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抱き締めたい 2

「……宗ちゃんは、警察を自由に操れるんだ」 「どうもそうみたいだな」 「前に冤罪を被せられた事があるって言ったよな。その相手が宗ちゃんだったんだ。宗ちゃんは警察を操って本当は何もしてない俺を有罪にした。この間の薬物の時だってそう」 「俺はすぐ釈放されたけどな」 「でも次はもっと徹底的にやられるかもしれない」 「まあ、ないとは言えねーな」 「もっと危機感持てよ!それに、それだけじゃ済まないかもしれない……!」 「あと何するつもりなんだ?」 「宗ちゃん、言ってたんだ。土佐の車に細工するって」 「へえ。また変な薬仕込むのか?」 「そうじゃない!」 「じゃあ何だよ?」 言うと決めたのに言葉にするのを躊躇ってしまう。人の命すら何とも思ってない宗ちゃんは、どんなに表面上優しくてもやっぱり怖い……。 「次はブレーキを効かなくするって……。宗ちゃんは土佐の事、事故に見せ掛けて消すつもりなんだ」 「ひでー話だな」 意を決して伝えた割に、土佐の反応は軽かった。 「消すって意味、分かってんのかよ!」 「分かるよ」 「だったらもう理解できただろ!俺に関わっちゃいけないって!」 「そうやって及川が絶対に逆らえない様な事言って、お前の事言いなりにしてるんだな、あいつ」 土佐の返答はまたしても的外れだった。俺が土佐にちゃんと向き合って欲しいのはそっちじゃない。 「お前本当に分かってんのか!?もしここに来たことが宗ちゃんにバレたら、殺されるかもしれないんだぞ!」 殺される。その単語を明確に口にしただけで背筋がゾッとした。もしも俺のせいで土佐の命が奪われる様な事があったら、俺は例え死んだって償いきれない……。 「けど俺が身引いたら及川はどうなんの?」 「俺は……いいんだ」 もう諦めはついてるから───。 宗ちゃんは俺に、「自分を犠牲にして愛して欲しい」と言ってた。それが本当の愛なのだと。けど、俺は土佐に対してそんな風には思えない。土佐には土佐の人生を生きて欲しいし、幸せになって欲しい。俺なんかにかまけて無駄な時間を過ごして欲しくないし、経歴に傷をつけたりもして欲しくない。まして命を落とすなんて絶対にあってはならない。土佐には俺とは別の道を歩んで幸せになって欲しい。そう思ってるのに───。 「ま、俺も及川の為に死ぬんなら別にいいかな」 土佐があっけらかんとそう言ってのけたから、俺は暫し絶句した。何言ってんだよお前。その言葉すら出てこなかった。 「ふざけんな!能天気も大概にしろよ!」 漸く出てきたその怒声に、土佐は肩を竦めた。 「それを言うなら及川だって」 「俺のどこが能天気だよ!」 「そっちじゃなくてさ、『ふざけんな』の方」 「は?」 「及川だって、俺の為に自分の人生捨てようとしてるだろ。お前にとって唯一楽しかった頃の思い出すら忘れようとして、幸せになること諦めてんじゃねーか」 土佐の言葉が図星過ぎて何も言い返せない。宗ちゃんにも言われた通りだ。例え首輪を外されたとしても、俺はここから逃げ出さない。また捕まって「お仕置き」を受けるのが怖いというのも勿論あるけど、一番は土佐を殺されたくないから。土佐の幸せを守れるなら、俺の人生なんかどうなってもいい。そう心から思う。 「諦めるなよ及川。諦めるな。希望なんて見えない方が楽かもしれない。幸せだった記憶がない方が苦しくないかもしれない。けど、もう諦めるな。俺も絶対に諦めないから、だから、諦めるな!」 諦めるな───。これまでも諦めたくて諦めた事なんてひとつもない。諦めないと生きてこれなかったから、生きるためには仕方なかったから……。 「土佐が死ぬのだけは嫌なんだ……」 けど、これだけは諦められない。その為なら、何を犠牲にしてもかまわない。だから───。 「俺はそう簡単に死なねーから大丈夫だって」 土佐がまた歯を出して笑う。根拠も保証もどこにもないのに、何を能天気に……。 「及川。分かってくれよ。俺にはお前が必要なんだ。お前に守られたいんじゃない、俺が守ってやりたい。お前には、自分が幸せになる事だけを考えてて欲しい。ここから逃げ出す事だけを。だって、俺と及川、二人ともが幸せになるためにはそれしかないんだぜ?」 俺の願いは、土佐に忘れて貰うこと。けど、それを土佐は望まない。土佐の願いは、俺を宗ちゃんの檻から出すこと。俺は果たしてそれを望んでいるのだろうか。いや、望んでない。だってそれは絶対に無理だから。また逃げ出して、捕らえられたら───最悪のシナリオが待っているから。 「無理だ。逃げられないし、俺は逃げたいとも思わない」 「何で?お前、あいつの事一度も好きになった事ねーだろ。付き合ったのだって、無理矢理だったんだろ。そんな奴に監禁されて言いなりにされて、その……身体とか、奪われて……嫌じゃねーのかよ!」 「嫌だよ」 乱暴で激しくされるのも日に何度も求められるのも嫌だし、お仕置きの時間は特に嫌いだ。けど、耐えられない程じゃない。死にたくなる程じゃない。宗ちゃんが今のままなら、殴らず優しいままなら、我慢できる。受け入れられる。いつか、土佐や由信との温かい記憶が薄れれば、きっともっと柔軟に俺は宗ちゃんの事を───。 「及川頼むから……他人の為に自分の心を偽らないでくれ。俺の事より自分の事を慈しんでくれ。心の声を押し殺さないでちゃんと素直に聞いてやってくれ」 土佐が珍しく切羽詰まった調子で訴えかけてきた。けど……自分の事を土佐以上に大事になんて、とても…………。 「無理だよ……」 「俺がお前を助けるから!」 「無理だって!だってどーやるんだよ!万が一ここから出られたとして、それからどうやって宗ちゃんから逃げ切るんだ。無理だよ。到底無理だ。宗ちゃんの下には沢山の兵隊がいるんだ。逃げられない。逃げられる筈がない……」 どう考えても、何度考えても、逃げ出せる道が見つからない。思い浮かぶのは悪い事ばかり。俺はまた別荘に送られて、土佐が酷い目に遭って、最悪殺されてしまう───。 「あのな及川。ちょっと視野を広げてみよーぜ。俺、ちょっとあいつの権力について疑問があって、」 「忘れたのか?お前逮捕されかけたんだぞ!」 「けど、結局されなかっただろ?まあ、及川が罪被ってくれたからなのかもしれないけど」 「罪を被る?」 「警察のおっさんに聞いたぜ、あれは自分のだって言ったんだろ?尿検査も陽性だったとか言ってたな……まあこれは捏造だろうけどさ」 「……俺はお前に怒られると思ったから何も言ってない」 「あ、そうなのか。じゃあそれも含めて全部捏造?けど病院には入らされてたんだよな?」 「病院?」 「え、それも作り話?じゃあ及川、ここに戻されるまでどこにいたんだよ?」 「………」 俺は口をつぐむしかなかった。あの別荘での記憶こそ、一番に消えてなくなってしまえばいいのに……。 「もしかして、酷い目に遭ってたのか……?」 土佐の察しの良さには脱帽するより他ない。俺がまた何も言えずに黙っていたら、土佐の表情はみるみる強張っていった。 「及川、ごめん。ごめんな……」 土佐があんまり悲痛な声を出すから、こっちまで苦しくなる。 「お前のせいじゃないんだからもう謝るな」 過ぎたことを思って辛かった苦しかったと泣けるだけ、俺の心に余裕はない。それよりも、今はあの時の事は一秒だって思い出したくない。話題にして欲しくない。 「……そうだよな、悪い」 土佐に俺の気持ちが伝わったのかは定かではないけど、土佐は気持ちを切り替えるように顔を上げてまた唇の端を持ち上げた。無理矢理笑顔を作ったのだ。 そう言えばどこかで聞いたことがある。心から笑わなくても、笑顔の形に筋肉を動かすだけでも脳は騙されてくれると。土佐は、多分無意識にそれを実践してるんだろう。暗い気持ちを吹き飛ばすために、無理してでも笑うんだ。

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