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ミスターコンテスト 3

「土佐、髪型だけちょっと弄らして?」 「ん、頼むわ」 全身トレンドおしゃれさんの本ちゃんが、どこからか自前のワックスを出して髪につけてくれる。本ちゃんに任せておけば大丈夫って絶対的に思える程度には、俺は本ちゃんのセンスを信頼している。 本ちゃんには本当に世話になった。ファイナリストは、マネジメントしてくれる人を一人選定できるのだけど、俺は数多いる友人の中から迷いなく本ちゃんを選んだ。ファイナリストになる前、エントリーしてすぐ、プロフィール写真から自己紹介の文面からインスタに載せる写真から何から何までを指導・監修してくれたのが、本ちゃんだったからだ。俺がここまで来れたのも、半分くらいは本ちゃんのプロデュース能力のお陰だと思う。あと半分は、俺の頑張りな。 髪をいじってもらいながら見つめる先には、手持無沙汰に壁際に立っている及川がいる。 白のタートルネックのカットソーに濃紺色のジャケットに細身のパンツ。金曜日に着ていた服を洗濯してそのまま着ているから、あれは間違いなく天城先生のコーディネートだ。だってもともと及川はそこまで服装にこだわるタイプでもなく、金をかけることもせず、カジュアルでリーズナブルで楽そうな服を好んでいた。それが、天城先生と付き合うようになってからは、全身ブランドで固めて、綺麗目でサイズ感とかシルエットもばっちり決まった格好をする様になって、及川の美しさに拍車がかかったのは──認めたくないけど認めざるを得ない。 170㎝あるかないかの身長で体格も華奢だから小柄に見えるけど、頭が小さくて手足はすらっと長いからスタイルは抜群にいい。染めてないのに色素が薄くて栗色の髪の毛も、琥珀色の瞳も、とっても綺麗だ。化粧やらカラコンやらヘアアイロンでばっちり決まってるファイナリストに残ったミスの女の子たちよりも、ずっとずっとナチュラルで美しくて、壁の花にしておくのは勿体なさ過ぎる。寧ろ高嶺の花だ。 「あのさ、本ちゃん。お願いがあるんだけど」 「ん、何?」 「俺がステージに上がってる間、及川のこと見ててくんねえ?」 「はぁ?」 「ほら、あいつあんな感じだから、フラっとどっか行かないよーに。俺のモチベ維持の為だと思ってさ」 「や、いーけどさ。どんだけ……」 本ちゃんは、どんだけ及川好きなの?ってまた冷めた目をして呆れてる感じだけど、また文句は言わず応じてくれたし───うん。やっぱ本ちゃんはいい奴だ。もう少し踏み込んでみるかな……。 「あと、さ。部外者は来ないと思うけど……変な奴に連れていかれない様に見てて欲しいんだ」 「はあ?」 今度のはあ?はでかかった。だよな。いきなりこんな事言われたら謎だよな。 ちょいちょいと本ちゃんを手招きしつつ耳打ちするポーズをとると、本ちゃんは眉間に皺を寄せながらも応じてくれた。 「及川さ、ヤバイストーカーに狙われてんだ。あ、女じゃねーぞ、男な。もっとぶっちゃければ天城先生って分かる?俺のゼミの補助してるやつなんだけど……アホみたいに見た目だけは爽やかだから、見ればすぐ分かると思うんだけど。俺がステージにいる間だけでいいから、そいつから及川守ってやってほしーんだ」 「……何だそれ?」 こっちに顔を向けた本ちゃんの眉間の皺は、さっきよりも深い。 「意味不明だよな。けど、マジなお願い」 「何で俺が……」 流石に人のいい本ちゃんでも、おかしなことに巻き込むなよって顔を隠そうとしなかった。 どうしようかなと考えていた時、タイミングの悪いことにミスコン係から「移動お願いします」と声が掛かった。もう、行かないと。 時間がない以上、本ちゃんをこれ以上説得することは不可能だ。理解してくれてたら嬉しいけど、過度な期待はできない。確かに本ちゃんには巻き込まれる義理はない訳だから───。 「行ってくるな」と、本ちゃんにはそれだけ言い残して、及川の元へ。 「発表終わったらすぐ戻るから、絶対ここから動くなよ。ここにいれば安全だと思うけど、万が一なんかあったら、なりふり構わず大声出すんだぞ。すぐ、駆け付けるから」 「分かってる。俺は大丈夫だから」 及川は落ち着いていた。限られた人間しかいないこの空間は、及川に安心感を与えている様だ。 何もないことを、祈るしかない。いや、きっと、絶対に大丈夫だ。こんなに他人の目のある狭い空間で、無理やり及川を連れ去ることは、流石のあの人でも無茶があるだろうし。 「じゃあ、ちょっとミスター獲ってくるわ」 「頑張れ」 及川からの激励……なんて力になるんだろう。今更頑張っても結果は変わらないけど、俄然やる気が湧いてきた。

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