141 / 185

裏切りと混乱 2

よっしーとの通話を終えてすぐによっしーの実家に押し掛けた。よっしーの両親に及川の居場所を教えて欲しいとお願いするために。けど───。 「───愛由くんは由信のよき兄弟、友人になってくれるものと信じていたのに……」 よっしーの父親は、よっしーの言っていた様にがっかりだと言わんばかりに俺にそう言った。 及川の事は後見人に任せてあるから分からないの一点張りで、その後見人の連絡先を教えて欲しいと言うお願いも、きれいに突っぱねられた。自分達が下手に関わるよりもその人に任せておいた方が及川の更正は上手くいく。そんな綺麗事を並べていたけど、俺には「薬物に手を出した及川」にもう関わりたくないと言っている様にしか聞こえなかった。結局この人達には及川に情なんて微塵もなかったのだ。よっしーを含めこの人達に心から感謝していた及川の気持ちを思うと、俺はまた胸が張り裂けそうになった。せめて後見人の名前だけでも教えてくださいと食い下がる俺に、よっしーの親は憐れみを浮かべた目を向けて言った。 「土佐くんも、愛由くんのせいで今回は酷い目に遭ったんだから。もう彼には関わらない方がいい。養子も解消したいと思っている」 俺自身が言われている訳じゃないのに、胸をグサグサ刺されてるみたいだった。及川にいた数少ない身内。それが、俺だけを残して一瞬にして消え去った。及川が一体何をしたと言うんだ。過剰な愛も見返りも娯楽も求めず、ただただ控え目に、直向きに、精一杯生きていただけなのに……。 「俺が拘留されたのは及川のせいじゃない。及川はクスリなんか絶対にやってない。俺を庇う為にそう嘘をついてるだけです。誰も信じなくても、俺だけは及川を信じてるし、これからも俺は及川の事を支え続けるつもりです。だから、どうか、及川の居場所を知っている人と連絡を取らせてください。教えてくれないと俺、ここから動けない」 手掛かりはここしかないのだ。何としても、聞き出さないと帰れない。 おじさんとおばさんは二人で顔を見合わせて、また俺を憐れむ様に見た。 高校の時は、何度もここに遊びに来た。おばさんは俺をいつも歓迎してくれて、お菓子とジュースを出してくれて、居心地のいい空間を作ってくれていた。おじさんとは、そう頻繁に顔を合わせていた訳ではないけど、泊まらせて貰った時や、遅くまで遊んだ時なんかは、高校生の俺相手に凄く丁寧にお礼を言ってくれる人だった。 ───いい人だった。おじさんもおばさんも………よっしーも。それが、どうしてこんな………。 「その人に言われたんだ。土佐くんにだけは話すなと」 「え……」 おばさんと何度も顔を見合わせ、かなり躊躇った後だ。おじさんからその言葉を聞いたのは。 「愛由くんの話す嘘を、土佐くんはまともに信じちゃってるからって────」 おじさんは諦めた様に首を振って、話し始めた。 愛由くんが天城宗佑さんと付き合っていた事は聞いている。愛由くんは幼少の頃から長年に渡って実の親を含む大人達によってあらゆる虐待を受けていたらしい。そのせいで性癖が大きく歪んでいて……セックスに依存的で暴力行為を好むらしい。クスリも常習犯で、宗佑くんが何度止めてもやめなかったらしい。その上浮気性で少しでも相手が自分の意にそぐわないと当て付けの様にすぐ他の相手を漁り始めてしまう。今、浮気相手としてターゲットにされてるのが土佐くんで、土佐くんの同情を誘うために様々な嘘を土佐くんについて誘惑しようとしている。更に酷いことに、由信の彼女にも手を出していた。半ば無理矢理、彼女と関係を持ったらしい。由信は、彼女から泣きながらそれを告げられて、行為中に撮られたという写真まで見せられて、大好きな親友に裏切られた事に大きなショックを受けている。我々も同様だ。愛由くんの境遇を可哀想に思い、また、愛由くんが一見あの通りいい子に見えるから善意で引き取ったのに。私たちはすっかり愛由くんを信頼しきっていた。けど、それが全部猫を被った姿だったなんて………。 ───俺は暫し言葉を失った。あまりに沢山の情報が一気に入ってきて、頭が混乱していた。疑問に思うこと、深く確認したいこと、否定したいこと、沢山ありすぎて処理が追い付かなくて、ともかく胸がモヤモヤして頭がパンクしそうだ。 「……ごめんなさい、その話はちょっと置いておいて、後見人の事を俺に話せないってのは、どう繋がるんですか……?」 及川について聞かされた事は、今この場でとても整理しきれないから、一旦保留だ。物凄く気がかりすぎるけれど、冷静さを欠いた気持ちのままで受け止めてはいけない気がしたから。 「それはね……後見人が愛由くんの恋人の……宗佑さんのお父上だからさ。愛由くんに騙されて捨てられるのは土佐くんが可哀想だ、なんて言ってたけど、それは建前だと思うな。話を聞いてると、息子さん……宗佑さんは、何度裏切られても懲りずに愛由くんが好きみたいでね。……ありがたい話だよね。だから、本音では浮気相手になりそうな土佐くんには、もう愛由くんに近づいて欲しくないんじゃないかな」 またもや驚く様な情報がもたらされて、俺の頭の中はまじでパンク寸前だ。けど、パンクさせてる場合ではない。だって、今何て言った?及川の後見人が、天城先生の親?そして、その人に及川の事を一任してるって、それは最早及川を天城先生に連れ去られたも同然じゃないか! 「おじさん、落ち着いて聞いてください!」 そう言う俺自身が全然落ち着いてないけど、俺はできるだけ冷静に及川と天城宗佑との関係性や及川の現状を話した。つまり、及川は天城宗佑からDVを受けていて、別れたくても別れられない状況にあったことや、及川は死んでしまいたいと思うくらいその関係に悩まされていた事を。 「本当に、天城さんの言う通りだ……」 黙って俺の話を聞いていたおじさんが、一区切りしたところで感慨深そうにそう呟いた。何が?と聞く間もなく、おじさんは続けた。 「土佐くん、目を覚ませ。土佐くんから今聞いたことは、全部予め天城さんから聞いていたよ。それが、愛由くんの常套句なんだ。そうやって、ターゲットの同情を引いて、落としてきたんだよ。騙されちゃいけない。土佐くんには、由信みたいな傷を負って欲しくないんだ」 「何言ってるんですか!違う、及川は嘘なんかついてない!俺には分かる!嘘つきは天城宗佑です!あいつは頭がオカシイんです!及川をすぐ救わないと……!そうじゃなきゃまた及川は酷い目に……」 あんなに怯えていた天城先生の元に連れ戻される及川の恐怖を思うと苦しい。日常的に暴力で恋人を支配していた男が、激昂したら、一体何をするか……。もしかしたら及川殺されるかもしれない……! そうまで思って必死におじさん達に理解を求めたけど…………全然だめだった。少しも信じてくれなかった。 もういいと見切りをつけてよっしーの家を飛び出した。次の目的地は天城先生の自宅だ。その所在までは知らないけど、及川がどこで電車を降りるのかという事だけは何気ない会話の中で情報収集していたから、その駅で聞き込みをした。 駅利用者に及川の写真片手に手当たり次第に聞きまくっていたら、その美貌で目立つ及川を見たことあるって人は大勢いて、どの出口から外に出てるかって事まですぐに分かった。あとはその辺の道でまた手当たり次第に聞きまくって、辿り着いたのは高い塀のある大きなお屋敷みたいな家だった。

ともだちにシェアしよう!