下にあるのがわし座のアルタイル。その3つを繋ぐと夏の大三角になるんだ」 「え、なに、及川星座分かるんだ」 土佐が興味深そうに俺と空とを交互に見ている。と言うか、もうあっという間に土佐はいつもの土佐だ。 「見つけやすいのだけだけどな」 「へー!何か意外」 「子供の頃は本当、星ばっか見てたから」 小学校の図書館でこっそり星座の図鑑借りてきて、一生懸命探したんだよな。なんか懐かしい。全然いい思い出でもないのに。 「なんかいいな。及川と星って、すげー似合う」 「そう?」 「綺麗なもの同士って感じがしてさ」 綺麗なもの……? 星は、確かに綺麗だけど、俺は全然綺麗ではない。 俺から見たら、土佐の方がよっぽど……。 「俺はガキの頃は走り回ってばっかだったなあ。あとはテレビとかゲーム三昧でさ」 やっぱり土佐は綺麗だ。 子供らしい事を沢山して、すくすくと育ってきた土佐には、きっと想像もつかないだろう。俺が、何をしながら、されながら、星を眺めていたかなんて。 けど、それでいいのだ。それがいい。清々しい程に健全な土佐が、俺は好きだから。 その後も土佐が「もっと聞かせて」って言うから、俺はちょっと得意になって、今見えてる星座や、比較的目立つ星の名前を教えてやった。 こんな風にゆっくり星を眺めたのは久しぶりだったし、誰かにこうして自分の知識を披露するのは初めてだったから、知らず知らずの内に気持ちが昂っていたのかもしれない。 「俺ずっと、星になりたいって思ってた」 口が滑った。あの頃の感情に、引き摺られて。 「星に……なる……?」 土佐が怪訝そうだ。 誤魔化さないと。そう思ってるのに、星を見ながら出てくる言葉は正直で……。 「あの目立つベガよりもっと明るい星が、もうちょっと寒くなったら見れるんだ。シリウスって言うんだけど……」 ペラペラ喋りながら、自分でも困惑する。何言ってるんだろう。こんな話、聞かせるべきじゃない。それなのに……。 「出来れば、そのシリウスの一番近くにいる星になりたかった」 小学校に入るまでは、その星の名前を知らなかった。けど、寒くなると現れる一際明るいその星―――シリウスが、俺の支えだった。 その頃の記憶の中で一番優しくて一番人間らしかった父親が、俺にとって一番輝いている人だった。だから、夜空に一番光るシリウスを、幼い俺は無意識に父親と重ねてたんだと思う。 「及川、それってまさか……」 土佐が言いにくそうに口ごもった。 人は死んだらお星さまになる。それは、俺だけが聞かされたお伽噺なんかじゃなくて、世間一般に浸透している与太話だ。 ――――本当に俺、どうしたんだろう。こんな事言ってもどうしようもないのに。聞かされても土佐だって困るだろうに。なのに、止まらない。止められない。 土佐に知っておいて欲しい、俺の事を。 その気持ちが強すぎて。 こんな風に思うのは初めてだ。俺はいつも、自分の過去を隠すことばかり考えて生きてきたのに……。 「由信と土佐に出会って、俺変わった。生きる事の楽しさを、教えてもらったから」 星になりたいって気持ちも、父親の事も、高校生だったあの頃は忘れていられた。 絶対に手の届かない遠くでただ光っているだけの大きな存在よりも、すぐ傍で俺と一緒の景色を見てくれる二人の存在の方が、俺にとって大事だったのだ。 「及川、お前…………」 「だから、ありがとう、土佐。こんな俺の傍にずっといてくれて、ありがとう」 星の魔力か。ずっと崇拝してきたから、そのご加護か。いつもなら照れ臭くて言えないこんな台詞も、今はスラスラだ。 「及川、やめろよ、そんな……。嬉しいけど、なんかお前、死にそうじゃん……」 俺が折角正直な気持ちを喋ってるのに、土佐は眉をハの字にさせて不安そうに言った。 「お前、俺の話聞いてた?」 「当然だろ、聞いてたよ!一言一句逃してねーわ!」 「だったら分かれよ。これは、俺の『死なない』って決意なんだから」 俺はまた、この世界で、由信と土佐と同じ時間を過ごしたい。

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