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甘やかす 6
昨夜は、暗くしていた照明を再び最大まで明るくして愛由を乱暴に抱いた。例のお仕置きまで済ませる頃にはもう外はすっかり明るかった事までは覚えているが、流石に疲れたのだろう。俺もいつの間にか愛由の隣で眠っていた。
昼過ぎになって目覚めた今、頭の中は比較的すっきりとしている。昨夜のセックスで気持ちを晴らしたお陰だろうか。怒りと悲しさと虚しさ、そして自身の胸の内の葛藤まで全部の負の感情を愛由にぶつけたから、殴らないまでも割と暴力スレスレの所まで行ってしまったなとは思う。それを証拠に、愛由の足首や太股や手首には俺の手形が痣になってくっきりと残っている。俺はそれを見て、また可哀想な事をしたなと思う一方で所有欲を満たされ、その傷痕を愛おしく思う程に満足しているのだから我ながら手に終えない。
寝息すら立てずに静かに眠る愛由の肩を揺さぶって起こすと、愛由は俺の顔を見て明らかに脅えた表情になった。昨夜の事を思い出したのだろうと思い、寝覚めのセックスは労る様に、慰める様に殊更優しくしてあげた。
「庭に出てみる?」
それから暇さえあれば外ばかり眺める愛由にそう声をかけたのは、唐突な思い付きなんかじゃなく目覚めてすぐに決めていた事だ。愛由は鉄格子を背に俺を振り返ると首を傾げた。
「一緒に庭を散歩しようか」
「ここから出ていいの……?」
「俺と一緒ならね」
家の敷地は身長よりも高い塀でぐるっと囲ってあるし、その内側には背の高い木が整然と並んでいる。むやみやたらに監禁を解くつもりは無論ないが、日曜はメイドにも休みを与えているからこの家には誰もいない。この部屋を出しても俺以外との接触はないし、庭だってこの家の一部だ。庭に出す事くらい、掃除の日に2階の部屋に移動させるのと大差ない。……こんな風に言い訳してまで自ら規律を破ろうとしているのは、他でもない。愛由の喜ぶ顔が見たかったからだ。窓の外を見れる様にしてやっただけであの喜び様だったのだから、庭とは言え外に連れ出してやればどれだけ喜び、可愛い顔を見せてくれるか……。愛由が嬉しいと言う言葉が聞きたい。感謝されたい。結局どれだけ葛藤しても、俺はその誘惑に勝てなかった。そして、土佐との思い出に彩られた「愛由の好きなもの」の全てを俺との思い出に塗り替えられたら……。
「あの白い花はなんて名前?」
愛由がごろんと丸い大きな花がついた低木を指差して聞いた。手錠を嵌められ、首輪から伸びるリードを俺に握られながらも、愛由は外に出られた事が嬉しくて堪らない様子で浮き足立っていて、眩ゆいくらいに可愛いらしい。その姿を見れただけで、庭に出してよかったと心から思う。
「あれは確か、タイワンツバキと言ったかな……」
草木に詳しくはないが、確か出入りさせている庭師がそう呼んでいた気がする。
「タイワンツバキ」
愛由がその名を確かめるように呟く。
「気に入ったの?」
「うん。あの部屋の窓の外にも植わってて、綺麗だから」
この家の元の持ち主も気に入っていたのか、この花は庭の至るところに植えられている。
「愛由の方が何倍も綺麗だけどね」
部屋からも見えるという特に珍しくもない花を間近で熱心に眺める愛由を背中から抱き締めて、イタズラする様に耳朶をはんだ。
「そう、ちゃん……くすぐったい……」
愛由が首を竦めて身を捩る。
「愛由があんまり可愛いから」
「この花の方が可愛いよ。ほら見て」
「こんな目玉焼きみたいな花より、俺は愛由を見ていたい」
首元に鼻を埋めてすんすんと匂いを嗅ぐと、滑らかな肌から愛由の甘い香りが立ち上ってくる。深呼吸をしてから顔を上げると、なぜか愛由の肩がふるふると震えていた。
「目玉焼き……」
愛由が声を震わせながら呟く。
まさか───。
愛由の正面に回り込んでその顔を見た俺は、まさかと思っていた事が的中してかなり驚いた。愛由が笑っていたのだ。クスクスと肩を震わせて楽しそうに。
「ほんと、目玉焼きみたい、だね……」
この花を目玉焼きと形容したのがそんなにおかしいのか、愛由はまだクスクス笑っている。見たいと願っていた愛由の笑顔だけど、可愛いらしいと思うより前に驚きが勝っている。
元々愛由は滅多に笑わない。施設にいた頃からそうだった。愛想笑いなんて絶対しないし、日本人特有の協調意識で空気を読んで笑うみたいなこともしない。けど、それなりに近しい存在になれば笑顔を見る機会もあって、昨夜見せてくれた微笑みもそうだ。あとは、テストの点数が良かった時や難しい問題が解けた時なんかに満足そうに笑っていたし、勉強を教えてやっていた俺に「ありがとう」と微笑みかけることもしばしばあった。それに、隠し撮りさせていた高校時代には、由信や土佐といる時愛由はよく笑っていた。特に由信に見せる微笑みは極上で、そのせいもあって一番の厄介者は由信だと俺は思い込んでいた。土佐の方をもっと警戒しなければならなかったのに……。
ともかく、愛由は全く笑わない訳ではないけど笑うのは稀だ。それに、最近は特に笑わなくなっていたと思う。俺が思い出す愛由の笑顔の殆どが施設にいた頃のものなのは、再会してからは愛由の笑顔を見ていなかったからだ。愛由を泣き顔にする事は山程したけれど……。
「ごめんなさい、宗ちゃん。けど凄く、可笑しい……」
黙って思案する俺を見て愛由は笑うのをやめようとするけど、止められないらしい。
セックスの前に飲ませる事のある薬に変なものを混入させてしまったか?と心配し始める段になって、ようやく愛由は落ち着きを取り戻してきた。
「大丈夫?落ち着いた?」
「うん、ごめんなさい」
「目玉焼き、そんなにツボだった?」
「うん、凄くね」
また思い出したのか、愛由の口元が緩む。
「愛由、いきなり笑い上戸になったみたい」
「ほんとにそうだね。よく分からないけど、凄く可笑しくて」
「愛由が楽しいなら、俺も嬉しいけど」
「楽しいよ。風が冷たいのが楽しい。太陽の陽射しが暖かくて楽しい。靴を履いて歩くのも楽しいし、土を踏む柔らかい感触も楽しい。花や葉っぱに触れるのが楽しい。虫が飛んでるのも、鳥が囀ずってるのも、空が青いのも……」
今度は愛由は詩人になったらしい。
お父様に連れ去られ酷いお仕置きを受け、それから窓もないあの部屋に監禁されて実質全く外に出られなかった期間は既に2カ月にも及ぶ。その間ずっと抑圧されてきた感情が、開放的になった今爆発しているのかもしれない。その爆発のさせ方が、暴れたり悪態をつくんじゃない所が健気で可愛らしくいじらしい。
──潰れるくらいきつく抱き締めて、愛由の全部を俺だけの物にしたい。誰の目にも触れさせたくない。その思いが心の奥底から突き上げてくる。
「じゃあこの青空の下、虫さんや鳥さんに見てもらいながらエッチしようか?」
冗談めかして言ったら、愛由の動きがピタリと止まった。朗らかだった雰囲気が一瞬にして凍る。
「……冗談だよ。あっちに小さな薔薇園があるから行ってみようか」
「うん」
本当はするつもりだった。野外でする事に興味もあったし、何より愛由に対する独占欲が溢れた時、俺はともかくセックスがしたくなる。それ以上に愛由を手に入れた気になれる行為を俺は知らないから。けど、冗談で済ましてやってよかったんだと思う。薔薇園を目指して歩く愛由の足取りが軽い。木の実をつつく小鳥に微笑み、空の青さに目を細め、そよぐ風に髪を靡かせる姿には何にも代えがたい尊さを覚える。そんな愛由がやっぱり欲しくて欲しくて堪らないけど、セックスはあの部屋に戻ってからでもできる。今くらい我慢して、愛由のしたい様に過ごさせてやろう。
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