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ミスターコンテスト 4
※本ちゃん視点の閑話になります。
一体何なんだよ。及川がストーカーに狙われてる?しかも、男で、大学関係者から?
この大事な時に、勘弁してくれよ。他人の事心配してる場合かって。土佐にはもっとちゃんと、コンテストに集中して欲しいのに──。
土佐とは、大学で出会った。
土佐は背が高くてスタイルよくてイケメンというハイスペックの持ち主で、超絶目立つ奴だった。多分、軽く妬みもあったのだろう。初めは「さぞかし嫌味な性格なんだろうな」という偏見があった様な気がするけど、その気持ちも今や綺麗さっぱり忘れるくらい、俺はあっという間に土佐に引き込まれた。
土佐は、自分のスペックを、それ以上でも以下でもないと正当に、実に客観的に正しく評価できる男だったからだ。自分を鼻に掛けすぎる事もなく、謙遜し過ぎる訳でもない土佐の態度はいつも気持ちがよくて清々しい。本当に魅力的な男だなぁと、いつも感心しきりなのだ。
だからこそ、俺は土佐にミスターコンテストに出ろと強く勧めた。自分のスペックをひけらかす趣味の無い土佐はずっと興味無さそうだったけど、俺は土佐なら絶対に頂点を取れると思って、念仏の様に言って聞かせていた。それが項を奏したのか、それとも別の何かがあった為か、土佐からエントリーしたと事後報告を受けた時はとても嬉しかった。
俺だって、持ち前のセンスで所謂雰囲気イケメンにまではなれてるけど、頂点はとても無理。悲しいかな、元々ルックスのいい奴にはどうやっても勝てない。特に土佐には、何を取っても張り合う気も起きないくらい惨敗だ。
そんな風に気持ちよく思わせてくれたのは、土佐の見た目のよさと中身が一致していて、嫌味が全然ないからだ。そんな土佐なら、頂点を見せてくれると思って、俺は───。
「何で土佐と仲いいの?」
及川は、隣に来ていきなり攻撃的とも言える質問をぶつけた俺を、特に何の感情もない瞳で真っ直ぐ見上げて、「何でだろうな」と平坦な声で答えた。
及川のその落ち着き払った態度に煽られて、「土佐に相応しくない」という様な事を殆どぼかしもせずに言ってみたりもしたけど、及川の反応は相変わらずで、怒りもしなければダメージを受けている様子も全然なかった。こいつ感情がないんじゃないのって、苛立ってるこっちがバカらしくなってくる程に、及川は無反応だった。
そうしてちょっと冷静になったら、思い出した。そう言えばこいつヤバイ奴だった。知り合いのヤクザにチクられて、報復されたりしたらどうしよう。
そんな思いが少しだけ頭を掠めはしたけど、なんとなく思った。そんなことしないんじゃないかって。根拠はないけど、それは結構俺の中で確信に近い思いだった。
それにしても──何か言えばちゃんとこっちを向くのに、まるで俺の事見てないみたいに感じさせられるのはどうしてなんだろう。
──不思議な奴。
あんまり暖簾に腕押しで、苛立ち通り越して興味が湧いてきた。じっと眺める先にあるのは、嘘みたいに整った及川の顔
こうして初めてこんな近くで見る及川は───睫毛が長い。目が大きい。肌が白い。小さめの口は赤く綺麗に色づいていて、つんと尖った鼻はこぶりで、かわいい……。
───え……?
え?何考えちゃってるんだろう、俺。及川が可愛い?ついさっきまで腹立つと思ってた及川が。少年院上がりの及川が。んな訳ないじゃん。
そう思い直してまた隣に目をやる。華奢でなだらかな肩のライン。タートルネックからほんの少しだけ見えるほっそりとした白い首筋。細身の肢体。……うん。文句なしに可愛い。
───じゃ、ないだろ!
「あの……俺本田って言います。やな事ばっか言ってごめん。ちょっと、ナーバスになってたみたい」
自分の渾身のツッコミを無視して、男の本能の部分が勝手に喋り出す。まるで女の機嫌をとる時みたいな声色だし、さっきまでの自分と違い過ぎて軽くキモいわ、と心の中でまた突っ込みが入る。
「土佐、グランプリ獲れると思う?」
及川の反応が欲しくてして、絶対興味あるであろう質問をすると、及川は思った通りにまた俺を見上げた。
───及川は物怖じしないで真っ直ぐ人の目を見る。その視線はさっきと同じなのに、初めてちゃんと俺を見て貰った様な気がした。おっきくて丸くて、少し幼さの残る曇りのない瞳にじっと見つめられると、その目力の強さに射抜かれるような感覚に陥ってしまう──。
「俺、あんまり見れてなくて……」
これまでの土佐の活躍。
ちょっと寂しそうにそう続けた及川の返事は、拍子抜けするくらい普通だった。
ミステリアスな及川の答えをちょっとドキドキして待っていた俺の期待は、ある意味裏切られた。それなのに──さっきよりももっとドキドキしてるのは一体なぜ……。
「そ、うなんだ。土佐は、及川に見てて欲しいみたいだった、ね……」
うわ。何緊張してんだろう。
なぜか、おかしなストーカーから及川を守って欲しいと言っていた時の、土佐の真剣な眼差しが頭に浮かぶ。
「俺も、見たかった……」
ポツリと答えた及川に対しての「じゃあ見てやればよかったじゃん」って指摘は、頭の中に留めるだけで口にできなかった。及川の伏せられた眼差しが、あまりに悲しげに見えて───。
「こっち来て。あそこから、ステージが見えるから」
俺は、殆ど条件反射の様な素早さで、俺の特等席である舞台袖のステージが見える隙間に及川を連れて行くことに決めた。そこからチラッと確認したら、ちょうどステージ上にミス・ミスターのファイナリストが並んだところで、準グランプリの発表目前という、ナイスタイミングだった。
小柄な及川を前に誘導して、俺はその頭越しにステージを眺める。そうしながら「ちょうどよかったね」と及川に声をかけると、小さな頭がくるりとこっちを振り返った。そして──、
「ありがとう」
か………かわいい。
もう突っ込みどころはなかった。認めよう。可愛いと。
及川は今にっこり微笑んだわけではなかったけれど、なぜだろう、そう見えた。
及川って、こんな感じだったんだ。
知ったような口聞けるほど及川の事知らないけど──及川は普通に会話できて、普通に礼儀正しくて、感情がない訳でも、ミステリアスでもなくて、あんまり綺麗だからどこか浮世離れしてはいるけど、それでも普通の感覚を持った、血の通った人間なんだ───。
当たり前の事なのに、これまで知ろうとしなかった及川が急に生々しく感じられてまたドキドキする。
及川が人並外れて綺麗なことはぼんやりと知ってたけど、俺とは関わり合いのない──関わりたいと思わない世界の住人である筈だった。
けど、例えば、アニメのキャラクターだとか、芸能人レベルの絶世の美人が突然目の前に舞い降りて俺にだけ微笑んできたみたいな、それぐらいの衝撃が俺の中に走って、これまで感じてた偏見とかも全部吹き飛ばすレベルで目の前の及川を映すフィルターの色が180度変わった。
土佐、お前の及川への思いの強さにちょっと引いてごめん。けど、男のストーカーがいるのも、頷けるよ。
今なら分かる、土佐が特別及川を目をかけてる理由。守りたがってた理由。
守ってやりたいなぁって、俺も自然と思えたから──。
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