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裏切りと混乱 1

警察署に連行され、大した取り調べもなく尿検査だけを受けさせられ、一晩警察署に拘留された。俺はずっとずっと及川が心配で、やってくる警察官全員に及川の事を訊ねたけど、まだここにいるのか、それとももう釈放されたのかさえ、誰も教えてくれなかった。 「証拠不十分の為釈放します」 朝になって拘置所にやってきた昨日職質してきた巡査長からあっけなくそう告げられたのは、ついさっきだ。帰っていいよ、と扉の鍵を開け放たれたのが、今。 「昨日、一緒にここに連れてこられた子は!?」 俺は、自分の釈放にほっとするよりもまず先に巡査長にそれを訊ねた。 「愛由くんはね……」 巡査長は馴れ馴れしく及川を名前で呼んだ。その呼び方になんとなく嫌な響きを感じた気がしたけど、それよりも俺はともかくその先が気になっていた。勿体ぶって中々話し始めない巡査長を急かして「及川はどこですか」ともう一度聞いたら、巡査長はわざとらしく残念そうな顔をして口を開いた。 「認めたよ。あの薬物は自分のだって」 ───は? 「何言って……」 「薬物に関しては初犯だし未成年だから今回書類送検はしないことにしたけど……どうも彼は薬物依存性みたいでね。保護者に付き添われて病院に入院することになったよ」 え───。 「そんな筈、ない……!及川は、俺を庇ってるんだ!きっと、いや、絶対に……!」 間違いない。嘘をつくなと言ったのは、及川は悪くないって言ったのは及川が罪悪感から俺を庇って罪を被るんじゃないかと思ったから。それが、現実に起こってしまった──。 「信じたくない気持ちは分かるけど、尿検査もクロで出てるから……」 「え……」 そんな筈ない。そんなのおかしい。及川は薬なんてやってないって俺にハッキリ言ったし、第一及川は──。 「何かの間違いです!及川は金曜日からずっと俺と一緒にいたんだから!」 「だからってずっと一睡もせずに彼を見てた訳じゃないでしょ?」 巡査長は面倒くさそうに答えた。そして、尿検査が陽性なんだから、及川はクロで間違いないと言った。 そんな事、ある筈ない。及川は言ってたじゃないか。薬なんかしたことないって……。 信じられないという思いを抱えつつも、ここでシロだクロだの押し問答をしていてもどうしようもない。ともかくまずは及川の無事を確かめなければ。 「及川の入院してる病院って?」 「それは教えられない決まりになってるから、ごめんね」 ───何度聞いても、巡査長の返答はこれだった。埒が明かないと思った俺は、警察署を後にして返して貰った車ですぐよっしーに電話をかけた。 『土佐、大丈夫!?』 よっしーは開口一番そう言った。もう疑いは晴れたの?とも。 どうやらよっしーは俺と及川が逮捕された事を知っている様で、だから話は早かった。 「及川入院したって聞いたんだけど」 『……うん』 「どこの病院か知ってる?」 『……さあ。知らない』 よっしーのあまりに素っ気ない答え方には違和感しかなかった。よっしーの事だ。及川が逮捕されて、所謂薬抜きの為に入院したと知ったら相当取り乱す物だと思っていたのに……。 「及川の保護者ってよっしーの両親だよな?おじさん達は知ってるんだろ?聞いてほしーんだけど」 けどまずは及川の居場所を突き止めることが先決だ。 よっしーは俺のお願いに即答はしてくれず黙った。俺としては一刻を争う事だから、急かすように名前を呼ぶと、よっしーが吐き捨てる様に言ったのだ。 『……あゆ君はさ、結局噂通りのワルだったって事だよ』 「………は?」 よっしーの言動が想定外過ぎて、俺の頭は一瞬フリーズした。 『うちの親も呆れてたよ、もう手に負えないって。あゆ君の事は知り合いの人に任せてるから、俺も親もどこにいるのか知らないよ。土佐も、折角のミスターの看板汚したくないなら、もうあゆ君とは距離を置いた方がいいんじゃない?あゆ君といると、土佐も不幸に、』 「いい加減にしろ!!」 初めは驚きすぎてポカンとして聞いていたけど、ふと我に返ったら一気に腸が煮えくり返った。なんだその言い草は。自分が及川にどれだけ支えられ、助けられてきたか分かってないのか。及川がどれだけお前の事を大切に思っていたか、分かってないのか。こんなに長いこと一緒にいたのに、俺よりもずっと及川の近くにいたのに、それなのに本当の及川が、お前には見えていなかったのか。 「お前がそんな薄情な奴だとは思わなかった。及川は、自分がどんなに辛い状況にあってもいつもお前の事気にかけてたのに、お前はそんな簡単に、及川を裏切れるのかよ!」 たったこれだけの事で、よくそんな及川を見限れるな。俺は、もし万が一及川が本当にクスリをやってたとしたって、見限ろうなんて微塵も思わない。それは、俺にとって及川が特別な存在だからって事だけじゃなくて、更正できるまで支えるのが俺の役目だと思うからだ。逆の立場なら及川は俺やよっしーにそうしてくれると思うし、よっしーだってそうだって、俺はついさっきまでそう思っていたのに───。 よっしーはおどおどしながらも及川が先に自分を裏切ったんだと言った。及川は最低な奴だとも言った。意味が分からない。 もう、よっしーが及川を悪く言うのを聞いていられなかった。 怒りを通り越して悲しい。よっしーにそこまで言われる及川の気持ちを思うと、胸が苦しくて、お前は間違ってるってことすら伝えるのがしんどくて───。 幻滅だ。親友だと思っていた相手が、いきなり別人になった。 俺は、説得も説教もできないままに通話を終わらせた。

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