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病弱くん、お仕事を見学しに行く/その2
「うーんとね〜、こっち!」
僕は背中を丸め、不安そうに目の前の彼を見つめた。そういえば異常なハイテンションと派手な見た目で気づかなかったが、このパンクな彼も、高身長でとてもカッコ良い顔をしている。服装的にもやはりモデルさんなんだろうか……。
「次はぁーーー……こっちだ!」
それにしてもどんどん進んでいってしまうが、本当について行って大丈夫なのだろうか。というか、この人は一体どこに行きたいのだろう。
「あ、あの……どこに向かっているんですか……?」
このまま流されていてはダメだ! と思った僕は、勇気と声を振り絞った。
「え? うーん……。」
彼はまた考え込む。え、どこに行くかもわかってないで進んでいたの?
「あの、僕たち、目的地が同じとは限らないですよね……?」
僕が恐る恐る聞いてみると、彼はニカッと笑った。
「それはだいじょーぶ! これ見て!」
すると、パンクな彼は僕の前にスマホを見せた。画面には、マップが映し出されている。
「俺、よく迷子になっちゃうんだけどさ、こーして友達にGPSつけてるんだ! だからとりあえず友達の所まで行こうと思って〜!」
友達にGPS……??
僕は首を傾げたが、とにかくその友達の所に行けば、助けてもらえるかもしれない。大人しく従っておこう……。
「そーいえば、おにーさん、事務所どこ?」
「事務所……?」
それだけ言うと、彼は急にスタスタと歩き出してしまった。なんだか、マイペースな人だなぁ……。
それと、事務所って、やっぱそういう意味なのかな……?
「……ぼ、僕が、モデルに見えますか……?」
「まぁ、世の中には色んな種類のモデルがいるよね〜!」
「はぁ……。」
うーん、それってどういう意味だろう……。
僕は彼がだんだん人間とは違う、何か不思議な生き物なんじゃないかと思い始めてきた。いや、むしろ僕が人と関わらなさすぎて、人間じゃなくなっちゃったのかな……。
「じゃあ、おにーさん誰ー? ここのスタッフさんなら迷ったりしないよね?」
彼の大きくて元気で、でもどこかのんびりした声が廊下に響き渡る。
「あの、僕、今日見学で来てて……。」
「へぇ! お仕事見学だ! いいなぁ〜! そんな所に見学に来られるなんて〜!」
「え……? ……君は、ここにお仕事しに来たんじゃないの……?」
「初めて来たスタジオだから、もうなにがなんだかわけわかめ〜♪」
うーーーん……、よくわからない……イマイチ会話ができている気がしない。どうしようかなぁ……。
彼の後ろで僕が困り果てていると、ある部屋の前で急に立ち止まるので背中にぶつかりそうになった。
「あ! ここだ! 着いたよ! 俺たち助かったんだー!」
「やった〜!」と嬉しそうに両手を挙げる彼の後ろから頭を覗かせると、そこはこーくんの所とはまた別のスタジオのようだった。中の雰囲気が違う気がするし、何よりこーくんも山下さんも見当たらない。内心がっかりする。でも、このパンクな彼の友達に、何とかお願いできないかな……。
「え、何やってんの?」
気付くと、パンクな彼が大声で喜んでいるのでスタジオ全員の目がこちらに向いていた。その中から、スタッフさんに囲まれていた男性がこちらに歩いてきた。今度は爽やかで好青年な男性だった。恐らくこの人もモデルなんだろう。身長が高い……。
「あ! まさくん! 探したよ〜! ね、俺とこの人迷子なの! 助けて〜!」
テンションが上がりすぎたのか、パンクな彼は「キャーッ!」と奇声をあげたので僕は身体をびくりと震わせて、彼から数歩距離を取った。
「は? 迷子? お前仕事は?」
やってきた爽やかな男性は、そんな彼を見て眉をひそめた。なぜだか、もう既にうんざりしているようだ。
「仕事ー? 仕事はもちろんパパーッて終わらせた! それで、もう今日は終わりだからマネさんとここで別れて、帰る前にトイレ行こーってなって、そしたら帰り道わからなくなって、スマホ見たらけーたいるジャーン? ラッキーって思ってたら途中でこの人見つけて、一緒に来た!」
純粋な笑顔で適当な説明をするパンクな彼に、爽やかな彼はだんだんげっそりとした表情になっていく過程を、僕は確かに見ていた。
「はぁぁぁ……。こいつ、バカなんです。すいません。」
爽やかな彼は苦笑いして、僕が今まで感じていた違和感を一言で片付けてしまった。
「とりあえず、俺ももう終わりなんで、急ぎじゃなければこいつ見ててもらっても良いですか? こいつ、じっとしてられなくてすぐいなくなるんすよ。すぐ着替えてくるんで。」
「あ、はい……すいません……。」
「りょー!」
「お前はもう少し静かにしろ。じゃあお願いします。」
そう言って、彼は急ぎ足でスタジオを後にした。良かった、まともに話ができそうな人で……。
というか、やっぱり二人ともモデルさんなんだなぁ。スタイル良いし、カッコ良いなぁ……。やっぱり世界が違うなぁ……。
「ね、おにーさん! まさくんなら俺たちのこと助けてくれるよ! 俺も困ったらまさくんにすぐ連絡するんだ〜♪」
「そ、そうなんだ…………頼りになりそうな人だもんね……。」
「そうそう! この前なんか、俺が女の子二人怒らせちゃってさぁ〜、まさくんが助けてくれたんだぁ〜♪ カッコ良いよねー!」
「お前が化粧が濃いとか失礼なこと言うからだろーが……。」
後ろを振り返ると、先程の爽やかな彼が私服らしき服装に着替えて歩いてきた。本当に早い。やっぱりモデルだからみんな着替えが早いのかな。
「あ、はじめまして。俺、雅人って言います。一応モデルやってるんすけど……。」
そう言いつつ、爽やかな彼、雅人くんはパンクな彼の頭を掌で握りこんだ。
「お前、自己紹介したのかよ?」
「アイタタタタ! そーいえばまだしてなーい! あははははっ! イタタタタ!」
「あはははは、じゃねぇ! ほら、ちゃんと挨拶しろよな。お前だってこの業界にいるんだから、その辺しっかりしろよ。」
そう言って雅人くんはパンクな彼を僕の方に向ける。パンクな彼は反省の色もなく、僕ににっこりと笑ってみせた。
「啓太です! よろぴー!!」
「はぁぁぁ……。」
両手でイェイイェイイェイ! と、ピースをするパンクな彼、啓太くんを見て、雅人くんが額に手を当て、また深く長いため息をついた。こう思っては失礼かもしれないが、躾中の犬と飼い主みたいだ……。
「あ、ぼ、僕、楠 和佐(クスノキ カズサ)っていいます……よろしくお願いします……。」
「堅い堅い〜!」
僕が深々と頭を下げると、啓太くんが僕の背中をバシバシと叩いた。
「わっ、えっ、ごめんなさい……?」
僕が驚いて身体をよろめかせていると、「お前は軽すぎるんだよ。」と雅人くんが啓太くんの頭をバシッと叩いた。啓太くんは慣れているのか、「痛ーい!」と頭を抑えつつも楽しそうに笑っている。
「あの、それで、迷ったって、見た感じモデルじゃなさそうですけど、スタッフか何かですか?」
「い、いえ……今日は撮影の見学をさせてもらっていて…………初めて来たので、トイレに行ったら帰り道がわからなくなってしまって……。」
雅人くんがちゃんと僕を見て聞いてくれる。本当に、ちゃんと話が通じる人だ。良かった……。
「それ、俺と一緒〜!」
「バカ。お前は先週も来ただろ。」
「あれー? そうだったっけ〜?」
本当に覚えがない、というように啓太くんは首を傾げた。僕も、聞いていた話と違っていたので、一緒に首を傾げた。
「ここ、広いし入り組んでるから分かりづらいっすよね。案内するんで、誰の撮影の見学してたかわかります?」
「え、えっと……こー、く………………神山、宏輝……くん……?」
僕が普段のようにこーくんと言いそうになりつつも、こーくんの名前を言うと、二人は驚いて目を見開いた。
「ほぇ! こーくんの友達なのー?」
啓太くんが僕の顔を覗き込む。
「俺たちもこーくんの友達なんだよ! じゃあ一緒に会いに行こ!」
「おーっ!」と啓太くんが腕を上げる。雅人くんは何やら考え込んでいるようで、そんな啓太くんをガン無視していた。
「もしかして、職業は小説家だったり……?」
「え……あ、一応…………。」
それを聞いた雅人くんは「なるほど……。」と腕を組んだ。啓太くんは「小説家なんだ! すごーい! 握手してー!」と言って僕の手を勝手に掴んで勝手に握手をしている。ぶんぶんと腕を振り回されて、身体がよろよろとよろめいた。
「わかりました。宏輝のスタジオなら多分わかります。今日此処で撮影だって聞いていたので。こっちです。」
雅人くんはにっこりと微笑むと、右を指差しつつ、自分が先頭に立って案内してくれた。
「俺たち、宏輝と同じ事務所の同期なんすよ。」
「よく三人でご飯行くよね〜!」
「だから仲良くさせてもらってます。」
「ねえねえ、またご飯行こうよ〜今日とか〜!」
「あいつは俺たちより忙しいみたいだけど。」
「ねえねえ〜!」
雅人くんの後に続いて、啓太くんが言葉を挟んでくるが、雅人くんは一切取り合わない。気にせず、彼を空気だとでも思っているのか、爽やかな笑顔で僕に話した。
「は、はぁ……。」
どう反応したら良いのかわからなくて、生返事を返す。今日はこんなリアクションばっかり返している気がする。
「あ、先生のことも聞いてますよ。今一緒に住んでいるんですよね? あいつ、うるさいし結構我儘だし大変でしょ? あーでも、こいつほどじゃないか。」
雅人くんが僕らの周りを犬のようにうろちょろする啓太くんの首根っこを捕まえる。
「お前は真っ直ぐ歩けないのかモデルのくせに! いい加減に大人しくしないと首輪つけて紐で繋ぐぞ!」
「ふむ、……首輪か。良い案だと思う。」
雅人くんに怒られる啓太くんは、本当に全く反省せず、むしろ顔をして手を顎に当てて妙に真面目な表情をした。自分が落ち着きがない自覚があるのかな……。
「勘弁してくれ、気持ち悪ぃな。あ、着きましたよ。ここのスタジオじゃないですか?」
雅人くんが指差す部屋を覗くと、涙目のこーくんとうんざりした顔の山下さんが言い合いをしていたようで、こーくんが僕に気付くとぱぁあっと顔を輝かせた。
「かずくん! もう! どこ行ってたの!? ケガはない!?」
こーくんが勢いよくこちらに走ってきて、僕に抱きつく。身体が潰されて「ぐぇっ。」とカエルのような声が漏れた。
「すっっっごく心配したんだよ!? 全然戻ってこないからぁ……俺、かずくんが可愛すぎて悪い奴に攫われちゃったんだと思ってぇ〜〜〜!」
「うぅ…………ごめんなさい……。」
僕の顔を胸に埋めると、こーくんは頭を優しくヨシヨシと撫でた。そんなに心配をさせてしまっていたのかと、素直に謝る。
「うんうん、いいんだよ、かずくんは悪くないから。そんなに落ち込む必要ないよ。俺を一緒に行かせなかった山下が悪いんだよ!」
「どうしてお前を行かせる必要がある……。」
指を指された山下さんはバツが悪そうにメガネを直した。
「すいません、先生。ここは広いから、俺がちゃんとついて行けば良かった。」
「い、いえ……僕も、もっとしっかりできていれば…………ご迷惑をおかけしてしまって、ごめんなさい……。」
かずくんの胸元から顔を上げて、山下さんを見る。山下さんは安心したように少し微笑んだ。普段怒ってばかりの山下さんが少しでも微笑むなんて、非常にレアな顔を目撃してしまった。僕は、少しだけ、得をした気分になった。
「こーくん、やっほ! お仕事ちゅー??」
啓太くんが両手を顔の横で広げて、ヒラヒラと振る。こーくんはその時はじめて啓太くんと雅人くんに気付いたようで、「ん? 二人とも何してんの?」と首を傾げた。
「俺がね、迷子になってたらその人も迷子になってて、一緒にまさくんの所まで行ったんだ〜!」
「あぁ、そうなんだ。ありがとーね。ほんと助かった! かずくんスマホ持って来てないみたいだったから……あ、この子が俺のかずくん! 手出したらぶち殺すからよろしく。」
なぜだか怖い発言が聞こえた気がするけど、僕もお礼を言わないといけないと思って、こーくんから上体を離した。
「あ、あの、……本当に、ありがとうございました……。」
「いえいえ、いいんですよ。俺がわかる人の付き添いで良かったです。」
雅人くんは本当にこの二人の調子に慣れているのか、何を言われても動じない。変わりなく、僕に爽やかな笑顔を向けてくれた。
「ね、二人とももう今日は終わり?」
「うん! 終わり〜! やったぁ〜!」
啓太くんの特殊なテンションがまた上がってしまって、ぴょんぴょんとジャンプをして喜んだ。僕は彼のテンションの浮き沈みが、というかテンションはずっと高いが、テンションの波がとにかく理解できなくて、彼が騒ぎ出す度にびくりと肩を震わせた。それに気付いたのか、かずくんは僕の背中を優しく撫でてくれる。
「じゃあさ、ここの近くに美味しいレストランがあるから一緒に、どっ? んで、もし時間があれば午後は俺、撮影の打ち合わせがあるから、かずくんのことお願いしたいんだけど……。」
「いいね! みんなでご飯! 最近こーくんと一緒にご飯食べてないし〜お腹空いた〜!」
「俺も構わない。午後も予定はないしな。」
とっても喜ぶ啓太くんと、爽やかに微笑む雅人くん。
「良かった。ほんと、助かるよ。じゃあ山下、そういうことだから〜。」
「あぁ。俺は一度事務所に戻る用がある。お互いまた13:30に戻ってこよう。」
「はぁ〜い。じゃあ行こ、かずくん。」
こーくんは僕の肩を掴んでエスコートしてくれる。その後ろを「俺も〜!」と僕の手に絡みつく啓太くん。
「おい! お前はダメ! かずくんに触るな!」
僕の後ろから啓太くんをこーくんがげしっ、と蹴飛ばす。
「あぁっ、意地悪ぅ〜! 俺もかずくんと仲良くしたいのに〜!」
啓太くんのベビーフェイスがプクッとむくれる。少し懐いてくれているみたいで、悪い気はしなかった。
「啓太、大人しくしてろ。お腹空いたんじゃないのか? 早く行こうぜ。」
「うん! お腹空いた〜!」
後ろから雅人くんが啓太くんの肩に腕を回す。なんだかんだ、二人は仲が良いみたいで安心した。
僕らは、スタジオからさほど離れていない場所にあるイタリアンレストランに入った。スタジオの近くにあるからか、奥には簡単に仕切られている個室が用意されていて、僕らはそこに通された。ファミリーレストランのようなソファ席に通され、僕の隣にこーくん、前には啓太くん、その隣に雅人くんが座った。啓太くんと雅人くんはお腹が空いていたみたいで、速攻でメニューを手に取って、二人であーだこーだと言っている。こんな大人数で食事をするなんて初めてで、僕は俯いて膝の上で両手をにぎにぎしていると、こーくんが大きな掌がそっと僕の両手を包み込んだ。ふと見上げると、彼は優しく微笑んだ。
「かずくん、何食べようか? 俺のオススメはねぇ、これと、これと〜……。」
そう言って僕の前にメニューを広げる。彼の手はいつの間にか僕の手から離れ、脇腹に回って、僕を引き寄せた。こんな外で、こんな風に密着されると、しかも友達の前だということもあってドキドキしてしまう。
「どうしたの? お腹空いてない? デザートにする?」
メニューを見ても選びかねている僕を見て、こーくんが僕の頭にキスをする。
「い、いや、あの……。」
少し上体を彼から離すと、それを前で見ていた雅人くんが苦笑した。
「宏輝。お前、そういうのは家でだけにしろよな。先生も困ってんだろ。」
「えー! こんなに近くに居るのに!?」
信じられない! と言うように口元に手を当てて大袈裟に驚くこーくん。
「個室の意味なんだけどー!」
「いや、俺らがいるだろ! 自重しろって言ってんの!」
「ねー、まさくん。俺、これとー、これとー、これとー、これが食べたーい!」
何も聞いていない啓太くんが雅人くんの肩を叩き、メニューを指差すと雅人くんはげっそりとした様子で「お前はパスタを四人前も頼むつもりか……?」と言った。
あぁ、気にしてたら負けなのかな……。そう思って、彼らがきゃいきゃいと話している間にメニューを捲った。言われてみれば、今日はずっと緊張しっぱなしでお腹が空いているみたいだ。こーくんと暮らすようになってからはちゃんとご飯を食べて、前よりも規則正しい生活をしているからか、お昼頃にはちゃんとお腹が空くようになっていた。
「僕、これにする……。」
先程こーくんがオススメだと言っていた中にあった、野菜のたくさん入ったボンゴレビアンコを選んだ。
「じゃあ俺こっち。かずくんにも一口あげるからね。」
「えぇ〜! いいなぁ! 俺にもちょーだい!」
「お前はだめ〜〜〜!」
身を乗り出す啓太くんをこーくんが軽くあしらうと、またむくれてしまった。
「啓太は人のばっかり見ていないで、早くどれかひとつに選べよ……本当に四人分頼むつもりか?」
「え? うん! あったりまえジャーン! 俺余裕で食べられるし〜!」
ポカンと口を開ける僕に、啓太くんはにっかりと得意気に笑ってみせた。
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