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歪み
翌朝、透は自分の部屋に帰ってきて、一人のベッドに倒れこんだ。
昨夜の激しいセックスの余韻で、まだ全身が気怠かった。
透は今日一日休みだが、彰広の方は忙しいようで、昨夜遅くに帰り、今日も早くに出て行った。
───分かっては、いるんだけど。
ずっと、このままとはいかないんだろうか。
彰広は決して立ち止まることはない。
自ら修羅の道を歩むことを選んだのだ。
平凡な小学校教師の自分とは、あまりにも生き方が違う。
気持ちが暗く沈みそうになるが……
透の不安を消し去るように、いつでも彰広の腕は狂おしい程に透を求める。
世の恋人たちのように、甘い約束や褒め言葉、愛の囁きなど寄こさなくても、彰広の腕はどこまでも透を求める。
透を捕らえて、抱きしめ、腕の中の透を決して離さないと雄弁に伝える。
……今、考えても仕方ないか。
先のことなど分からない。今は考えるのは止めよう。
透は一人ではない。彰広がいるのだから。
透は気怠げに目を閉じた。
翌日、透は学校で工作室の整理をしていた。
図工教師はかなり年配なので、棚の配置換えなど若い透に頼んだのだ。
「悪いね。中山先生」
「大丈夫ですよ。これ、ここでいいですか?」
透はTシャツにジャージ姿で、図工教師の指示に従い働く。
なかなか人使いが荒いおじいちゃん先生だが、体を動かしている方が気がまぎれる。
奥に坐す大きな石膏像は、さすがに透一人では動かせない。
図工教師は誰かもう一人呼んでくると、工作室を出て行った。
透は腰に手を当てて、だいぶスッキリした工作室をぐるりと見回す。
部屋の隅にニス用の刷毛が落ちていたのを見つけ、透はしゃがみ込んで拾った。
「中山先生」
「わっ!?」
すぐ後ろで名前を呼ばれて、透は驚いて声を上げた。
振り返ると、黒田が背後に立っていた。
「な、なんですか?」
「石膏を動かすのを手伝うよう言われて……」
「ああ、これです。左端まで動かしたいそうなんです」
過剰反応だっただろうか……。
あれ以来、黒田は透に対して他の教師達と同じように接している。
黒田とは特に問題もなく、当たり障りなく仕事をしていた。
少し気まずく感じながら、透は説明する。
石膏の方を向いた透の背中を、黒田がじっと見つめた。
透は気付いていなかったが、透の背中の、Tシャツから見えるか見えないかの場所に彰広は痕を付けていた。
しゃがみこんだときに、その赤い鬱血の痕が黒田には見えていた。
黒田は暗く淀んだ瞳で透の背中を見つめ続ける。
透が振り返ったときには、黒田の瞳は暗い熱を潜めて、いつもの誰に対しても人当たりの良い顔つきに戻っていた。
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