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明日

土佐は、いろんな漫画やらゲームを沢山勧めてくれたけど、何をしても気持ちが入っていかなくて、漫画はただ開いてるだけ、ゲームはただコントローラーを持っているだけって状態だ。こんなやつと一緒にいても土佐はつまらないだろうし、頑張って楽しもうとしてみたけど、どうしてもできなかった。 宗ちゃんからこのまま逃げ切れるとは、到底思えないからだ。 ただただこうやって、土佐の陰に隠れてるだけでは、終われない。居場所はバレてしまっているし、俺の逃亡に土佐が関わっていることだってバレてしまっているのだから。 宗ちゃんは、俺と直接話をするまでは絶対に諦めないだろう。いや、話をしたって、別れたいって直接意思を伝えたとしたって、きっと納得はしてくれない。 でも、じゃあどうすれば宗ちゃんから逃れられるのか、考えても考えても答えが出ない。このままずっと宙ぶらりんでいられる訳ではないのに。宗ちゃんがしびれを切らしたら、本当に土佐にだって何するか分からないのに……。 「及川、明日大学どーする?」 悶々と悩みながら、宗ちゃんと離れていられる貴重な一日は過ぎて行って、もう外は真っ暗だ。シャワーだって浴び終えて、もう寝るだけ。 また、明日の朝になったら宗ちゃんがやってくるかもしれない。土佐はもう来ないって言ってたけど、宗ちゃんは反省なんてする人じゃない。ましてや、俺が死のうとしたってことで反省するなんてありえない。「お前には死ぬ自由なんかない」って言ってひどく殴られる絵しか、俺には想像がつかない。 「大学……」 正直怖い。ここから一歩でも外に出てしまったら、宗ちゃんが入念に張った蜘蛛の糸に絡め取られてしまうんじゃないかって、怖くて……。 「休んじゃうか。及川病み上がりだし、もう一日くらいゆっくりしてよっか」 土佐は、きっと俺が行きたくないって思ってる事を汲み取って言ってくれてる。けど……。 「土佐は明日ちゃんと行かないと」 「及川一人ここに置いておけねーよ。いつ宗ちゃんが来るかも知れないんだから」 「だって、明日はミスターの発表だろ?」 「……及川、覚えてたんだ」 「忘れねーよ」 「うーん。けど、別にいいかな。ミスターになることに、今はそこまで重要性感じてねーし」 「何言ってんだよ。これまでずっと頑張ってきたんだし、取れそうなんだろ?グランプリ」 「おー、もう獲ったも同然。だから、いーんだ」 「土佐」 俺は咎めるようにその名を呼んだ。 土佐に明日大学を休む理由があるとすればそれは俺の為って理由だけで、そんなことで土佐が頑張ってたことが台無しになるのなら、俺は自分のことが許せない。 「だって……及川、外出るのまだ怖いだろ?俺はさ、ミスターなんかより及川の気持ちを尊重したいし、及川の事ちゃんと守ってやりたい。今の目標は、グランプリ取ることなんかより、断然そっちだから」 土佐の気持ちは固まっていそうだけど、ここは俺だって譲れない。 「俺も行くよ、大学」 本当は怖い。けど、明日休むだけで事態が好転することはあり得ないし、ずっとここに閉じこもっているわけにもいかない。遅かれ早かれ、いつかは外に出なければならないんだから。 「いーよ。ミスターなんかで、及川無理させたくない」 「無理なんかしてない」 「嘘つけ」 「……確かに、怖い。けど、俺は土佐が俺のせいでミスター取り逃がしたってなったら、一生後悔する。お前がどう感じようと、どう言おうと、俺は、俺のせいでって、ずっと自分の事責め続ける。そんな思いするくらいなら、大学行く事なんて何ともない」 何ともない、って言うのはちょっと強がったけど、その他は全部正直な思いだ。 「けど……」 土佐はまだ決心がつかない様だった。けど、土佐にとってもどうでもいい訳ないのだ。頑張ってきたその姿を直接見た訳じゃないけど、頑張って来なきゃ、グランプリに手が届く所まで行かないと思うし、ミスターにエントリーするって言ってたあの日だって………。あ、そう言えば………。 「土佐、あの時言ってただろ?」 「あの時?」 「ミスターになったら俺に何か話があるって。俺、それ聞きたい」 「及川……」 土佐の顔色が変わった。これまで即答だったのが、少し考え込む仕草を見せた。そして、暫く黙った後に、「分かったよ」って言ってくれた。 今日もまた、土佐は俺にベッドを使えって言って譲らないから、また一緒に使おうって提案した。 土佐は相変わらず嫌そうというか気まずそうと言うか。だけど、絶対的な拒絶はしてこないから、昨日みたいに簡単に押しきれた。 ……そうそう、昨日はうっかり先に寝てしまって普通に朝までいてしまったから、今日はちゃんと、土佐がゆっくり寝られる様にソファに行かないと。 「及川置いてった方がいいのか……?いや、でも……」 土佐はベッドに潜り込んでからもずっとこの調子だ。 「うちのドアなんか簡単に壊されそうだし、あいつなら壊しかねないし、やっぱり……」 「ごめんな、心配させて……」 「俺のほーこそウダウダして悪い。及川のがよっぽど胆据わってんなぁ……」 そんなこと、ない。土佐が俺以上に俺の事心配してくれてるから、それが安心感に繋がって落ち着いていられてるだけで……。 「俺、一緒に大学行くよ」 何が安全か、なんて、土佐同様に俺にだってわからない。けど、一人でここで留守番をしている時に宗ちゃんが来たら、逃げ切れるか自信がない。外に出るのも怖いけど、一人でいるより土佐と一緒にいたほうが怖くないし安心できる。 「その方がいいのかな……」 「うん……そうしたい」 「………及川がそう言うなら、そうするか……」 土佐はまだ悩んでいる様だったけど、そう結論付けた。 何を選択しても絶対にリスクがない訳ではないってことを、土佐も充分わかっているのだろう。

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