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おでこ

タンタンと階段を一段飛ばしで登って、急いで向かうのは勿論及川のところだ。 天城先生の不気味さはほんの少し気掛かりだったけど、そんなこと考えるより何より、1秒でも早く及川を安心させてやりたくて。 「土佐……」 及川は昨日と同じく、布団を被っていたんだと思う。昨日と違って、俺がドアを開けた時には既に首から上だけ布団から出してこっちを見てたけど、多分直前まで頭まで布団を被っていたからだろう、ほっぺたが少し上気している。 「ん、今日は大丈夫そう」 昨日はそれで油断して及川の発熱に気づくのが遅れたから、今日はすぐに額に手を置いてみた。今日は熱はなさそうだから、やっぱりほっぺが赤いのは布団被って火照ったせいで間違いないだろう。 及川のおでこには、昨日からこうして何度も触れてるけど、相変わらず及川は嫌がる素振りも見せずされるがままだ。 普通……俺だったら、男友達に前髪上げられてデコ触られたら気持ち悪いけどな。これは、及川が及川だから嫌がらないのか、それとも相手が俺だから嫌がらないのか、どっちに取ればいいんだろう。 昨日俺に色々及川自身の話を聞かせてくれたのも、気まぐれなのか、俺に聞かせたくて話してくれたのか、どっちなんだろう。 当然ながら、俺は両方とも後者であって欲しいって願ってるし、ぶっちゃけ7割くらいそうなんじゃないかなって期待しちゃってる。 「土佐、大丈夫?何ともない?」 及川の伸ばしっぱなしの長い前髪が俺の手で上がってるから、少しタレ目気味の輪郭に覆われた大きな瞳と、不安そうに下がった眉がいつもよりもはっきりと見える。 ………つまり、俺の手はまだ及川の額を触ってる。流石に熱を計るには長すぎって時間こうしてるけど、及川はまだまだ全然気にする素振りを見せない。 ちょっと気を許しすぎじゃないか。こんなんじゃあ、襲われても文句言えねえぞ。俺は本気で好きだからそんなことしないけどさ。けど、俺の前以外でもこんだけ無防備だったとしたなら……。やべえよ。すげー心配……。 「何ともないよ」 襲わないって心の中で宣言しておきながらあれだけど、これ以上触れ合ってたら自制心が仕事しなくなりそうな気がしたから、ぱっと手を離して、気持ち距離を取った。 「よかった……。今日も頼りきりで、ほんとごめん……」 「いーって。なあ、及川、朗報。宗ちゃんちょっと打ちのめされたっぽいから、もしかしたらもう来なくなるかも」 「え……?」 「『お前のせいで及川死ぬとこだった』って言ったら、かなりショック受けた顔してたからさ。流石にやりすぎたって反省してんじゃねーかなー」 俺はなるだけ明るく報告した。本当は、諦めたかどうかは五分五分だと思ってるけど、及川の不安を払拭してやりたくて。けど……。 「そう、かな……」 及川は全然ほっとした顔はしてくれなくて、多分俺に気を遣って否定はしなかったけど、『あいつはそんなことで反省するやつじゃない』って思っていそうな表情を浮かべていた。 ……まあそうだよな。ちょっと楽観的すぎたか。あの人、一筋縄ではいかなそうだし、及川の言うように確かに異常だし。だってあんな動画見せようとしてくるんだから―――。 考えてたらさっきの事を思い出して、確認の為部屋に置きっぱなしだったスマホを手に取った。 新着LINEが1件……。 開いてみると、やっぱりそれは天城先生からのメッセージだった。いらないって言ったのに、あの時送ってたんだ、あいつ……。恐る恐る見たサムネイルは、あの時に見た、二つの肌色が重なったもの――――。 「どうかした?」 動揺して、思わずスマホを放り出してしまったからだろう。及川が驚いている。 「いや、なんでも。ちょっと、手が滑って……」 LINEのトーク画面が開きっぱなしだ。あれを及川に見られる訳にはいかない。 俺は及川に拾われる前にスマホを取り上げた。怪しまれると困るから、素早くホーム画面にだけ戻すとスマホを手放した。 「気分転換に外にでも行く?」 「いい」 及川は即答で首を横に振った。 「そっか。だよな」 まだ不安なのに、外に出る気になんかなれないよな。 「土佐が、出かけたいなら、」 及川は思い出したように付け加えた。多分、俺を気遣って。 「ううん、俺もいいよ。てか、及川、こんな時なんだから俺に気遣わなくていいからな。思いっきりわがまま言って、甘えてくれていいんだから。寧ろそのほうが俺は嬉しいし」 「……けど、俺もう……今まで生きてきた中で一番、人に甘えてる……から……」 及川はたどたどしく続けた。「これ以上どう甘えればいいかわからない」って。 何言ってるんだよ。及川はわがまま一つ言ってないし、遠慮しきりだし、それなのに、こんなのがこれまでで一番甘えてるって、そんなの……これまで、どんだけ一人っきりで生きてきたんだよ。 いじらしくて、こんなに可愛いのに可哀想で、ぎゅーって抱きしめたくなる。 ベッドの上でそんなことしたら、本当に自制心がヤバいから、グッとこらえた。けど、こんなに可愛くて可哀想な及川を放っておくことはできないから、抱きしめる代わりに、最大限の理性を働かせながら、及川の頭をよしよしと撫でることにした。 「及川が今したいこと、して欲しいこと、何でも言って。俺、及川の為なら何だってするよ」 「うん……。けど、本当、思いつかなくて……」 もうこれ、軽く告白だよな。及川は何にも気づいてなさそう……っていうか、多分それどころでないんだろうけど。 俺今なら、及川に「手切れ金が1千万必要なんだ」とか言われたら、何としてでも工面して渡しちゃいそうなくらい、及川の為になんだってしてやりたい。 及川が悪女……いや、悪男子だったら、ヤバいな。だって、女のために会社の金横領とかしちゃう人の気持ちが、今なら少しだけ分かるから。 あ、バイト……。 「土佐、今日はバイトとかは……?」 俺が思い出したのと、及川がそう聞いたのが同じタイミングだった。俺たち以心伝心かな。 「バイトは……今日も休み」 「そっか……」 うん、嘘。あとでこそっと休みの電話入れる予定。けど、嘘ついてよかったって思ったのは、及川の「そっか」の後の「……」は、明らかに「よかった」って気持ちが入っていた様に見えたから。俺が今日もずっと及川と一緒にいることに、及川は安らぎを感じているのだ。そのほっとした表情は、ほんの少し気が抜けていて、やっぱりそんな及川はとっても可愛い。 「今日は家でゆっくり過ごそうな。漫画もいっぱいあるし、ゲームも新しいのあるぜ」 「うん……」 相変わらず頭撫でられ続けても嫌がらない及川が、上目遣いで俺を見て頷いた。この「うん」の後の「……」は、「ありがとう土佐」って言われたと、俺は解釈している。いや、絶対そうだと思う。及川のこの視線は、感謝を伝えているそれだ。 可愛すぎる。可愛すぎるよ及川。これ以上、俺をメロメロにさせないでくれ。

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