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シナリオ 2

「困ったなあ。分からない様だから愛由の口からもう一度説明してやってよ。どうやら土佐くんは自分に都合のいい妄想を真実だと思い込んでるみたいだ。ちゃんと分からせてやらないと可哀想だろう?」 宗ちゃんはまた大きなため息をついた後でそう言った。 説明を2回するというのは、想定にもあったから練習してある。1回目よりも辛辣に、土佐から呆れられる様に赤裸々に話すのだ。大丈夫、できる。 俺の肩を握る宗ちゃんの手に力が込められた。早くしろ、という意味だろう。心を落ち着ける為に深く息を吸った。そして自分に躊躇う隙を与えない為に、吐く息に訓練された台詞を乗せる。 「嘘をついて騙して利用して本当にごめん。俺はとても弱いから、宗ちゃんを困らせる事をたくさんやっちゃうんだ。浮気性なのもそうだし、恥ずかしいけど叩かれると興奮するのも、」 「及川、もういい」 諭すようにも怒っているようにも聞こえる低い声に、思わず台詞を止めてしまった。だめなのに。何か口を挟まれても無視して必ず最後まで言い切らないといけないのに。だめだ。初めみたいに上手くできていない。夢から醒めてしまった。視界がクリア過ぎて、リアルにそこにいる土佐の顔が見れない。けど、ちゃんと言わないと。せめて台詞だけは、ちゃんと───。 「い……痛いのが好きなんだ。痛いと、生きてる事を実感できて気持ちいいんだ。宗ちゃんにはやめようって何度も言われたけど、俺はそういう性癖だから、」 「もういいよ及川。分かってるから、もう何も言わなくていい」 「違う!ちゃんと言わなきゃいけないんだ!」 はっとしたのは、土佐を正面に見据えてそう叫んだ後だった。 俺、何言ってるんだ。何やってるんだ。肩をギリギリと強く掴まれて、すーっと血の気がひいていく。これはボディタッチなんかじゃない。咎められているのだ。 ちゃんとしないとちゃんとしないとちゃんとしないと。身体が震える。ちゃんと土佐に宗ちゃんのシナリオを理解してもらって、俺は土佐から嫌われないといけないのに。そうじゃないと、土佐が大変な事になる。だからちゃんとしないと。落ち着け、ちゃんとやれ。痛いのが好きだから殴って貰ってたって話は、もう終わったんだっけ。次はセックス依存のくだりだ。ここはなかなかうまく言えなくて何回もやり直しさせられた。けど、ちゃんとしないといけない。 「俺、毎日セックスしないとだめなんだ。なのにあの日は宗ちゃんが先に寝て抱いてくれなかったから、浮気して宗ちゃんに思い知らせてやろうと思った。けど、どれだけ誘惑しても土佐が全然手を出してこないから辛かったよ。ヤりたくてヤりたくて堪らなかったのに、この意気地無し。土佐なら軽いからすぐにがっついてくると思ってたのに、土佐って意外と臆病なんだ。そんなんでミスター名乗って恥ずかしくないの?」 土佐に侮辱的な台詞を覚えたまんま吐きながら、色んな思い出が頭の中を駆け巡っていた。土佐が途中で何度かまた諭すように声をかけてきたけど、この台詞は難しいから。途中で止まったら本当にもう言えなくなるから、必死に土佐の声を聞かない様にして一気に吐き出した。 ああけれど。練習の時はすぐに打ち消せていた情景が、思い出が、土佐を前にすると全然消えてくれない。死ぬなと本気で怒ってくれたこと。怯える俺を、言葉、態度、行動全部で守ってくれてたこと。同じベッドで寝たときの気まずそうな顔。告白の時ですら、俺を第一に気遣ってくれた事。そして、土佐が俺に見せてくれた沢山の景色。教えてくれたこと。漫画。ゲーム。アイスクリーム。心地いい時間。笑顔。温かい感情───。 「及川!」 「触るな!」 土佐と宗ちゃんの声が同時に弾けたのを聞いて、漸く情景が霧散した。 「愛由、少し興奮しちゃったかな?」 宗ちゃんがなぜだろう、わざとらしく甘やかすような声を出して俺の顔を覗き込んだ。土佐はソファから身を乗り出して俺を見ていた。心配そうな顔で。 ああだめだ。ここで心配そうな顔をさせるのは違う。また想定外だ。どうしたらいいんだろう。頑張ったのに。ちゃんと言えた筈なのにどうして……。 困って宗ちゃんに視線を戻して初めて気付いた。宗ちゃんは凄く怒ってるって。口調は優しくても、怒ってる。そして漸く気付いた。俺の肩を掴む宗ちゃんの手に、さっきとは比べ物にならない程の力が籠っている事。 「お薬を飲んで、少し休もうか」 お薬?休む?こんなの打ち合わせになかったのに。また宗ちゃんを見上げた時、膝の上に置いてた手の甲にパタパタと滴が落ちた。え、と思って下を見たら、またパタパタと。 「おいか、」 「愛由は俺のものだ!」 宗ちゃんの怒鳴り声。そして土佐の手を叩き落とすパシンという音。それが同時に鳴って、俺の身体と頭は一瞬で凍りついてしまった。俺を断罪する時と同じ怖い声。そして、俺をビンタする時と同じ、高く鋭い破裂音。痛い音。痛かっただろうに───。 土佐───! 金縛りが解けて、頭と身体が動く様になってすぐに向かいのソファに目をやった。土佐が心配だったから。けどそこに土佐はいなかった。いつの間に立ち上がったのか、土佐の姿はテーブルの横にあった。その土佐の正面に、唇の端を引き上げた宗ちゃんが対峙している。その状況にびっくりしてもう一度土佐に目をやると、土佐は握った拳を震わせていて、その横顔は怖いくらいに殺気立っていた──。

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