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シナリオ 1

「すげえや。完全に一緒だ」 昨日は明け方までみっちりと「打ち合わせ」をさせられた。宗ちゃんにとって不都合な部分は宗ちゃんのシナリオで塗り替えられて、土佐に対して話す内容は想定される質問の答えまで全部宗ちゃんの台本通りに喋らないといけなかった。 あの別荘にいた時よりは幾分マシになってるとは言えまだまだ頭の回転は鈍くて、気を抜くとすぐにぼーっとしてしまう。そんな状態で作られた台詞を暗記するのは本当に大変で、何度も躓いてはその度にやり直しの連続。宗ちゃんは完璧を求めたし、俺も必死だった。ここでちゃんとやれなきゃ、土佐の保留は取り消しだと言われていたから。 宗ちゃんから教えられた通りの時間に宗ちゃんに招かれてリビングに入ってきた土佐は、ソファに腰掛ける俺を見つけて何とも表現しがたい表情を浮かべた。安心した様な、不安な様な、心配そうな、そしてほんの少し嬉しそうな。 「及川」と、これまた複雑な色の声で俺を呼んで駆け寄ろうとしたのを宗ちゃんに制されて、土佐は俺たちの向かい側に座った。俺たちと言うのは当然のように俺と宗ちゃんのことだ。土佐を座らせてすぐに、宗ちゃんは俺のすぐ隣に腰掛けて、土佐に見せつける様に肩に手を回してきた。 俺は打ち合わせ通り、皆がソファに腰掛けたタイミングで話し始めた。土佐からの質問は全部無視して俺が土佐の家に逃げこんだ時の状況を、宗ちゃんのシナリオ通りに。 全然緊張しなかったと言えば嘘になる。けど、思っていたよりもスラスラと台詞が出てきた。この家に土佐がいるという状況があまりに非現実的過ぎて、半分夢の中にいるみたいな感覚になっていたからだ。 けど、殆ど完璧に言えた筈なのに、土佐の反応は想定してたどの反応とも違った。悔しがったり、怒ったり、落ち込んだりする筈だった土佐は、まるで感心した様に「すげえや」と言ったのだ。俺は次にどの台詞を言えばいいものか分からなくなって、目配せは厳禁と言われていたのに思わず宗ちゃんを見上げてしまった。 「同じなのは当然だろう。それが唯一の真実なんだから」 宗ちゃんは俺に視線を寄越さずに土佐に向かって吐き捨てる様に言った。 「及川と二人で話したい」 「悪いけどそれは許可できないな」 「及川、迎えに来たよ。こっちに来い。俺と一緒に帰ろう。何も怖い事なんかない。全部俺がどうにかするから!」 土佐は、俺ならすぐに圧倒されてしまう宗ちゃんからのプレッシャーをものともしていない様だった。宗ちゃんと対峙する土佐を見るのは初めてだ。土佐は、強がりとか俺を安心させる為なんかじゃなくて、本当に宗ちゃんのこと怖くないんだ……。 そんな土佐の姿を一目見たくて思わず上げてしまいそうになった視線を、思い直して再び足元に固定する。台詞を発する時以外土佐を見るなと宗ちゃんにきつく言われていたから。 その足元とローテーブルしか映らない視界に見覚えのある手が映ったのは、俺が俯き直してすぐだった。宗ちゃんのよりも骨張った大きな手。それが俺に向かって伸ばされている。俺も同じように手を伸ばせば簡単に届く距離にあるそれは、まるで甘い誘惑の様。ふわふわしたまま手を伸ばしかけたけど、すぐに風船が弾ける様に浮遊感を失って動きを止めた。この手を掴んだら俺は確実にまたお父様の元に送られて、土佐は最悪宗ちゃんに殺される。それを思い出したちょうどのタイミングで隣から大きなため息が聞こえてきたから、俺の心臓は大きく跳ねて息が詰まった。 「愛由の話をちゃんと聞いてた?愛由が君に話した事は全部嘘だって言ってるんだよ。俺たちの問題に君を巻き込んでしまった事は謝る。けど、愛由はこの通り俺を愛してるんだから、君の所に行く事はもう二度とないんだよ」 ぎゅっと肩を引き寄せられて身体が傾く。こういう風にボディタッチをされた時の台詞は決まっている。まだ息苦しいけど、ちゃんとしないと。 「俺が愛してるのは宗ちゃんだけ」 「及川……」 まるで機械になったみたいだ、なんて思っていたら土佐が寂しそうな声で俺の名を呼んだ。ズキリと胸が痛む。失敗は許されないのに、感情が揺らぐ。 ボタンを押したら何種類かの台詞をランダムで喋る玩具が由信の家の押し入れの中にあった事を唐突に思い出した。俺もあれと同じになれたらいいのに……。 「そういう訳だ。愛由ので君に迷惑をかけて悪かったね。精神的苦痛への慰謝料が要るなら払う用意もある。だからどうか理解してくれないか」 「慰謝料?バカにすんな、そんなのいらねーから!それに、悪い病気って何だよ!及川を侮辱するのもいい加減にしろ。あんたの前で喋る及川の言葉に真実は1ミリもないのは分かってんだよ。だからもうこんな無意味な事はやめろ。殴ったり脅したりして及川言いなりにさせて一体何が楽しいんだよ。あんた曲がりなりにも及川のこと好きなんだろ?だったら、大切な相手苦しめるのはもうやめろよ!」 「苦しめる……?俺がいつ愛由を苦しめたの?俺は愛由のこと誰よりも何よりも愛してるし、大事にしているよ。もう愛由にどんなにねだられてもSMプレイはしないと決めているし……ああ、そうだね。そういう意味では、愛由を苦しめているのかもしれない。愛由の欲求を満たしてあげられないからね。愛由、そんな俺でもいい?これからも一緒にいてくれる?」 宗ちゃんの手が、愛撫する様にねっとりと俺の太股を這う。 「俺が愛してるのは宗ちゃんだけ」 「ありがとう愛由。俺も愛由の事だけを愛してるよ。SMプレイはできないけど、痛くない事は全部叶えるからね。毎日必ず抱いてあげるし、愛由が満足するまで気持ちよくしてあげるから」 「……こんなの茶番だ。及川、こんな変態の妄想に付き合うことねーよ」 「随分と失礼な事を言うね。可哀想に、妄想してるのは君の方だっていうのに。君は現実を認めたくないのかもしれないけど、俺は愛由を殴ってもいないし脅してもいない。愛由は誰にも強制されず、自分の意思で自分の言葉を喋ってるんだから。ねえ愛由?」 宗ちゃんからの強い視線を感じる。俺がアドリブでできるのは、せいぜい無心になって頷くくらいのこと。けど宗ちゃんはすごい。本当にそれが真実であるかの様に、まるで息をするように当たり前に嘘がつけるから。 「及川、及川俺を見ろ!俺は何を言われてもお前が話してくれたお前の言葉だけを信じてるから。ヘマして、まんまと罠に嵌まって悪かった。また怖い思いさせて本当にすまない。ちゃんとするから。及川の事もう絶対に離さないから、だから俺の手を取って。俺はお前を救いたい。及川が帰りたい場所に、俺が連れ戻してやるから!」 ぐらぐらと感情が揺さぶられる。 土佐に見ろと言われた土佐の顔は、結局土佐が言い終える最後まで見られなかった。宗ちゃんに言いつけられたからという理由だけじゃなくて、今も必死に押し殺している自分の感情が抑えきれなくなりそうで怖かったからだ。

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