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病弱くん、出会いは唐突に/その4

     この家に来て二日目は引越しもして、加藤さんにも連絡して、少し忙しかった。  昨日出会ったモデルの神山 浩輝と、その日のうちに告白されてしまって一緒に住むことになったという僕の突然の報告に、加藤さんは「あらあら……。」と驚いていたが、次の瞬間には「良かったじゃないですかぁ〜♪」と喜んでいた。何が良いのだかさっぱりわからないけど、とりあえず認証キーの関係があるので新作の打ち合わせも兼ねて、明日来てもらうことになった。その時、ちゃんとこの状況も相談しよう……。    加藤さんが今度家に来ることに、こーくんも喜んでいた。 「担当編集の加藤さん、会うの楽しみだなぁ。昨日一瞬会ったけど、どんな人なの?」  彼は僕が食べ終わった夕飯の食器を下げながら聞いた。 「う、うーん……優しい人だよ。僕のこと、色々考えてくれているし……仕事でも、困った時はアドバイスくれるんだ。」  僕にはちゃんと話せる人なんて加藤さんしかいなかったから、加藤さんからのアドバイスは非常に大切な、外の世界からの言葉だった。 「へぇ! じゃあ今までの作品、加藤さんの意見も結構加わってたりするの?」 「そ、……そうなんだ。特に五作目の『群衆』や六作目の『旅人』は、僕がまだ未熟だったから……加藤さんにとても助けてもらっていたよ。」 「あ〜やっぱり! 四作目まではせんせーの書きたいことを自由に書いてたっぽい感じするもん。主人公の生き方を見せてもらってる感じ? でも五作目からは、なんかこう、読者を意識し始めたっていうか……見てる側も、ちゃんといるんだぞっていう書き方? 俺たちに何か問いかけてきてる印象だったよ。」 「す……すごいな、君は。……四作目までは以前から書き溜めていたものがあれば、ぜひ見せてくれって加藤さんに言われて…………とても良い作品だからって、加筆修正して出したものなんだ。次の作品から、小説家になってやっと一から書き始めたもので……。」  僕の作品の話なると、彼があまりにも楽しそうにするので、僕も一生懸命応えた。それに、なんだか、こんなにも色々と読み取って考えてくれている人がいるということが、僕は嬉しく思い始めていた。 「うん。俺は意識してもらえるようになって嬉しかったかも。ちゃんと伝えてくれるようになった感じがして。」 「あ、……ていうか、お皿、僕、洗うよ。」  彼が食器をキッチンの流しに持って行って洗い始めるので、僕は慌てて彼の後を追った。夕飯も彼が用意してくれたのだ。味噌汁や焼き魚、サラダなど、ごく一般的な家庭料理だったけど、手作りなんて久しぶりだったから、感動した。 「えー? 別にこれぐらい俺やるよ?」 「でも……夕飯も用意してもらったのに…………。」 「いーのいーのっ。かずくんの手は、小説を書くのがお仕事でしょ? 俺の大好きな、大切な手だもん。水仕事なんてさせられないよ。」  彼が僕の両手を取って、片方は頬に置いて、もう片方には手の甲にキスを落とす。そして僕の目を見ると、そっと背中に手を回して抱きしめた。 「それよりも、かずくんのせんせーとしての話、もっと聞かせて欲しいなぁ〜♪」 「じゃ……じゃあ、せめてお皿を拭くぐらいは……。」  彼の胸元を押し返して言うと、「まぁそれなら。」と僕に真新しい食器拭きを手渡してくれた。    僕らは並んで作業しつつ、話をした。彼は僕の作品についてよく話した。今までの作品はどれも観賞用、保存用、実用(読みまくる)用、その他予備用で4冊ずつ買っていること。今まで僕について情報収集をしてきたが、全然ネット上やファンの間では、作者の情報が出回っていないこと。また他の賞に応募する気は無いのかなどなど。  聞かれたことについても、別段話してはいけないような内容ではなかったので答えた。   「今月新作が出るけど、すっごく楽しみだなぁ……この次はもう考えているの?」 「あぁ、うん……まぁ。…………実はもう、ほとんどできあがっていて、もうデータは加藤さんに送ってあるんだ。」 「えっ、そーなの! やっぱ小説家ってすごいなぁ〜。」 「い、いや……僕が暇で、一日中パソコンに向かっているだけだから…………。」 「そんなことないよぉ。十三作目かぁ〜……。今から楽しみだなぁ〜♪ 俺、せんせーの作品に出会えて、かずくんともこうしてお話できて、今まさに生きる幸せを実感してるよ〜♥」  彼が嬉しそうに微笑んだ。僕が家に引きこもってひとりきりでキーボードを叩いていることでに、こんなに幸せになってくれる人がいるなんて、何だか信じられなかった。 「あ、じゃあ、また次に書く新作のこととかでお仕事忙しくなるよね? かずくんが忙しい間は俺、家事とか全部やるし心配しなくて良いよ。家事は一通りできるしさ。」 「あっ、そのっ…………さっき加藤さんに電話した時に、もう少しスローペースで大丈夫ですって言われてしまって……。僕、ここの所ずっと仕事してたから、心配かけてたみたいなんだ。……だ、だから、少しお休みをいただいて、逆に暇というか…………。」  そう、電話で加藤さんは僕のことをとても心配していた。そこで僕がこーくんと同居し始めたものだから、これを機に、新しい環境に慣れるためにも少し休むように言われたのだった。 「ほんと? 嬉しいっ! 俺もあと二日は休みもらってるから、ずっと一緒にいられるね♥」  食器を洗い終わった彼は、まだノロノロと皿を拭く僕に抱きついて、首筋に顔を埋めた。 「う〜〜〜ん。こうしてると新婚さんみたいだね♥」 「あ、あの、離してほしい、です……。」  彼の発言についていけない僕は、やんわりと抵抗したが、彼は僕の言葉をスルーして楽しそうに頬擦りした。彼の過度なスキンシップにも、少しずつ慣れてきてしまっている自分が怖い。誰かに抱きしめられるとか、そんな経験ほとんどしたことがなかったのに、僕は彼に抵抗できないから受け入れるしかないも思い始めると、この短時間でだんだん耐性がついてきた。と、思う。それでも意識してしまうと身体がカッと熱くなるので、できるだけ無の精神でいることに努めた。  皿が拭き終わると、彼は僕の腰を抱いて、「お風呂入っておいで。」と、頬にキスをした。僕は「はい……。」と小さく返事をすると、言われるがままに風呂に入った。キスをされるのは未だにちっとも慣れない。やはり彼が俗に言うイケメンだからか、彼の綺麗な顔が近付いてくると逃げ出したくなる。それでもいつも彼に身体をしっかりと捕まえられていて、逃げずに逃げられないのだ。  広い広い風呂にひとりで入るのは、意外と寂しかった。ひとりが慣れっこで、むしろひとりが大好きな僕だったが、広い空間にシャワーの音が響くと、なぜだか心細い気持ちになる。大きな大きな浴槽に浸かると、やはりずっとパソコン画面と向き合う生活をしていたので肩が凝っているのを感じた。そうだ、今までは家の中でもずーっとひとりだったし、風呂も狭かったから風呂場でこんな風にゆっくりすることはなかったのだ。それなのにこーくんと言う謎のイケメンモデルと急遽同居することになって、昨日今日でとても騒がしかったから、こんなに静かだとかえって寂しく感じてしまうのだ。きっとそうだ。    ちゃぽん……  どこかで水が落ちる音がする。そういえば、いつの間に風呂のお湯を沸かしておいてくれたのだろう。  彼は僕の身の回りの世話をしたがる。先程のようなに今日は三食とも用意してくれて、昨日は髪を乾かしてくれて、パジャマも新しい物(彼とお揃いだった)を用意してくれていた。彼が僕の作品を好きだということは非常に伝わってくるけれど、なぜ僕が好きなのだろう。僕の十一作目の『向日葵』を僕からのSOSだと思ったというが、だからといって僕を好きになる理由にはならないし、別にわざわざ同居までして、僕を愛する必要はないように思える。   「かずくん大丈夫? のぼせてなぁい?」  脱衣所の方から彼の声が聞こえてくる。 「あっ、だ、大丈夫……です。もうあがるから……。」  すっかりひとりきりの世界だと思っていた僕は、彼の突然の侵入にびっくりして身体を震わせた。確かに身体はもう火照っていて、そろそろあがらないとな、と思った。 「タオル、新しい物置いておくからね。」 「あ、ありがとう……。」  それだけ言うと、彼が脱衣所から出ていく音がする。脱衣所にある洗濯機が回る音がした。そうだ、彼は洗濯物もしてくれるのだ。  彼が先程言っていたように、彼は本当に家事を一通りこなすことができた。気づいた時にしかやらないタイプの僕は、テキパキと家事をこなす彼を見て不甲斐なくなる。ずっとひとり暮らしをしていたのに、何にも役に立っていないじゃないか……。ここで、僕の不健全な生活習慣が顕になっている気がして、ひとりで恥ずかしくなった。   「かずくんお帰り〜。身体ぽかぽかだね。さ、こっち来て〜♪」  風呂上がりの僕はリビングに行くとすぐにこーくんに抱きくるめられた。彼は僕の匂いをクンクンと堪能すると、僕をソファに座らせて、自分はその後ろに立ち、用意してあったドライヤーを手に取った。どうりで見当たらないはずだ。まぁ、僕はいつも自然乾燥なんだけれども。  誰かに髪を乾かしてもらうなんて、昨日も思ったけど、やっぱりドキドキする。彼が僕の髪をあまりにも優しく撫でるから、男性に髪を撫でられる女の子たちはみんなこんな気持ちになるのかなぁ、と考えた。窓の外の大都会の夜景を眺めていると、窓ガラスに映る彼が目に入った。本当、夜景のように綺麗な顔だなぁ……。 「はい、終わりっ。俺もお風呂入ってくるから。熱いからって冷房付けて湯冷めしないようにね。お返事は?」 「え…………はい……。」  彼はドライヤーを止めると、「うん、いい子。」と満足そうに僕の髪にキスをした。子供のように優しくあやされて、やっぱり戸惑いを隠せない。  こーくんが風呂に行くと、僕は暇で、一足先に寝室に向かった。昨日は自然と流れるようにベッドに連れ込まれて、二人で寝た。確かに、こんなに大きいベッドにひとりで寝ても仕方ないけど、二人で寝るのもどうかと思う。僕は環境が変わるとなかなか眠れない上に誰かと一緒に寝るなんて絶対に無理なタイプで、昨日もなかなか寝付けないと思っていた。しかし、彼が後ろから抱きついてきたおかげで身体が温かくなってきて、僕はうとうとと気持ち良く眠りについてしまったのだ。別々に眠るとしても、僕はソファでも良かったのだけれど、それを彼は絶対に許さないだろう。かと言って彼にベッド以外の場所で眠られると僕も気分が良くない。諸々の理由で僕は今日も大人しく寝室の大きなキングサイズのベッドで寝ることにした。  寝室は浴室と比較的近い距離にあるため、彼が脱衣所に出てきた音が聞こえた。そして、ドライヤーの音がする。彼は僕の髪が乾かし終わると、そのままドライヤーを持って風呂に入ってしまった。自分は乾かしてもらう気がないようだ。乾かしてやったんだから自分のも乾かしてくれてって言われても、何だか困ってしまうけど。   「あぁ、ここにいたんだね。もうおねむの時間かな?」  しばらくすると、僕を探して彼が寝室にやってきた。僕はすっかりタオルケットに身を包んで、少しうとうととしていた。ベッドがギシ……と沈む音がする。彼は僕の隣に横たわり、一緒にタオルケットに入った。そして、俯きになって上体を起こすと、僕の頬を撫でた。 「かずくん、昨日はぐっすり眠っていたね。結構神経質だと思っていたから、安心したよ。」  うん、僕は昔から敏感で臆病で神経質なんだ。だから、どうしちゃったのかな……今もこんなに眠い。  風呂上がりの彼の手が温かくて、さらに眠気を誘った。見上げると、優しい表情の彼と目が合った。 「ふふっ、今日はお引越しもしたから疲れたよね? 明日は、お家でゆっくりしようね。」  彼の唇が、僕の唇と重なった。彼の舌が、僕の口の中に侵入してきて、僕の舌を絡めとった。  ちゅ……ちゅっ…………  こーくんは僕の舌や下唇を舐めたり、吸い上げたり、僕を堪能していた。そして彼の舌が絡むと、何故か一生懸命下を絡めた。寝惚けた脳が、無意識に身体に命令していたのだ。そのあたたかさに、優しさに、そして今にも眠りに落ちそうな感覚に、頭が浮かされて、心地良い。  どれくらいそうしていたか、最後に僕の舌を優しく吸い上げると、彼の唇がゆっくり離れていく。 「おやすみ、かずくん。」  そうして彼に抱きしめられると、僕は一瞬で眠りに落ちた。                  目が覚めると、すぐ目の前にこーくんの綺麗な顔があった。少し驚いて身体を離そうとするも、彼にしっかりと抱きしめられていて身動きが取れない。困り果てた僕は無防備にもすやすやと寝息をたてる彼の顔を眺めた。この綺麗な顔立ちの彼は、今まで何人の人たちに愛されてきたのだろう。きっと、出会う人全てに愛されてきたんじゃないかな。彼のモデルという地位が、それを物語っているようだった。  あぁ、そんな彼がどうして僕を選ぶのだろう。ゆっくりと覚醒する頭で考えるのは、彼のことばかりだった。こんなに僕に色々を与えて、彼は僕に何を望んでいるのかな。そう思ってしまうくらいに、僕は久しぶりに孤独を感じない生活に戸惑っていた。今のところ、僕は彼を裏切らないような話を書き続けるとこくらいしか思い当たらないけど、それだと、何となく違う気がする。 「かずくん……?」  彼の声がした。僕は彼を見つめながら考え込んでしまっていたようで、うっすらと目を開けたこーくんは寝ぼけ眼で不思議そうにこちらを見ていた。 「あっ、その…………お、おはよう……?」 「ふふっ。うん、おはよ。」  面白そうに笑う彼は僕の額にキスをして、うつ伏せになると前髪をかき揚げた。その大人びた色気に、僕は思わず頬を赤らめてドキドキしてしまった。 「うーん…………8時か。たくさん寝ちゃったなぁ〜。」  そんな僕に気づかず、枕元のスマホを確認して彼は無邪気に笑った。 「お腹空いた? 朝ご飯何が良いかな?」 「僕、朝はあんまり食べる方じゃないので……お腹も空いてないし……。」 「ダメだよ、かずくん。朝ご飯ちゃんと食べないと。かずくん、すぐ貧血で倒れちゃうんだから。何か少しでもお腹に入れておこうよ。」  優しく笑って僕の頬を撫でる彼。  なんでそんなこと知っているんだろう……。 「あ、じゃあ……炭水化物じゃなければ……。」 「おっけ〜。それなら軽くサラダと、スープと、ヨーグルトでも用意するね。かずくんはもう少し寝てる?」 「ぼ、僕も起きる…………何か、手伝いたい、なって……。」 「ほんと? 嬉しいなぁ。じゃあ一緒に起きよっか♪」  先にベッドから起きてカーテンを開ける彼に続いて、部屋に差し込む朝日に目を細めながら僕ものろのろとベッドから出た。                  11時頃、僕のスマホが鳴り響いた。画面を見ると、加藤の文字。 「あ、あの、こーくんっ。加藤さんが来たみたい、なんだけど……これ、どーしたら良いのかな……。」 「じゃあそのまま電話にもらって、ちょっと待っててって言っておいて。俺が下まで迎えに行くよ。」  そう言って、こーくんはさっさと部屋から出ていってしまった。 「あ、加藤さん。今、こーくんが下に……なのでそのまま待っていてください。」  スマホの向こうから「わかりました〜。」という彼女の柔らかい声が聞こえてくる。最近色々ありすぎて、こんなに安心感のある声を聞いたのは非常に久しぶりな気がした。    しばらくすると、リビングのドアが開いて加藤さんが入ってきた。その後にこーくんが続く。 「あ、こんにちは、先生。こんなにすごい所に住むことになったなんて、ただでさえ人間離れした生活を送っていたのに、また人間離れしてしまいましたね。もちろん、今度は良い意味でですが♪」  加藤さんは悪気の無い笑みで部屋を見渡した。加藤さんの発言が胸にグサグサと刺さったが、僕も自分が人間らしい生活をしていたとは思えないから何も言い返せなかった。 「加藤さんの虹彩と指紋も登録しておいたから、今度からはそのまま認証キーを解除してインターフォンを鳴らしてください。このまま打ち合わせですよね? 部屋はこちらをお使いください。かずくんもおいで。」  そう言ってこーくんは別の部屋へと繋がる扉を開けた。「まぁ、まだこんなにお部屋があるんですね!」と加藤さんは少々興奮気味に奥へ進んで行った。手前から三つ目の部屋は僕と加藤さんの打ち合わせ部屋としてこーくんが用意しくれたものだ。隣の書斎と繋がるドアもある。僕は隣の部屋から必要な物を取ってから席に着いた。その頃にはこーくんがわざわざ紅茶を入れて運んできてくれたところだった。 「あら、ご丁寧にありがとうございます。」 「いいえ! 俺、せんせーの大大大大、大っっっファンなので、これくらい当然です!」 「そうでしたね。先生はサイン会等もやりたがらないので、私もこんな風にファンの方にお会いできて光栄です。これからも、先生をよろしくお願いいたします。」  加藤さんが深々と礼儀正しく頭を下げる。 「いえいえ、こちらこそ。俺に出来ることがあったら何でも言ってください。」 「そんな。先日のインタビューにもご協力いただいて、編集社としても本当に喜んでいたのですよ。今売れっ子のモデルさんが大ファンで一緒に宣伝してくださるなんて、夢にも思いませんでしたし、しかもインタビューのお仕事が来ることだってずっと断り続けていたのに奇跡です。先生はこんな感じですし。」  「ね?」と加藤さんが僕を見る。僕は何も言い返せなくてただ苦笑いを漏らした。 「あははっ、確かに、せんせーは人前に出るとかあんまり好きじゃなさそうですもんね。じゃあ、俺はこの辺で。リビングにいるんで、何かあったら言ってください。」  そう言って、こーくんは紅茶の追加が入ったポッドを机の上に置くと部屋を出ていった。   「なかなか良い方じゃありませんか。」 「う、うん……そうなんだ…………今のところ良い人すぎるというか……結構強引だけど。」 「でも、急に一緒に住むだなんて、先生のこととっても好いていらっしゃるんですねぇ。」 「そ、そう! そうなんだ! 僕、インタビューの日に、あの後、こ、ここここ告白、されて、しまって……!」 「良かったじゃないですか! これで先生も一生独り身からは逃れられましたね♪」  助けを求めて言ったのに、僕の思うような手は差し伸べられない。 「そんなぁ……第一、僕は男だし、何で僕なんだか……会ったのだってつい最近で、出会ったその日のうちに同居なんてありえない…………。」  加藤さんは僕の気持ちを知ってか知らずか、澄ました顔で紅茶を飲んだ。「あら、美味しい。」と笑顔で一言。 「先生。私はかねてから先生のお身体が非常に心配なんです。小説の新作もハイペースですし、学生時代の頃からかなり無理をして書き続けていらっしゃいます。ただでさえ身体が強くないのに、何度も倒れたじゃありませんか。だから、たとえお相手が男性でも、先生が誰かと一緒になってくれることは、私はとても賛成です。彼は何だか面倒見も良さそうですし。」  そうにっこりと笑う加藤さんはとても嬉しそうだった。加藤さんの様子と言葉に、僕は押し黙った。身内がいない僕をこんなに心配してくれている人は、加藤さん以外にいないのだ。自分の身体の健康にあまり関心のない僕を、加藤さんは出会った当初から心配して、色々と口うるさく言ってくれる。でも加藤さんはあくまでも僕の担当編集者なのであって、僕の身の回りの世話をしてくれるお母さんではない。それに彼女だって他の小説家を抱えている。だからどんなに僕が心配でも、ずっと引っ付いていられるわけではないのだ。彼女はそう言っているのだ。 「さて、今回の新作もとても良かったです。主人公が……。」    しばらく新作の打ち合わせをして、ひと段落したところで時計を見ると13:30を回ったところだった。随分熱心に打ち合わせをしていたのでもう2時間ほど経っていた。加藤さんもお昼ご飯を食べていないだろうし、僕も少し空腹感を覚えていた。 「ふぅ、結構長く話してしまいましたね。でもこれで次も大丈夫ですね。本当に、しばらくはお休みしてくださいね。まだ十二作目も発売していませんし、新作を出してからはしばらく間も空けたいですし。その間、神山さんと仲良くしていてください。」 「あ、はい………………仲良く…………。」 「私もさっきここに上がってくるまでに話しただけですが、印象良い好青年でしたよ? 何かご不満が?」 「不満、というか……。」  俯く僕に、彼女は優しく微笑む。僕は何となく足の間で両手を擦り合わせた。 「……こんな風に好意を向けられても困るし、…………僕、人を好きになったことないから……。」 「いやだわ、先生。そんなの、少しずつお互いを知ってからでも良いじゃないですか? 彼ならきっと、ちゃんと話せば先生のペースに合わせてくれると思いますよ。」 「はぁ……。」  僕は生返事を返す。そんなこと言われても彼のスキンシップは度を超えている。それに、キスだって……。あぁ、そういえば、僕は彼にファーストキスを奪われてしまったなぁ……。別に、ファーストキスに特別な憧れを抱いているわけではないのだけれど。                  

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