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知らない気持ち

ようやく土佐が眠った気配がして、そっとベッドを抜け出した。 人気のないリビングは、なんだか寒々して怖いような気すらしたけど……振り切るようにソファに横たわり、ブランケットを被った。 何も考えずに眠ろうと目を瞑ってみても、なかなか睡魔はやってこない。明日の事を考えて、というのもあるけど……何よりも玄関のほうが怖くて。 俺ってこんなに弱かったんだ。男のくせに、外が怖いなんて、一人が怖いなんて、格好悪い。 宗ちゃんのところから逃げ出してきてこれまで、俺は土佐と一緒にいるか、一人でいても、必ず外と俺の間に、土佐がいてくれた。それが、俺にとって大きな心の支えになってた事に、今初めて気がついた。 けど、きっと土佐は、俺の不安を分かった上で、俺を一人にしない様にしてくれて、俺にいつもベッドを使わせてくれていたんだろうな……。 これまで当たり前に受け取ってきた土佐の然り気無い優しさや心遣いが、こうして一人になってみるとしみじみあったかくて、有り難くて………無性に土佐が恋しくなった。 堪らなくなって、吸い寄せられる様に寝室に戻る。 土佐は、壁際のさっきと同じ位置で眠っていた。 (ゆっくり休ませてやろうと思ってたのに、ごめん) 心の中で土佐に謝って、そっとベッドに潜り込んだ。 土佐の体温で程よく温められた布団の中は狭くて心地よくて、土佐の傍にいるだけで不思議と気持ちが落ち着く。安心する。 不意に、あっちを向いて寝ていた土佐が寝返りを打ったから、仰向けになったその顔をじっと眺めた。 友人であっても、こんな近くでこんなに無遠慮にその顔を見たことはない。 結構綺麗な顔してるんだ……。 思わず見惚れてしまうくらい―――。 優しいし、格好いいし、背高いし、スポーツもできるし、頭も悪くないし、友達多いし、いい奴だし……。 俺の貧困な語彙力では言葉にできないくらい、土佐はともかく出来た男だ。 いつも、殆ど途切れることなく彼女がいるのも頷ける。土佐の彼女になる子は、幸せだろうな……。 けど、そう言えば土佐は一人の子とあんまり長続きしないんだって悩んでたな。……いや、別に悩んではいなかった気もするけど、そう言ってた。しかも、大体土佐が振られるって。 何でなんだろう。 土佐の事を知れば知るほど、こんないい男を振る子の気が知れない。もしかして、土佐にも宗ちゃんみたいな二面性があるとか―――って、ないない。ごめん土佐。 土佐には宗ちゃんみたいな執着心なさそうだし……って言うか、彼女っていう存在に固執してる土佐を見たことがない。いつもサラッと誰かと付き合って、いつの間にかサラッと別れて、そしてまたサラッと誰かと付き合ってるって印象だ。 あっさりさっぱり淡白な奴。彼女から見たら土佐はそういう印象なのかもしれない。そういう所もいいじゃんって俺は思うけど、女の子にとったら物足りなかったりするのかな。 ―――土佐は、どうして俺にこんなによくしてくれるんだろう。友達だから……だよな。けど、土佐って、女の子に対してもそうだけど、広く浅く人と付き合っている様な気がするけど、どうして俺にはこんなに……。 土佐…………。 もう一度、土佐の顔を眺める。 堀が深くて男らしい。今は閉じられてる切れ長の目は、垂れ目って訳でもないのに不思議と優しく見える。すっと鼻筋の通った高い鼻。いつもにニッと笑ってる印象の口は、閉じられている今でも、笑ってる様に見える。『大丈夫だよ、及川』って、優しく言ってる様に見える。 ――――――。 俺……何でこんな事……。土佐の顔が、近い―――――。 途中でやめることはできたはずだ。それでも、思いとどまらなかった。 土佐…………。 そっと、押し当てていた唇を離す。 ごめんって思いながら顔を上げたら、俺が奪ってしまった唇が、また『大丈夫だよ』って言ってくれた気がした。 ―――なんて都合のいい妄想。 けど……土佐の優しい声が蘇る度、優しい眼差しが浮かぶ度、胸がぎゅーっと押しつぶされそうな感じになる。 この気持ちは何。苦しいけど、怖くはない。苦しいのに、ぽかぽかする。 こんな気持ちになるのは初めてだった。 この気持ちは何だろう。 暫く考えてみても答えは出なくて、苦しいのに不思議と気持ちが安らいで、満たされて、やがて睡魔がやってきた。 (おやすみ、土佐) あったかい。すぐ隣にいる土佐の体温も、ぎゅーと締め付けられる胸の内側も、とても―――。

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