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北風と太陽 2

「土佐くん、それはズルいよ。俺は君が愛由に気があるのを知ってたけど、それでも会うのを禁止したりはしなかったのに。俺と君、考えている事は同じだよね?俺も君も愛由が好きで、独り占めしたいと思ってる。けど、それでも愛由を信じて自由にさせるのが大人のやり方だよ。閉じ込めて、自分しか見えない様にするのは、どう考えても卑怯だ」 「あなた、及川に俺と……って言うか、自分以外の男と喋るなって言いつけてたじゃないですか。そんなの、会うの禁止してるも同然ですよね」 天城先生の本筋からズレた話題には乗りたくなかったけど、そこだけは言ってやりたかった。全く自分に非がないみたいな言い方に、いい加減うんざりしていたから。 「愛由が、そんな事を……?確かに、あまり話して欲しくないっていう俺の気持ちは伝えた事はあるけど、言い付けてたって言い方はちょっと歪曲しすぎじゃないかな。事実、愛由は君とずっと親しくしていたんじゃないの?愛由が本当に俺が怖くて、俺の命令に逆らえないって言うなら、君との付き合いだってきっぱりやめてなきゃおかしいだろ?」 それは一理あ……いやいや、ないない。だめだろ、こいつの言うこと真に受けちゃ。 及川はいっつも1回は必ず俺の誘い断ってた。あれは正に天城先生が怖いからで、けど、それでもしつこくしたら乗ってくれたのは、いつもいつも辛かった及川にとって、俺の存在がオアシスだったからだ。 ―――これはちょっとポジティブに捉えすぎか……?いや、けど、及川が死にそうになって、それでも死なずに助けを求めに来た先が俺だったって事は、そういう事だ。昨日及川だって言ってたじゃないか。『俺(+よっしー)と出会って生きることが楽しくなった』って。『こんな自分と一緒にいてくれてありがとう、土佐(←ここ重要。これは確実に俺だけに言ってた)』って。 「全然おかしくなんかない。あなたへの恐怖心より、俺と一緒にいたいって気持ちの方が、及川の中で勝ってたってだけですよ」 自分で言いながら、そうだよそう言う事だよってちょっと得意になっていたら、初めて天城先生の顔色が変わった。口元をヒクリと引きつらせ、余裕の表情が崩れたのだ。 「愛由が、俺よりも君を取ったって……?」 「そうです。事実、及川はあなたの元を去って、自分の意思で今ここに……俺の所にいるんですから」 こんな異常なDV男を挑発する様な事、言うつもりなかった。しかも、及川がここにいるって認めちゃったし。まあ、けどこれはバレバレだったから今更か。 けど……初めて天城先生の余裕を俺が崩して、ダメージを与えたのを見て、どうしてもとどめを差したくなった。遠く、頭の隅っこの方で、「宗ちゃんを刺激しない方がいい」って及川の声が聞こえたけど、止められなかった。 「ふ……ははは………!」 顔をひきつらせていた天城先生が、いきなり高らかに笑い始めて、俺は思わず後退りした。あまりにも、不気味で。 「……ごめんごめん。けど、君のその勘違いぶりが可笑しくて」 「……勘違い?」 「愛由がどれだけ俺を愛してるか、君は知らないんだ」 天城先生はまた口許に笑みを携えていたけど、いつもの爽やかな微笑みじゃなく嫌味な笑い方で、俺はさっき感じた不気味さも忘れて、結構カチンときた。 「そっちの方こそ勘違いじゃないですか。及川はあなたを愛してなんかいませんよ」 「じゃあ君は、愛由から愛してるって言ってもらった事、ある?」 「それは……」 「ふん。どうせまだ告白もしてないんだろう。俺はね、もう何十回、何百回と愛由に『愛してる』と言われてきたし、事実毎日のように愛し合ってきたんだ。愛由が自分の意志でここにいると仮定したなら、君は、ちょっとヘソ曲げて駆け込んだってだけのただの都合のいい仮宿程度の存在だよ?それを、愛由に選ばれた?勘違いも甚だし過ぎて、笑うしかないじゃないか」 都合のいい仮宿……。その表現はちょっとズドンと来た。 前に「家を追い出された」って言って暫くここに一緒に住んでた時に味わった気持ちを思い出してしまったからだ。 あの時は結局家追い出されたってのは嘘で、本当はただの痴話喧嘩だったって聞かされて、思ったのだ。俺ってただの都合のいい男じゃんって。 今となってはその『痴話喧嘩』も嘘で、及川は今回みたいに天城先生から逃げ出して来たんじゃないかって思うけど、当時は全部真に受けるしかなかったから、結構ダメージを受けた。 及川がいつから暴力を受けるようになったのか分からないけど、俺はかなり初期の段階からなんじゃないかと踏んでいる。よっしーが初めて及川に痣があるのを確認したのが退院してすぐだって言っていたし、俺もその辺りから及川の様子がおかしいってずっと思っていたから。そもそも、あの入院だっておかしいのだ。入院中に骨折したっていう左足は、松葉杖を付くでもなく完璧に回復していたし、肺炎だけであんなに長く入院するっていうのもおかしい。 天城先生の言うことは多分嘘ばっかりだけど、告白してないのは図星だから、及川がどんな気持ちで俺を頼ってくれてるかは確かに分からない。けど、流石に都合のいい……はナイ……筈だ。だって及川はあんなに真摯に俺に「ありがとう」と言ってくれたし、それに「ここにいたい」って涙を流して訴えていたじゃないか。 「あ、そうそう。俺、君に俺と愛由がどれだけ愛し合ってるか分かって貰うために、動画を持ってきたんだけど、見てくれない?」 ちょっと及川の気持ちについて長考しすぎて、何も反撃できないままにまた天城先生のターンになってしまった。いかんいかんと思いながら何を言われたのか思い出してギクリとした。『動画』という単語に。 そして、「見るな」と気付いた時にはもう遅かった。目の前に突き出された動画は、サムネイルの時点でもう最高に気分の悪くなる絵面だった。 「こっち向けんな!そんなの見ないから!」 「どうして?土佐くんに分かって貰いたくて、監視カメラの映像を拾って一生懸命作ったんだよ」 天城先生は、「今見ないなら送るね」と言いながらスマホを操作し出した。 「いらねーよ、そんな悪趣味なもん!」 「酷いなあ。俺だって愛由を取り戻したくて必死なんだよ?愛由が誰と一緒にいることが一番幸せか、それを土佐くんに理解して貰いたいんだ。土佐くんは、愛由の幸せの為なら身を引ける潔い男だって俺は信じてるよ」 お前が俺の何を知ってるって言うんだよ、気持ちわりーな! 及川が一番一緒にいたい人。自分が幸せになれる相手。それは及川自身が決めるべきだ。俺は、俺であって欲しいって思ってるけど、及川から違うって言われたら……辛いけど、悲しいけど、頑張って諦めないといけないって思ってるし、潔く……はないかもだけど身を引くつもりだ。 けど………。 「及川があんたといて幸せ?それだけは絶対にないね!」 けど、こいつだけは認めない。例え及川の選ぶ相手が俺じゃなくても、そこだけは口出しさせてもらう。だって天城先生と一緒にいたら、及川はまた…………。 「だから、これを見て欲しいんだ。見てくれたら、きっと俺達の愛の深さを理解して貰え、」 「いい加減にしろ!及川、一昨日死のうとしたんだぞ!あんたと別れたくて、あんたから逃げ出したくて、死のうとしたんだ!恋人をそこまで苦しめておいて、愛し合ってた?幸せだった?寝言ほざくなよ!」 この事は、言うつもりはなかった。及川の弱った心を、こんな奴にさらけ出したくなくて。 けど、限界だった。 及川を死ぬほど苦しめた張本人が、まだ及川に執着して復縁を迫ってるなんて、俺から見ればまだ苦しめ足りないって言ってる様にしか聞こえなくて。 この人には、自覚が足りなさすぎる。罪悪感がなさ過ぎて、全然話が通じない。けど、流石に自殺を試みようとするくらい追い詰めたって事実は、いくら頭のネジが何本か飛んでそうなこいつにも、多少は響くのではないかと思ったのだ。 「死のうと……した……?愛由が……?」 天城先生の顔色が、さっき以上にはっきりと変わった。 顔から表情が消えて目の焦点が合っていないし、うっすらと声を震わせてすらいる。 及川が死のうとしたって事実は、思った以上に響いた様だった。想像していた以上の反応過ぎて、戸惑うくらいに。 「もう、帰ってください。及川の幸せのために、ください」 畳みかけるように言った俺の嫌味にも、天城先生は反応を示さなかった。無言のまま俺に背を向けると、そのままフラフラと歩き出した。 え、これって、完全勝利……? ついさっきまで減らず口叩いてたのに、あっさり過ぎやしないか。 表情とか態度の変化があまりに極端すぎて、相変わらずちょっと不気味な感じがするけど……。 まあ、何にせよ、あれだけダメージを受けたということは、天城先生にとって及川は、曲がりなりにも大事な存在だったのだろう。それだけ大事な人を、どうして殴れるのか。どうして悲しい顔をさせて平気でいられるのか。俺には、多分一生かかっても理解できない。理解したくもないけれど。

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